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第76話
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「さて、それじゃあサッサと着替えるか。……覗くくらいなら、手伝ってくれても良いんだぞ」
「うひゃあっ!? の、覗いてないよっ!」
服のボタンに手を掛けながら、俺はうっすらと開いたドアの隙間から部屋の中を覗いている美希に声を掛ける。
いや、ここで返事をしたら自白したも同然だろう。
「とりあえず、今後は俺の着替えを覗くのは禁止な。分かったら、さっさとリビングに行く」
「はーい……。はぁ、まさかばれるなんて……」
どうしてばれないと思ったのか疑問だけど、しかし美希はそんな事を呟きながら素直に階段を下りていった。
よし、これで安心して着替えられる。
別に見られてもなんのダメージも受けない俺だったけど、とりあえず開きっぱなしのドアを閉めて着替えを再開した。
と言っても、男の着替えなどそれほど時間が掛かるものではない。
世間の男たちの着替え事情については知らないけど、少なくとも俺は着替えなんて五分あったら終わってしまう。
そうして着替えを終えた俺がリビングに行くと、そこではまだ美希がパジャマ姿で寛いでいた。
「お前も早く着替えろよ。遅刻するぞ」
「大丈夫だって。もうすぐ着替えるから」
だらしなくソファに座ってテレビを見る美希を見ていると、さっき見た夢の事も相まってなんだか無性に違和感を覚える。
前の世界ではしっかり者で隙のない完璧な妹だったのに、今じゃこれだもんなぁ……。
俺としてはこっちの方が親しみもあって良いんだけど、しかしたまにはもう少ししっかりしてほしいものだ。
「そう言えば、母さんたちは?」
「もう仕事に行ったよ。なんだか今日は忙しいんだって」
「へぇ、じゃあ俺の朝飯は……」
「テーブルの上に置いてあるから、適当に食べてって言ってたよ」
そう言って美希の指差す先には、テーブルの上には確かにいくつかの食事が並んでいた。
少し冷めてしまっているようだけど、まぁ別に気にする事もないだろう。
椅子に座って用意された朝食を食べながら、俺はまた夢の中でも晶の言葉について思いを巡らせていた。
「俺の身近にいた人間は、それほど遠くない場所に存在している……」
晶の言う遠くない場所がどれくらいの距離なのかは分からないけど、しかしアイツがそう言うくらいなのだからせいぜい電車で通う事のできるくらいの場所に居るのだろう。
「でも、それはどこだって話だよなぁ……」
そんな事ですぐに見つける事ができるのなら、俺だってこんなに苦労はしていない。
いや、まだほとんど探していないのだから、苦労するのはこれからなんだけど。
なんて一人で悩みながら朝食を食べていると、ソファで寛いでいた美希がおもむろに立ち上がった。
「それじゃ、私はそろそろ行くね。友達とも待ち合わせしてるから。お兄ちゃんも、あんまりゆっくりしてて遅刻なんてしたら駄目だよ」
「大丈夫だって。それじゃ、行ってらっしゃい」
さっきまでダラダラとしていた妹のセリフに思わず微笑みながら、俺はリビングを出て行こうとする美希に声を掛ける。
そのまま手を振っているうちに、ふとある考えが浮かんだ。
どうせ知ってるはずないけど、駄目元で聞いてみるか。
聞くだけだったら、特におかしな事にもならないだろう。
「なぁ、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「なに? 急いでるから、手短にお願い」
「えっと、小笠原晶って奴を知ってるか?」
ズバッと本題を尋ねると、美希はキョトンとした表情を浮かべながら抑揚に頷いた。
「知ってるよ」
「し、知ってるのかっ!? 頼む! そいつがどこに居るのか教えてくれ!」
思わず椅子から立ち上がって美希の元まで駆け寄ると、その手をガシッと掴みながら頭を下げる。
そうすると美希は、更に不思議そうな表情を浮かべながら俺を見つめてくる。
