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第71話
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「いやぁ、助かったよ。遥花ちゃんが手伝ってくれたおかげで、なんとか全部終わらせる事ができた。本当にありがとう」
もしもあのまま一人で続けていたらどうなっていた事やら。
そう考えるとゾッと背筋に寒いものが走るとともに、これほどの無茶ぶりを投げつけておいてついに最後まで顔を出さなかった灯里先生に恨み言を呟いてやりたくなる。
そんな気持ちを振り払って努めて明るくお礼を言うと、遥花ちゃんは柔らかく微笑みながら軽い調子で応えてくれる。
「いえいえ、どういたしまして。……でも、すっかり遅くなっちゃったね」
確かに、もう最終下校時間が目前に迫ってしまっている。
既に部活動は切り上げられていて、俺たち以外に誰も居なくなった体育館はシンッと静まり返っていた。
「こんなに静かな体育館に居るの、久しぶりだよ」
「ごめんね。俺のせいで、遥花ちゃんまで帰るのが遅くなっちゃって……」
「大丈夫だよ、気にしないで。私が好きで手伝っただけだもん。それよりも、もう遅い時間だし送ってくよ。男の子の一人歩きは危ないから」
「いや、悪いよ……」
「遠慮しないの。それじゃ、着替えてくるからちょっとだけ待っててね」
そう言って体育館を飛び出して行った遥花ちゃんは、出入り口で一度だけ振り返る。
「校門で待ち合わせねっ! すぐ行くから、絶対に待っててよねーっ!」
そう言って手を振りながら駆けていく遥花ちゃんに思わず苦笑を浮かべながら、俺は言われた通りに校門へ向かってゆっくりと歩を進めていった。
────
校門で待つ事、10分と少し。
俺の前を歩いていくまだ学校に残っていた子たちと和やかにさよならの挨拶を交わしながら立っていると、校舎の方から遥花ちゃんが猛ダッシュで近づいてくるのが見えてきた。
大急ぎと言った様子の彼女にすれ違う子たちが驚いているけど、当の本人は気にした様子はない。
そうして目の前まで走ってきた遥花ちゃんは、肩で息をしながら俺に声を掛けてきた。
「はぁ、はぁ……。ごめんね、お待たせ」
「ううん、大丈夫だよ。……そんな急がなくても良かったのに」
「だって、急がないと、悠太くんが帰っちゃう、かも知れないし……」
荒い呼吸でとぎれとぎれに話す遥花ちゃんの背中をさすって落ち着かせながら、俺は彼女の不安を優しく否定する。
「そんな心配しなくて良いよ。俺だって遥花ちゃんと一緒に帰りたいんだから、先に帰ったりしないよ」
「本当に……?」
「もちろん。その証拠に、今だってちゃんと待ってたでしょ」
そう言って力強く頷くと、遥花ちゃんはホッと胸を撫で下ろした。
「よかったぁ……。でも、そうだよね。悠太くんがそんなにひどい事するはずないもんね」
「そうそう。俺が女の子に酷い事なんてするはずないじゃないか」
誇らしげに胸を叩いて主張すると、遥花ちゃんはそんな俺を微笑ましそうに見つめる。
「さて、それじゃそろそろ帰ろっか。って言うか、遥花ちゃんも同じ方向に帰るの?」
「うん。途中までは一緒だよ」
「そっか。じゃあ、送るのはそこまでで良いからね」
流石に家まで送ってもらうのは悪いし、この辺りは治安も悪くないからそもそも一人でも平気だ。
彼女に気を遣ったつもりでそう発言したのだけど、遥花ちゃんは不満そうな表情で唇を尖らせてしまった。
「えーっ!? 気にしないで良いよ。家までちゃんと送るよ?」
「いや、そこまでしてもらうのは悪いから。むしろ、普通なら俺が遥花ちゃんを家まで送らなきゃならないのに」
