季節、巡りて

路傍 之石

文字の大きさ
上 下
6 / 6

5.突撃隣の-(再)大事なのは退かぬ心。間合いは踏み抜いていくスタイル。

しおりを挟む
 こう兄の手作りオムライスは美味しかったしデザートのシュークリームも絶品だった。さらに、こう兄の連絡先をゲットしてうきうき気分。
 
 「今日はご機嫌だね」

 顔に出まくってたのかこう兄に指摘されて思わずえへへとにやけてしまう。

 「にーちゃんはゆきちゃんが大学でちゃんとやれてるのか心配だなー」
 「む。ちゃんとしてるし。こう兄の前だと緩んじゃうだけだし。しいていうならこう兄の責任だよね」
 「そうか、俺のせいか。それじゃ責任取らないとな」
 「そうだそうだ!」
 「責任とってこれからは厳しく接しよう」
 「え……そういうのいらない」

 顔を見合わせ笑いあう。

 「それにほら、俺はこう兄やはる兄と違って遊び人じゃないし!」
 「あ、ゆきちゃんそれ言っちゃうんだ」
 「そうだよ!昨夜だって……」

 こう兄は悪びれもせずにこにこしながら返してくるから、そんなこう兄にちょっと、そうちょっとだけ苛々してしまい余計な言葉が口をついてしまった。
 コトンとこう兄がマグカップを置いた音がやけに大きく響く。

 「昨夜が、何?」

 思わず目を逸らす。

 「昨夜は星が綺麗だったなと思って」
 「昨夜は曇りだけど」

 そんなの知ってるって叫びだしそうになる。時間を巻き戻してなかったことにさせて欲しい。

 「セフレだよ」
 「……」
 「彼も、セフレだ」
 「聞こえてるし。2回も言わなくていいし」

 たぶん、そうなんだろうと思っていたけど、こう兄の口から聞きたくなかった。
 胸がずきずきする。
 視界が……滲む。

 「聞きたくないから話変えたかったのに……」
 「ゆきちゃんが隣に越してきてからも、女も男も部屋に連れ込んでたから、いつかはバレると思ってた」
 「そんな事!」

 聞きたくなくて、知りたくなくて、思わずこう兄を睨む。涙が溢れ出てこないよう目に力を入れる。強く。
 
 「ゆきちゃんは俺の事、気持ち悪いって思う?」

 いつもの、優しい笑顔のまま、こう兄が俺に問いかけてくる。何を言われてるかわからなくて、一瞬、頭の中が真っ白になる。やがて、頬をつっと一筋の何かが伝う感触。
 その後は悲しくて、苦しくて、決壊したかのように、涙が溢れてきた。

 「こう兄は馬鹿だ……」
 「うん」
 「俺が……俺が、こう兄を気持ち悪いだなんて……思うわけないじゃん」
 「……うん」
 「ばか、ばかにい
 「そうだな、ばかにーだな」

 両の手で拭っても溢れてくる涙が止まらない。こう兄に、「気持ち悪いって思う?」と聞かれたことが酷く悔しかった。俺がこう兄にそんなことを思うなんてありえないのに。
 こう兄がタオルを手渡してくれる。受け取ると「ごめんな」という言葉と共に、そっと頭を撫でてくれて、冷めてしまった珈琲の代わりにホットミルクを淹れてくれた。



 こう兄の入れてくれたホットミルク。
 一口含むと、蜂蜜入りのホットミルクは暖かくて、優しい甘みを舌に感じた。

 「昔な、両親に言われたんだ。男同士なんて気持ち悪い。この出来損ないって。俺は両親との仲が良好だったわけじゃないけど、さすがに堪えた」

 伺うようにこう兄を見ると、当時の事を思い出してるのか、少し苦い表情を浮かべていた。

 「堪えるってことは、親ってのは、最後には無条件で味方になってくれんじゃないかって甘えがあったんだろうな」

 こう兄の言葉にズキリと胸が痛む。父さんも、母さんも、俺達兄弟には無条件で味方になってくれるって当たり前のように信じてる。俺達にとっては当たり前のことなのに、こう兄にとってはそれが「甘え」になってしまうことが苦しいくて、だから、俺は。