そして放たれた言葉に、俺はまるでハンマーで頭を殴られたような衝撃を受ける事となった。
「どこに居るって……。普通にお隣さんでしょ」
「は……? お隣……?」
「もう良い? じゃあ、そろそろ行くから」
それだけ言って、美希は俺の手を離してリビングから出て行く。
彼女が玄関のドアを閉めて姿が見えなくなるまで、俺はショックのあまり動く事ができなかった。
────
「まさか、本当にこんなに近くに居たなんて……」
美希の衝撃の一言に固まったまま危うく遅刻しそうになってしまった俺は、放課後になって隣家の正面に立っていた。
最愛の彼女たちからのお誘いや誘惑を泣く泣く振り払って帰ってきたけど、どうやらそれだけの価値はあったみたいだ。
立派な造りの玄関と正面にある門に掲げられている表札の名前は「小笠原」。
どうやら美希の言葉通り、この家は小笠原家で間違いないようだ。
「後は、ここに俺の知ってる小笠原が居るかどうかだ」
ここまで来て同姓同名の別人だったなんて、とんだお笑い草だからな。
少しだけ緊張しながら、俺は微かに震える指でインターフォンを鳴らす。
そうすると家の中から小さく響く音が聞こえてきて、そこで俺はとある可能性に気付いた。
「そう言えば、小笠原も高校生だよな。しかも、俺の通ってる高校に居ないって事はどこか別の高校に通ってるって事だろ」
ここら近辺から一番近いのは俺の高校で、そして俺は授業が終わって一目散にここまで帰ってきた。
「もしかして、小笠原はまだ帰ってきてないって可能性も……」
そこまで考えたところで、インターフォンから声が聞こえてくる。
「どちら様……?」
「あっ、えっと……、長瀬です。隣に住んでる」
「あぁ、今開けるよ」
突然の事態にしどろもどろになりながら応えると、インターフォン越しの声は軽くそれだけ言って聞こえなくなってしまう。
そして数秒後、小笠原家の玄関がガチャッと音を立てて開く。
「おう、長瀬。久しぶりだな」
そこから出てきたのは、だぼっとした服を着てぼさぼさの頭に寝癖をつけた女顔の少年。
服装なんかは違うものの、その姿は紛れもなく俺の知っている小笠原晶その人だった。
「うひゃあっ!? の、覗いてないよっ!」
服のボタンに手を掛けながら、俺はうっすらと開いたドアの隙間から部屋の中を覗いている美希に声を掛ける。
いや、ここで返事をしたら自白したも同然だろう。
「とりあえず、今後は俺の着替えを覗くのは禁止な。分かったら、さっさとリビングに行く」
「はーい……。はぁ、まさかばれるなんて……」
どうしてばれないと思ったのか疑問だけど、しかし美希はそんな事を呟きながら素直に階段を下りていった。
よし、これで安心して着替えられる。
別に見られてもなんのダメージも受けない俺だったけど、とりあえず開きっぱなしのドアを閉めて着替えを再開した。
と言っても、男の着替えなどそれほど時間が掛かるものではない。
世間の男たちの着替え事情については知らないけど、少なくとも俺は着替えなんて五分あったら終わってしまう。
そうして着替えを終えた俺がリビングに行くと、そこではまだ美希がパジャマ姿で寛いでいた。
「お前も早く着替えろよ。遅刻するぞ」
「大丈夫だって。もうすぐ着替えるから」
だらしなくソファに座ってテレビを見る美希を見ていると、さっき見た夢の事も相まってなんだか無性に違和感を覚える。
前の世界ではしっかり者で隙のない完璧な妹だったのに、今じゃこれだもんなぁ……。
俺としてはこっちの方が親しみもあって良いんだけど、しかしたまにはもう少ししっかりしてほしいものだ。
「そう言えば、母さんたちは?」
「もう仕事に行ったよ。なんだか今日は忙しいんだって」
「へぇ、じゃあ俺の朝飯は……」
「テーブルの上に置いてあるから、適当に食べてって言ってたよ」
そう言って美希の指差す先には、テーブルの上には確かにいくつかの食事が並んでいた。
少し冷めてしまっているようだけど、まぁ別に気にする事もないだろう。
椅子に座って用意された朝食を食べながら、俺はまた夢の中でも晶の言葉について思いを巡らせていた。
