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受付嬢とギルドマスター

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 あの子は、もうダンジョンに帰った頃かしら?
 いくらなんでも、もう帰ってしまっているわよね。
 さて、ならばこれからが正念場だわ。
 あの子が上手くやってくれる事に賭けたけど、それはあくまで最善策。
 それが失敗に終わった時の次善の策を用意しておかないと。
 手鏡の件で疑われて、せっかくの壺を使ってくれないと困るからね。
 ……まぁ、どうにかなるでしょう。
 確かに怒ってはいたかもしれないけれど、素直に持って帰ったと言う事はそれほど根に持ってはいないはず。
 別れ際には、お礼まで言われちゃったしね。
 迷惑料として先にあげた本も、どうせなら使いこなしてほしい所だけれど。
 それも、ある意味では賭けだわ。
 私の人生を掛けた、まさに一世一代の賭け。
 だけど私には、何故だかこの賭けは成功すると感じていた。
 もしかしたらあの子の雰囲気が、私にそう思わせているのかもしれない。
 この世界の者とは違う、独特のオーラみたいなものが……。
 それに、今まで私は賭けでは負けた事がないの。
 たとえ相手が強運の持ち主であっても、神であっても、私は負けやしないわ。
 今までだってそうだったし、これからだってきっとそう。
 ……やっぱり次善策を用意するのは止めね。
 それじゃ、私が負けを認めているような物だもの。
「だから私は、アナタに賭けたわ。私の期待を裏切らないでちょうだいね」
 虚空を見つめて、私はひとり小さく呟く。
 そこに居るはずのない人物を見つめているような瞳は、やがて興味を失ったかのように手元の宝石へと落とされた。
 彼女の視線を受けた結晶は、光もないその部屋で鈍く妖しく輝いていた。

 ────
「……あの、マスター。ちょっと聞きたい事があるんですけど」
「どうした? アメリアが質問なんて、珍しいな」
 喧騒に満ち溢れたギルドで、私はギルドマスターにこっそりと声を掛けた。
 いくら騒がしくて聞こえないとはいえ、あまり大きな声で話す事でもない。
 それを察してくれたのか、マスターも小声で答えると私を別室へと連れて行ってくれた。
 扉を一枚挟むだけでさっきまでの喧騒は嘘みたいに消えるのは、この扉に刻まれた魔法のお蔭。
 防音の魔法で区切られたこの部屋でなら、どんな内緒話をしていても外に漏れる事はないから安心だ。
「それで、聞きたい事ってのはなんだ?」
「領主さまの事と、ある依頼の事です」
 懐から依頼書を出した私は、それを目の前に立つマスターへと差し出した。
 それを受け取ったマスターは、依頼書を軽く眺めると眉をひそめている。
「この依頼がどうした? 確かに変わった依頼ではあるが、特に気になる所はないぞ」
「依頼内容は良いんですけど、この報奨金のところです。『金額、応相談』なんてどこの富豪が依頼したのかなって思いまして」
 もちろん、それは真っ赤な嘘。
 普段の私だったらそんな事なんて気にならないけれど、今回は少し事情が違う。
 踏破対象のダンジョンの中に、なぜかハヤトくんのダンジョンも含まれていたから。
 他のダンジョンならいざ知らず、あのダンジョンは駄目だ。
 踏破されると言う事は、すなわちハヤトくんが殺されると言う事なのだから。
 だけど、そんな事を露とも知らないマスターは顎に手を当てて考え込んでいる。
「なるほど……。ちょっと待ってろ」
 そう言ったマスターは、部屋を出て行ってしまった。
 そうして待っていると、数分して帰ってきたマスターは首を傾げている。
「この依頼を受領したギルド員に聞いたんだが、どうも相手は隻腕の男だったらしい。とても金を持っているように見えなかったから尋ねると、懐からギッシリ金の詰まった麻袋を取り出したらしいぞ」
 隻腕。
 そう聞いて私は、ある可能性を考えた。
 ハヤトくんの手紙に書いてあった野盗の生き残りは、確か片腕を切り落とされたはずだ。
 だとしたら、これはもしかするとハヤトくんに対しての復讐なのかもしれない。
 はやく、ハヤトくんに伝えなくては。
「あの、マスター。ありがとうございました」
「おう、良いって事よ。……それで、もう一つは領主の事だったか?」
 そうだった。
 重大な事実を聞いて焦ってしまったけれど、それも重要な事だ。
 私の乗った荷馬車を襲った野盗を雇ったのがこの一帯の領主なのだとしたら、事情を知っているかもしれないハヤトくんを消そうとするかもしれない。
 私も気を付けろと言われたけど、それはたぶん大丈夫だろう。
 街には衛兵も居るし、何もしていない私を消すのはそれほど簡単な事でもないはずだ。
 だからこそ、先に始末されるのはハヤトくんだ。
 その後で、協力者だとか難癖を付けて、私を葬ろうとするだろう。
 多少の教育を受けているであろう領主なら、これくらいの知恵は回るはずだ。
 ハヤトくんもそう考えたからこそ、私に偵察の任務を与えてくれたのだろう。
 ならば、期待には応えなければ。
 いつまでもハヤトくんの隣に居るために、私は自分の出来る事をしないと。
 戦う事のできない私にできるのは、きっとこれくらいだから。
「おい、アメリア? 聞いてんのか?」
 と、考えに耽って押し黙っていた私をマスターが不思議そうに眺めていた。
 どうやら、少しボーっとしてしまったらしい。
「すいません。……それで、領主さまの事なんですけど」
「おう。俺に分かる事ならなんでも聞いてくれ」
「その……。領主さまに、このところおかしな動きってありますか?」
 我ながら、意味の分からない質問だ。
 これではまるっきり、私が領主を探っている事がバレバレじゃないか。
 案の定、マスターは良く分からないと言った顔をしている。
「あの、えっと……。もしも領主さまが私兵団を動かすような事があれば、冒険者の方々にも注意を促さなくちゃなりませんから」
 気が付くと私は、そんな言い訳を述べていた。
 だけど、マスターはどうやらそれで納得してくれたみたいだ。
 もしかしたら、納得したふりをしてくれただけなのかもしれないけれど。
 ともかく、マスターは何度か頭をひねりながらやがて口を開いた。
「そういや、最近食料と武具を大量に仕入れたとか言ってたな。それに、毎日のように酒場に来ていた奴も来なくなった。なんでも、しばらく後に重大な任務があるんだとか言ってたらしいぜ」
「そうですか……。ありがとうございます」
 お礼を言うと、私はマスターと共に個室を出て仕事に戻る。
 だけど、頭の中にはマスターの言葉とハヤトくんを心配する気持ちだけが渦巻いていた。
 その日の私は、いつになく失敗を繰り返してみんなからとても心配されてしまった。
 私も、まだまだ詰めが甘いな。
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