逆転世界で俺はビッチに成り下がる

樋川カイト

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第77話

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 目の前に現れた晶の姿に懐かしさを感じた俺は、思わず目頭が潤んできたような気がする。
 そうやっていつまでも晶を眺めて突っ立っていると、不審そうな視線を向けられてしまった。
「どうしたんだよ。突然訪ねて来るなんて、珍しいな」
「いや、ちょっとな。お前が元気にしてるか気になって」
「なんだ、それ。お前は俺の親か?」
 まさか夢の中でお前に「自分を探せ」と命令されたなんて言い出せず適当に誤魔化すと、晶は笑いながらそんな軽口を返してくる。
「まぁ、元気だよ。お前こそ、ちゃんと学校に行ってるのか? 毎日ちゃんと行かないと、オレみたいになっちゃうぞ」
「ちゃんと行ってるって。……と言うか、お前みたいってどういう事だよ?」
 なんとなく言葉尻が気になって尋ねてみると、晶は少し驚いたように目を丸くする。
「そっか……。そう言えばお前には言ってなかったな」
「だから、どういう事だって。そうやって色々と隠そうとするの、お前の悪い癖だぞ」
 渋るように言葉を濁す晶。
 そんな奴の様子を見て、俺は微かに苛立ちを感じてしまう。
 夢の中ではあんなに偉そうに色々と意味不明な事を語っていた癖に、なんでそんなに煮え切らないんだよ。
 ほとんど八つ当たりみたいな感じで思わず問い詰めるように語気を荒らげると、若干怯んだように後ずさりされてしまう。
 そんな俺の圧力に押されたのか、晶はため息を吐きながら小さく頷いた。
「はぁ……、分かったって。ちゃんと説明するから、まぁ上がれよ」
 それだけ言ってさっさと家の中へ入ってしまう晶を追いかけるように俺も玄関に入ると、懐かしい匂いが俺を迎えてくれる。
 それは紛れもなく晶の家の匂いで、少しだけノスタルジックな気分になった俺はその場で一度深呼吸をする。
 そのまま胸いっぱいに広がる匂いを楽しむように呼吸を繰り返していると、先に廊下を歩いていた晶が不思議そうな表情を浮かべて俺に問いかけてくる。
「どうした? そんな所で突っ立ってないで、さっさと入れよ」
「あぁ、ごめん。なんだか懐かしくなってさ」
「懐かしい? まぁ、確かに昔は良くオレの家に遊びに来てたよな。最近じゃ、全然顔もみなくなっちゃったけど」
「それは、お前が別の高校に行ったからだろ」
「なんだとぉっ! もとはと言えばお前がっ……。いや、その話は後にしよう」
 俺の言葉に反射的になにか言い返そうとした晶は、しかし途中で諦めたように言葉を切った。
 なんとも気になる言い方だったけど、しかし後から教えてくれるのであれば無理に問い質す事もないだろう。
 とりあえず一旦落ち着くために、俺は晶の後に続いて家の中へと入っていった。