「俺の身近にいた人間は、それほど遠くない場所に存在している……」
晶の言う遠くない場所がどれくらいの距離なのかは分からないけど、しかしアイツがそう言うくらいなのだからせいぜい電車で通う事のできるくらいの場所に居るのだろう。
「でも、それはどこだって話だよなぁ……」
そんな事ですぐに見つける事ができるのなら、俺だってこんなに苦労はしていない。
いや、まだほとんど探していないのだから、苦労するのはこれからなんだけど。
なんて一人で悩みながら朝食を食べていると、ソファで寛いでいた美希がおもむろに立ち上がった。
「それじゃ、私はそろそろ行くね。友達とも待ち合わせしてるから。お兄ちゃんも、あんまりゆっくりしてて遅刻なんてしたら駄目だよ」
「大丈夫だって。それじゃ、行ってらっしゃい」
さっきまでダラダラとしていた妹のセリフに思わず微笑みながら、俺はリビングを出て行こうとする美希に声を掛ける。
そのまま手を振っているうちに、ふとある考えが浮かんだ。
どうせ知ってるはずないけど、駄目元で聞いてみるか。
聞くだけだったら、特におかしな事にもならないだろう。
「なぁ、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「なに? 急いでるから、手短にお願い」
「えっと、小笠原晶って奴を知ってるか?」
ズバッと本題を尋ねると、美希はキョトンとした表情を浮かべながら抑揚に頷いた。
「知ってるよ」
「し、知ってるのかっ!? 頼む! そいつがどこに居るのか教えてくれ!」
思わず椅子から立ち上がって美希の元まで駆け寄ると、その手をガシッと掴みながら頭を下げる。
そうすると美希は、更に不思議そうな表情を浮かべながら俺を見つめてくる。
そして放たれた言葉に、俺はまるでハンマーで頭を殴られたような衝撃を受ける事となった。
「どこに居るって……。普通にお隣さんでしょ」
「は……? お隣……?」
「もう良い? じゃあ、そろそろ行くから」
それだけ言って、美希は俺の手を離してリビングから出て行く。
彼女が玄関のドアを閉めて姿が見えなくなるまで、俺はショックのあまり動く事ができなかった。
────
「まさか、本当にこんなに近くに居たなんて……」
美希の衝撃の一言に固まったまま危うく遅刻しそうになってしまった俺は、放課後になって隣家の正面に立っていた。
最愛の彼女たちからのお誘いや誘惑を泣く泣く振り払って帰ってきたけど、どうやらそれだけの価値はあったみたいだ。
立派な造りの玄関と正面にある門に掲げられている表札の名前は「小笠原」。
どうやら美希の言葉通り、この家は小笠原家で間違いないようだ。
「後は、ここに俺の知ってる小笠原が居るかどうかだ」
ここまで来て同姓同名の別人だったなんて、とんだお笑い草だからな。
少しだけ緊張しながら、俺は微かに震える指でインターフォンを鳴らす。
そうすると家の中から小さく響く音が聞こえてきて、そこで俺はとある可能性に気付いた。
「そう言えば、小笠原も高校生だよな。しかも、俺の通ってる高校に居ないって事はどこか別の高校に通ってるって事だろ」
ここら近辺から一番近いのは俺の高校で、そして俺は授業が終わって一目散にここまで帰ってきた。
「もしかして、小笠原はまだ帰ってきてないって可能性も……」
そこまで考えたところで、インターフォンから声が聞こえてくる。
「どちら様……?」
「あっ、えっと……、長瀬です。隣に住んでる」
「あぁ、今開けるよ」
突然の事態にしどろもどろになりながら応えると、インターフォン越しの声は軽くそれだけ言って聞こえなくなってしまう。
そして数秒後、小笠原家の玄関がガチャッと音を立てて開く。
「おう、長瀬。久しぶりだな」
そこから出てきたのは、だぼっとした服を着てぼさぼさの頭に寝癖をつけた女顔の少年。
服装なんかは違うものの、その姿は紛れもなく俺の知っている小笠原晶その人だった。
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