上 下
90 / 95

第90話

しおりを挟む
 西森胡桃、高校二年生。
 それが今回俺のターゲットとなる少女だ。
 生徒会の書記として働く傍ら陸上部にも所属している彼女は、どうやら次世代のエースと呼ばれて期待されているらしい。
 すらっと引き締まった体系に小麦色に焼けた肌が眩しく、笑うと時折りチラッと見える八重歯がとってもキュート。
 そのうえ人懐っこい性格をしている彼女は、性別の壁を越えて男女ともに友人が多いようだ。
 それは、今日初めて会った俺に対して熱心に仕事を教えてくれている姿からもよく分かる。
 肩が触れてしまいそうなくらい近い距離からアレコレと教えてくれる彼女からは、俺に対する警戒心など微塵も感じられない。
 これが前の世界だったら、きっとそんな彼女の態度に勘違いをしてしまう男子が大量発生していたことだろう。
 しかし残念なことに、この世界では彼女の容姿はイマイチと評されてしまう。
 友達として一緒に居るのは楽しいけど、恋愛対象として見ることはできない。
 それがこの世界での、周囲からの彼女の評価だと言えるだろう。
 そしてもちろん、その評価は俺には当てはまらない。
 俺から見れば彼女は、クラスのアイドル級に可愛らしい女の子だ。
 人懐っこい性格やちょっと変わった喋り方も相まって、小動物系の魅力を感じることができる。
 もしこんな女の子が彼女だったら、きっと毎日が楽しくて仕方ないだろう。
「っと、マネージャーの仕事はこんなもんっすね。どうっすか? ちゃんと覚えられたっすか?」
 なんてことをつらつらと考えていると、仕事の説明を終えた彼女がそう問いかけてくる。
「え? ああ、うん。たぶん大丈夫、だと思う……」
 正直に言ってあまり説明を聞いていなかった俺は、誤魔化すように曖昧に答えることしかできない。
 そんな俺の返事を聞いて、胡桃ちゃんは俺の顔をジト目で睨む。
「ホントに大丈夫っすかぁ? もしかして、話聞いてなかったとかじゃないっすよね?」
 どうやら、俺が上の空だったことはもうバレてしまっているらしい。
 こうなれば下手に誤魔化すよりも、素直に謝った方がいい。
 そう判断した俺は、彼女に向けて小さく頭を下げる。
「ごめん。胡桃ちゃんの可愛い顔に見惚れてて、あんまり話を聞いてなかった」
「むぅ、そんな見え透いた嘘で私は誤魔化されないっすよ。私が可愛いだなんて、そんな訳ないじゃないっすか」
「いやいや、胡桃ちゃんはとっても可愛いよ。少なくとも俺は、胡桃ちゃんみたいな女の子は魅力的だと思う」
「はいはい、ありがとうっす。それじゃ、もう一回だけ説明してあげるっすから、今度はちゃんと聞いて覚えるっすよ」
 どうやら俺の言葉を全く信じてくれていないみたいで、素っ気なく答えた胡桃ちゃんはもう一度マネージャーの仕事について説明を始める。
「嘘じゃないんだけどなぁ……」
 とは言え、このままではどれだけ言っても信じてもらえそうにない。
 それに、胡桃ちゃんに何度も仕事の説明をさせてしまうのも可哀想だ。
 ともかくまずはマネージャーとしての仕事を覚えるために、俺は彼女の説明に真剣に耳を傾けるのだった。

 ────
「はい。以上で、陸上部マネージャーの仕事は全部っす。今度こそ、ちゃんと覚えたっすか?」
「うん、もちろん。胡桃ちゃんの説明が分かりやすかったから、おかげでばっちり覚えたよ」
 流石に二度目ともなれば彼女の説明も手慣れていて、俺はすんなりと仕事を理解することができた。
「へへっ、それなら良かったっす。もし後でなにか分からないことがあったりしたら、遠慮なく聞いてほしいっす」
「分かった。その時は、真っ先に胡桃ちゃんを頼ることにするよ」
 俺に褒められて嬉しそうに笑う彼女に、思わず俺の頬も緩んでしまう。
 なんだかほのぼのとした空気が流れ始めたところで、胡桃ちゃんはふと壁に掛けてある時計へと視線を向けた。
「ありゃ、もうこんな時間っすか。これは、今日は練習できなさそうっすねぇ」
 彼女につられて俺も時計を見ると、確かにそろそろ部活動も終了する時間が近かった。
「ごめんね、俺のせいで。二度も同じことを説明させちゃったから、無駄に時間を使わせちゃって」
「いやいや、気にしないで大丈夫っす。もともと今日の練習は軽く済ませるつもりだったっすから」
 なんだか申し訳なくなった俺が頭を下げると、胡桃ちゃんは気にした様子もなく軽く答える。
「……それにその分だけ長瀬くんと一緒に居られたから、むしろラッキーだったっすね」
「え? 今なんて……?」
「なっ、なんでもないっすよ! 気にしないで欲しいっす!」
 彼女の言葉を思わず聞き返すと、胡桃ちゃんは慌てた様子で俺の言葉を遮る。
「あー、そんなことより! これからどうしよっかなぁ。帰るにはまだ早いっすし、かと言って今から練習に参加するのも中途半端っすね。うーん、どうやって時間を潰すのが良いっすかね?」
 明後日の方向を見ながら、誤魔化すように早口で喋る胡桃ちゃん。
 そんな彼女の様子を微笑ましく感じると同時に、もしかしてこれはチャンスかもしれないと思い至る。
 悪戯っぽい考えが頭に浮かんだ俺は、相変わらずブツブツとひとりで喋っている彼女に声を掛ける。
「ねぇ、だったらちょっと試してみたいことがあるんだけど、付き合ってくれないかな?」
「試してみたいこと? って、なにっすか?」
 いきなりの俺からの提案に、胡桃ちゃんは不思議そうな表情を浮かべながら小さく首を傾げた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

転生したら美醜逆転世界だったので、人生イージーモードです

狼蝶
恋愛
 転生したらそこは、美醜が逆転していて顔が良ければ待遇最高の世界だった!?侯爵令嬢と婚約し人生イージーモードじゃんと思っていたら、人生はそれほど甘くはない・・・・?  学校に入ったら、ここはまさかの美醜逆転世界の乙女ゲームの中だということがわかり、さらに自分の婚約者はなんとそのゲームの悪役令嬢で!!!?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

美醜逆転世界で治療師やってます

猫丸
恋愛
異世界へとやってきて半年。 トーワは女神さまから貰った能力でヒーラーとして治療院を開いていた。 しかし、やってくるのは容姿の整った卑屈気味な美人ばかり。なぜならその世界は美醜の価値観が逆転した世界だったからだ。 どんな不細工(トーワから見た美人)にも優しくする彼は、その世界の不細工美人の心を掴んでいくのだった。 ※重複投稿してます。内容に違いはありません。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...