 「俺、俺がこう兄の無条件の味方になる」
 「ゆき……ちゃん?」

 こう兄が戸惑うように、俺の名を呼ぶ。俺はそれに構わず、言葉を続けた。

 「俺じゃ……ダメ?」
 「ゆきちゃん、自分が何言ってるかわかってる?」

 言い聞かせるように、強く、言葉を区切ってもう一度決意を口にする。

 「どんな時も、何があっても、俺がこう兄の味方になる」

 こう兄が、俺の言葉に目を見張った。

 「ちびのゆきちゃんにそんな事いわれる日が来るなんてな」
 「言ったろ。俺だって頼りになる男に成長したの!」

 こう兄が、嬉しそうに笑ってくれている。それが嬉しくて俺もつられて笑顔になってしまう。

 「それじゃ無条件の味方になってもらおうかな」
 「任せてよ」
 「覚悟しとけよ」
 「不穏だよ」

 折角の良い場面だったのにーっと不満を表明したら「まだまだちびゆきちゃんだな」と鼻を摘ままれてしまった。

 「そういえば、あっちゃんは?」
 「両親との縁は切っても兄妹の縁は切るなって言われたよ」
 「うわぁ……頼もしい」
 「ほんとにな。弟からは「もっと上手くやれ馬鹿兄。言っとくが兄弟の縁は切らないからな」と言われてしまった」
 「弟とか新情報」
 「え?知らなかった?双子の弟」
 「ちょっとまって情報量」
 「え?夕凪と付き合ってるんだけど」
 「まって、お願い、情報量多すぎ」

 こう兄の兄妹は、妹のあっちゃんだけかと思ったら、双子の弟がいて、ゆう姉と付き合ってるとか今日はお腹いっぱいです。

 「そうだ、ゆきちゃん、ちょっとベランダでないか?昨日は曇りだったけど、今夜は晴れてるから星が見えるよ」
 「ソウデスネ」

 昨日が曇りだった話はもう勘弁してほしい。終わり!その話終わった!
 不満そうな俺の手を「ほら立った立った」と引張りベランダに連れ出す。確かに今日は外が晴れていて星も見える。

 「ほら、あそこに月が出てる」
 
 こう兄が空を指さして、下ろした左手の小指が、俺がベランダの手すりにかけた右手の小指に触れた。

 「綺麗だね」
 「うん。星も、月も好き。夜の散歩も好き」
 「夜中に時々、出かけてるなとは思ってたけど散歩に行ってたのか。今度行くとき誘ってよ」
 「え?いいけど……こう兄、夜はよく人呼んでるけど……大丈夫?」

 伺うように問いかける。そりゃそうだ。誘いにいったら最中でしたなんてのはさすがに俺も勘弁願いたい。

 「ゆきちゃん、もう誰もこの部屋には呼ばない。ゆきちゃん以外は。だからいつでも声をかけてくれ」

 こう兄の言葉に面食らってると「やっぱわかってなかったか」と笑われてしまう。
 何が「わかってないのか」は教えてくれなかったけど、こう兄の言葉を聞いてから、さっき触れた右手の小指が無性に熱く感じた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

雪は静かに降りつもる

レエ
BL
満は小学生の時、同じクラスの純に恋した。あまり接点がなかったうえに、純の転校で会えなくなったが、高校で戻ってきてくれた。純は同じ小学校の誰かを探しているようだった。

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

ホストの彼氏ってどうなんですかね?

はな
BL
南美晴人には彼氏がいる。彼は『人気No.1ホステス ハジメ』である。 迎えに行った時に見たのは店から出てきて愛想良く女の子に笑いかけているのは俺の彼氏だったーーー 攻め 浅見肇 受け 南美晴人 ホストクラブについて間違っているところもあるかもしれないので、指摘してもらえたらありがたいです。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

処理中です...