季節、巡りて

路傍 之石

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4.突撃隣の-こう兄との晩御飯 > ダチとの飯

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 あの後お昼につれてってもらった後は、こう兄と2週間近く会っていない。あの時は隣同士だし、どうせすぐに会えるだろうと連絡先を聞かなかったのだけど、今となってはなんで聞いておかなかったんだと後悔してる。
 ちびの頃は毎日のように会っていた。こう兄と会えなくなって10年以上たって、偶然にも部屋が隣同士になったのに、全然会えなくてイライラする日もあった。18にもなってほんと情けないと自己嫌悪。

 夜の散歩に部屋を出たときに、女の人とはすれ違う事がある。俺の部屋の奥はこう兄の部屋しかないので、こう兄の客ってことは明白だ。つまりこう兄はその時は部屋にいるってことだけど、一緒についていくわけにもいかないし、女の人を出迎えるこう兄も見たくなくて、逃げるようにその場を離れてしまう。
 一回だけ、俺と同い年ぐらいの男とすれ違ったことがあった。どうしても気になって曲がり角を曲がった後にそっと覗いたら、男の肩を抱いて扉を閉めるこう兄が見えた。こう兄の部屋に向かう誰かとすれ違う夜は、気が付くと長い散歩になるのだけど、その日は何故か胸がもやもやして、いつもより長い散歩になってしまったし、布団にくるまってからもなかなか寝付けなかった。
 目を閉じても俺と同い年ぐらいの男の肩を抱く、こう兄の姿が頭から離れない。つまりこう兄は女も男もいける人なんだろう。今まで身近にそういう人がいるとは思っていなかったので、麦茶と間違えてめんつゆを口に含んでしまった時のようなびっくり具合だ。
 俺が、こう兄にとってそういう対象になってるわけじゃないのに、相手が俺と同い年ぐらいだったからか妙に胸がざわざわする。明日の朝は早いから早く寝なければと思えば思うほど頭がぐるぐるとしてしまう。



 寝れないなと目を瞑っていたらいつの間にか朝になっていた。寝ていたはずなのに寝た気がしない。今日はダチと大学の図書館で課題をする約束をしていたのに、このまま夢の中に帰りたくなる。
 だらけて気持ちに鞭打ってなんとか洗面所に向かい、冷水でざぶざぶと顔を洗い、寝ぼけた脳を叩き起こす。
 よし、行くか。
 部屋を出て鍵を閉めると、欠伸を一つすると、スーツに身を包んだこう兄が部屋から出てきていて、情けない姿を見られてしまった。

 「こ、こう兄、おはよ」
 「ゆきちゃんか。おはよう。今日は早いな」
 「今日は大学のダチと約束があって……こう兄こそ早いじゃん」
 「俺は仕事だからな。平日はこれぐらいだよ」

 昨夜見かけた光景が頭にチラつき、ちょっとぎこちなくなってしまう。こう兄はそんな俺に構わず近づいてくると、俺の頭を撫でてくる。

 「学生だからってあんま夜更かししちゃ駄目だぞ」
 「…うん」

 こう兄のせいでなかなか眠れなかったとは言えるわけもなく、つい不満そうな返事になってしまった。怒ったかなと見上げたこう兄は気にすることなく人のよさそうな笑みを浮かべている。

 「そうだ、今夜は家にいるか?早く仕事上がれそうだから、晩飯作ろうと思うんだが飯食いに来ないか?」
 「行く!」

 こう兄の手作りご飯という餌に釣られて、食い気味で返事をする俺に「そうか」と笑うと、俺の頭を撫でてた手の力が少し強くなって、ぐしゃぐしゃと撫でてくる。

 「じゃ、また夜にな」
 「うん、行ってらっしゃい」

 最後に俺の頭をぽんっとして、そのまま仕事に向かうこう兄を見送る。
 良し、今日は早く帰ろう。
 


 大学の講義が終ると、文具類を鞄にしまいそそくさと帰ろうとするが、いつもつるんでるダチにあえなく捕まってしまう。

 「一宮くーん、飯いこ飯!」
 「金曜だし、どっかで飯くったら酒買って家で呑もうぜ」
 「いつき、暑苦しいからくっつくな」

 飯行こうとお気軽に肩を組んでくる樹の腕をいつも通り乱暴に払う。樹は同じ学部のヤツで、一緒の講義を受けてることをきっかけに仲良くなった。んで樹繋がりで別の学科に通ってる樹のダチともつるむようになった。未成年のくせに堂々と酒とかいってるのが甲斐かい。甲斐は学食で樹の隣に座った時に、樹に話かけられた事をきかっけに仲良くなったらしい。樹はコミュニケーションお化けかよと思ったものだ。
 俺も合わせて全部で6人がいつものメンバーだが今日はこいつらだけらしい。

 「わりぃ、今日は先約があるから2人でいってく……れ……?」

 「先約」と口にした辺りでこの世の終わりみたいな顔を樹がするので、思わず疑問形になってしまった。
 思わず甲斐と2人で不振そうに樹を見ていると、突然樹が口を押えて甲斐に抱き着いた。

 「うう、甲斐君どうしよう。女の子なんて興味ありませんみたいな顔してたのにこれ絶対彼女案件。悔しい!俺も彼女欲しい!」
 「ちょ!やめろきもちわりぃ、抱き着くな!眼鏡、眼鏡が落ちる!」

 甲斐は片手を樹の額に当てて押し返しながら、もう片手でなんとか眼鏡を押さえようとしている。すまん、甲斐。正直俺が抱きつかれなくて良かったと思ってしまった。

 「彼女じゃねーよ。もういっそそのまま甲斐に相手してもらえよ」
 「太輝!こら!離れろって!くっそこの馬鹿力!雪斗も変なこといってんじゃねー!俺には可愛い彼女がだな!」
 「彼女自慢してんんじゃねー!いっそ俺と甲斐君の熱いキスシーンを写真に収めて彼女に送ってしまえばこいつも俺と同じ独り身になるんじゃ!よし!甲斐君!キスしよキッス!」
 「やめ!まじ洒落にならん!おい雪斗!そっと帰ろうとしてんな!助けろ!あと、外野も笑ってないで助けてくれっ」

 騒がしい樹のせいでいつの間にか人だかりができていた。「いーぞやっちまえ」と囃し立てる男子がいたり、なんだか嬉しそうに激写してる女子もいる。すまん、甲斐。彼女に振られたら樹を恨んでくれ。俺はこう兄と晩飯を食うという使命があるのだ。



 電車に揺られて家の最寄り駅につくと、そこはすっかり金曜の夜らしい喧騒にまみれていた。賑やかな駅前をちらりと見ながら家路につく。少し駅から離れるとざわざわとした空気が次第に薄れていった。喧騒から静寂に次第に切り替わっていくこの空気が好きだ。喧騒に包まれた街につられ、少しだけ心が浮かれて、静まり返った道で感じる少しの孤独に気持ちが沈む。うん。こういうのも大切だ。
 しんみり浸ってる間にマンションの部屋についてしまい、鍵を開ける。そっと扉を開いて部屋を覗くと、そこにあるのは、しんっと鎮まった空気と薄闇に包まれた部屋。

 「ただいま」

 中に声をかけるが、勿論誰からも声が返ってくることはない。一歩踏み込み今度はそっと扉と鍵を閉める。手を伸ばし玄関の電気を点ける。

 うん、ただいま。
 誰もいない部屋、誰も返ってこない部屋に帰ることに、まだちょっとだけ慣れない。この感覚は苦手だ。

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