「それこそ必要ないよ。どこの世界に、女を襲うような奴がいるのさ」
……そう言えば、ここは貞操逆転世界だったな。
この世界で襲われるのは男の方で、女の子は夜に一人歩きをしていても危ない事なんてほとんどないんだ。
油断すると、すぐに忘れてしまいそうになる。
「ともかく、一緒に帰るのは途中までで良いから。それじゃ、帰ろう」
このままじゃ議論は平行線だし、ここは無理にでも話を切り上げた方が良い。
そう考えて強引に結論を出した俺が歩き始めると、一拍遅れた遥花ちゃんは慌てた様子で俺の背中に駆け寄ってくる。
「あぁっ!? ちょっと待ってよ!」
「うわっ!?」
その声と共に俺の隣に並んだ遥花ちゃんはその勢いのまま俺の手を握り、突然の柔らかい感触に俺は思わず声を上げてしまった。
「あっ! ごめんね! 嫌、だった?」
「そんな事ないよ。ただ、いきなりでびっくりしただけ」
「なんだぁ……。もしかして悠太くんに嫌がられたんじゃないかって、焦っちゃったよ」
「嫌がるはずないって。むしろ、遥花ちゃんみたいな可愛い子と手が繋げるなんて光栄だよ」
「えへへ、そう言ってくれると嬉しいなっ」
そう言って遥花ちゃんは握った手にギュッと力を込めてきて、俺たちはそのまま手を繋いでしばらく無言で歩いていった。
そんな沈黙を破ったのは、隣を歩いている遥花ちゃん。
それは、少し賑わう繁華街に差し掛かった辺りだった。
「……ねぇ、悠太くん。ちょっと良いかな?」
「ん? どうしたの?」
「実は、ちょっと寄りたい所があるんだ。それで、悠太くんにも一緒に来てほしいんだけど……」
小首を傾げながら、可愛らしくお願いしてくる彼女の頼みを断る理由もない。
「うん、良いよ」
気付けば俺は、そんな彼女の頼みを二つ返事で了承していた。
「でも、どこに行くの?」
「それは、着いてからのお楽しみ。それじゃ、こっちだよ!」
勿体つけるようにそう言った遥花ちゃんに手を引かれるままに、俺は繁華街をゆっくりと歩いていった。
もしもあのまま一人で続けていたらどうなっていた事やら。
そう考えるとゾッと背筋に寒いものが走るとともに、これほどの無茶ぶりを投げつけておいてついに最後まで顔を出さなかった灯里先生に恨み言を呟いてやりたくなる。
そんな気持ちを振り払って努めて明るくお礼を言うと、遥花ちゃんは柔らかく微笑みながら軽い調子で応えてくれる。
「いえいえ、どういたしまして。……でも、すっかり遅くなっちゃったね」
確かに、もう最終下校時間が目前に迫ってしまっている。
既に部活動は切り上げられていて、俺たち以外に誰も居なくなった体育館はシンッと静まり返っていた。
「こんなに静かな体育館に居るの、久しぶりだよ」
「ごめんね。俺のせいで、遥花ちゃんまで帰るのが遅くなっちゃって……」
「大丈夫だよ、気にしないで。私が好きで手伝っただけだもん。それよりも、もう遅い時間だし送ってくよ。男の子の一人歩きは危ないから」
「いや、悪いよ……」
「遠慮しないの。それじゃ、着替えてくるからちょっとだけ待っててね」
そう言って体育館を飛び出して行った遥花ちゃんは、出入り口で一度だけ振り返る。
「校門で待ち合わせねっ! すぐ行くから、絶対に待っててよねーっ!」
そう言って手を振りながら駆けていく遥花ちゃんに思わず苦笑を浮かべながら、俺は言われた通りに校門へ向かってゆっくりと歩を進めていった。
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校門で待つ事、10分と少し。
俺の前を歩いていくまだ学校に残っていた子たちと和やかにさよならの挨拶を交わしながら立っていると、校舎の方から遥花ちゃんが猛ダッシュで近づいてくるのが見えてきた。