 ────
「汚いけど、まぁ寛いでくれよ。飲み物でも取ってくるから」
「悪いな。別に構わないのに」
「良いから座ってろって。……変なところ、物色するんじゃないぞ」
「しないって」
 二階にある晶の部屋に連れて行かれると、晶は軽口を叩きながら部屋を出ていく。
 座っていろと言われてもどうにも手持ち無沙汰な俺は、久しぶりに入る友人の部屋をぐるりと見渡した。
「けっこう綺麗にしてるんだな。昔はあんなに汚かったのに」
 俺の記憶の中にある晶の部屋とは様変わりしたそこは、きちんと整理が行き届いていてなんだか良い匂いさえ漂ってくるような気がする。
 それに、部屋の飾りなんかにも少し違和感があるような気がするんだけど……。
「でも、どこがって聞かれても分からないんだよなぁ……」
 しかし、気になり始めたらとことん気になってしまうのは俺の悪い癖だ。
 なんとか違和感の正体を探ってやろうと、俺は部屋の中を色々と物色してみる事にした。
 するなと言われればしてしまいたくなるのは、人間の哀しい性だしな。
 そうやって色々と見て回っていると、なんとなくだけど違和感の正体に気付く。
 と言うか、答えは簡単だった。
「なんだか、部屋全体が女の子っぽいんだな。色使いといい、飾りといい……。そもそもアイツって、こんなぬいぐるみを飾るような奴だったっけ?」
 タンスの上に置いてあるぬいぐるみを見ながら呟いていると、そのタンスから何かがはみ出しているような気がする。
 と言うか、完全に何かが引き出しから飛び出している。
 どうやら閉める時に挟まったらしく、桃色っぽい布がほんの少しだけ見えてしまっている。
「これ、開けても大丈夫かな……?」
 なんだかわからないソレを見つけてしまうと、その正体が無性に気になる。
 一度部屋のドアを見つめて晶がまだ帰って来ない事を確認すると、俺は恐る恐るその引き出しを開けて見る事にした。
 そーっと引き出しを引っ張ると、その中身がゆっくりと俺の目の前に晒されていく。
 そうして露わになった引き出しの中には、なぜか女性用の下着が詰め込まれていた。
「……なぜ?」
 全く意味が分からない。
 どうして、晶の部屋に女性用の下着があるのか。
 どうして、それがまるで普段から使っているように整理されて引き出しの中に仕舞われているのか。
 あまりの事態に混乱してしまった俺は、とりあえず落ち着くために引き出しの中の下着パンツを一枚、手に取って広げる。
 どうやらさっき挟まっていたのはこれだったらしく、薄い桃色のそれはどこからどう見ても正真正銘の女性用下着パンツだった。
「まさか、小笠原にはこんな趣味があったのか……?」
 そう呟きながらまじまじとパンツを眺めていると、背後でドアの開く音が聞こえてきた。
 その音に慌てて証拠隠滅を図った俺だったけど、しかしそれよりも早く晶が部屋へと入ってくる。
「お待たせ。……って、なにしてんだよっ!?」
「いや、その……。なにもしてないって……」
「嘘にもほどがあるだろ。その手に持ってるの、俺のパンツじゃないか!」
「やっぱり、これはお前のなのかっ!?」
 何て事だっ!
 やっぱり、俺の想像通り晶は女装癖があったのか。
 そして、それを隠すために少し離れた学校に進学したってわけだ。
「いや、待てよ……。じゃあ、さっき言っていた言葉も……」
 ちゃんと学校に行かないと、オレみたいになる。
 その言葉を思い出した時、俺の灰色の脳細胞は全ての答えを正確に導き出した。
 つまり、現在の晶は不登校で学校に行ってない。
 そしてその理由は、隠していた女装癖が周りの生徒たちにばれてしまったからだ!
「なんてこった。真実とは、時に残酷だな……」
「一人でカッコつけてるとこ悪いけど、たぶんお前の考えてることは八割くらい間違ってるぞ」
 決めゼリフと共に小さくため息を吐いていると、完全に呆れた表情を浮かべた晶はさっと俺の手からパンツを奪い取ってしまった。
「最初に言っておくけど、オレは女装癖なんてないからな」
「今更隠さなくっても、俺はそんな事でお前を避けたりしないって」
 もしもそう思われているのなら、とても心外だ。
 しかし晶は、俺の言葉を否定するように首を振る。
「お前がそんな事で友達を避けたりするような奴じゃないって事は分かってるよ。でも、本当にオレは女装なんてしないんだ」
「どういう事だよ? だったら、どうしてお前の部屋に女物の服や下着がこんなにあるんだ? おかしいだろ」
「いや、おかしいのはお前の頭だろ。……はぁ、美希の言ってた事は当たってたってわけか」
「美希の言ってた? あいつがお前に何を言ったんだよ」
 と言うか、晶と美希は知り合いだったのか?
 少なくとも前の世界では知り合っていないはずだけど、そう言えばこの世界の晶はお隣さんだ。
 だったら、美希と知り合いでもおかしくはない。
 年齢も近いんだし、むしろ知り合いじゃない方がおかしいだろう。
「もしかして、俺たちって幼馴染みたいな関係なのか?」
「みたいなじゃなくて、完璧に幼馴染だろうが。暑さで頭でもイカレたか?」
「いや、頭は大丈夫だ。ちょっと確認しただけだから、続けてくれ」
 危うくボロを出してしまうところだった俺は、誤魔化すように笑いながら続きを促す。
 俺の笑顔に少しだけ不審そうな表情を浮かべる晶だったけど、しかし気を取り直したように言葉を続ける。
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