大急ぎと言った様子の彼女にすれ違う子たちが驚いているけど、当の本人は気にした様子はない。
そうして目の前まで走ってきた遥花ちゃんは、肩で息をしながら俺に声を掛けてきた。
「はぁ、はぁ……。ごめんね、お待たせ」
「ううん、大丈夫だよ。……そんな急がなくても良かったのに」
「だって、急がないと、悠太くんが帰っちゃう、かも知れないし……」
荒い呼吸でとぎれとぎれに話す遥花ちゃんの背中をさすって落ち着かせながら、俺は彼女の不安を優しく否定する。
「そんな心配しなくて良いよ。俺だって遥花ちゃんと一緒に帰りたいんだから、先に帰ったりしないよ」
「本当に……?」
「もちろん。その証拠に、今だってちゃんと待ってたでしょ」
そう言って力強く頷くと、遥花ちゃんはホッと胸を撫で下ろした。
「よかったぁ……。でも、そうだよね。悠太くんがそんなにひどい事するはずないもんね」
「そうそう。俺が女の子に酷い事なんてするはずないじゃないか」
誇らしげに胸を叩いて主張すると、遥花ちゃんはそんな俺を微笑ましそうに見つめる。
「さて、それじゃそろそろ帰ろっか。って言うか、遥花ちゃんも同じ方向に帰るの?」
「うん。途中までは一緒だよ」
「そっか。じゃあ、送るのはそこまでで良いからね」
流石に家まで送ってもらうのは悪いし、この辺りは治安も悪くないからそもそも一人でも平気だ。
彼女に気を遣ったつもりでそう発言したのだけど、遥花ちゃんは不満そうな表情で唇を尖らせてしまった。
「えーっ!? 気にしないで良いよ。家までちゃんと送るよ?」
「いや、そこまでしてもらうのは悪いから。むしろ、普通なら俺が遥花ちゃんを家まで送らなきゃならないのに」
「それこそ必要ないよ。どこの世界に、女を襲うような奴がいるのさ」
……そう言えば、ここは貞操逆転世界だったな。
この世界で襲われるのは男の方で、女の子は夜に一人歩きをしていても危ない事なんてほとんどないんだ。
油断すると、すぐに忘れてしまいそうになる。
「ともかく、一緒に帰るのは途中までで良いから。それじゃ、帰ろう」
このままじゃ議論は平行線だし、ここは無理にでも話を切り上げた方が良い。
そう考えて強引に結論を出した俺が歩き始めると、一拍遅れた遥花ちゃんは慌てた様子で俺の背中に駆け寄ってくる。
「あぁっ!? ちょっと待ってよ!」
「うわっ!?」
その声と共に俺の隣に並んだ遥花ちゃんはその勢いのまま俺の手を握り、突然の柔らかい感触に俺は思わず声を上げてしまった。
「あっ! ごめんね! 嫌、だった?」
「そんな事ないよ。ただ、いきなりでびっくりしただけ」
「なんだぁ……。もしかして悠太くんに嫌がられたんじゃないかって、焦っちゃったよ」
「嫌がるはずないって。むしろ、遥花ちゃんみたいな可愛い子と手が繋げるなんて光栄だよ」
「えへへ、そう言ってくれると嬉しいなっ」
そう言って遥花ちゃんは握った手にギュッと力を込めてきて、俺たちはそのまま手を繋いでしばらく無言で歩いていった。
そんな沈黙を破ったのは、隣を歩いている遥花ちゃん。
それは、少し賑わう繁華街に差し掛かった辺りだった。
「……ねぇ、悠太くん。ちょっと良いかな?」
「ん? どうしたの?」
「実は、ちょっと寄りたい所があるんだ。それで、悠太くんにも一緒に来てほしいんだけど……」
小首を傾げながら、可愛らしくお願いしてくる彼女の頼みを断る理由もない。
「うん、良いよ」
気付けば俺は、そんな彼女の頼みを二つ返事で了承していた。
「でも、どこに行くの?」
「それは、着いてからのお楽しみ。それじゃ、こっちだよ!」
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