季節、巡りて

路傍 之石

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3. 再開-大事なのは退かぬ心。間合いは詰めすぎたかもしれない。

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 こう兄の呼び方が、急に名字呼びに変わった。たぶん今の変化は俺の行動が原因じゃない。態々言い直してたし、あっちゃんの名前が出たことがきっかけだ。そこに鍵があるのかも知れない。だから俺は、ここで、こう兄に踏み込むことにした。

 「あっちゃんの事、今は梓って呼んでるんですか?」
 「ああ、あいつが中学の時にな。あいつの友達がいる前で「あっちゃん」って呼んだら家に帰ったあとしこたまに怒られた」
 「しこたまって、そんなに?」
 「俺が手塩にかけて育てた可愛い妹から、あんなに怒られて正直立ち直れないかとおもった」

 こう兄は苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべた。そんなこう兄に手ごたえを感じて、さらに踏み込んでみる。

 「さっき……俺のこと「一宮君」って呼んだのも……ひょっとしてそのことが理由……ですか」
 「正直に言うとだ、どういう距離感で接したらいいのか分からなくてな」

 こう兄は、困ったような顔をして、頭を掻きながら、言葉を返してくれる。

 「一宮君も」
 「ゆきちゃんでいいです」

 また「一宮君」と言われるので、思わず遮ってしまった。嫌われてるわけでも、距離を置きたいわけでもなく、あっちゃんが原因で自分は何も悪くないという事が、俺を大胆にさせる。そんな俺のことを、鳩が豆でっもうでもくらったような顔をしたこう兄が見ていた。

 「俺の記憶にあるゆきちゃんはさ、小学校低学年なんだよ。だから急に現れたゆきちゃんの成長した姿に驚いたし、立派に成長した男に「ゆきちゃん」は無いだろうと名字で呼ぼうと思っのに、悉く失敗し続けて成功したのが今さっき。もう子供じゃないんだから、ちゃんと大人の男として相対しないとと気合入れたんだけど、どうしても相手がゆきちゃんだからか、気が緩んじゃってな」

 難しいなー、と苦笑してる。なんだよそれである。全部あっちゃんのせいじゃないか。俺の苦悩の時間を返してほしい。

 「あの頃みたいに、ゆきちゃんがいいです。俺の記憶の中のこう兄だって、あの頃のままだし、急に態度変えられたりすると、困る。ひょっとして嫌われてたのかと思った……」

 言葉にした後、急に恥ずかしくなり下を向いた俺に、こう兄が手を伸ばして「ごめんな」と言いながら頭を撫でてくる。そうだった、こう兄は良く俺の頭を撫でてくれて、俺もこう兄に頭を撫でられるとご機嫌になっていた。だがしかしだ、ちょっと待って欲しい。あの頃のままとは言ったものの、18歳の男にこれはさすがにこれは恥ずかしいぞ。舌の根も乾かぬうちにこれは無しとは言いにくいけど、恥ずかしいけどやっぱこう兄に頭を撫でられるのは嫌いじゃない。
 だが、やっぱり恥ずかしくて顔が熱くなっていくので、全力で話題を変えることにした、

 「そんなことより!今日の午前中に来てた女の人って彼女?」
 「え?女の人……あー、彼女じゃないよ。セフレ。彼女はいないかな」

 いきなりの発言に吹き出しそうになる。彼女とか心当たり無いみたいな顔したと思ったら何言い出すの。こう兄の不意打ち発現に俺の感情線は乱高下。もう大パニックだ。だってさ、セフレ家に呼ぶってつまり、今日の午前中、こう兄は……そこで思考が停止した。

 「せ、セフレ?え、家で?あれ?こ、ここ?」
 「落ち着けゆきちゃん」

 落ち着こうとお茶を飲んだら変なとこに入ってしまったのか咳こむ俺に、こう兄が隣まで来て背中をさすってくれるが、突然の性的な話題に脳が混乱してるのか、こう兄の暖かく大きな手や、シャツの襟から覗く鎖骨に脳がクラクラする。どうしても、こう兄と女の人の情事を想像してしまい、余計に顔が熱くなる。はる兄のエグい話を聞いても平然としていられる俺がなんで「セフレ」って単語だけでこんなことになるんだとさらに思考がこんがらがってる。大丈夫だ、またいける。

 「ちょ、ちょとびっくりして」
 「ひょっとしてゆきちゃん……まだ?」

 何がとは言わない。男同士の暗黙の了解だ。

 「うん……その、はる兄が遊び人になった反動か、あんま興味が湧かなくて」
 「あのはる君が遊び人か……けどゆきちゃんも興味無いっていう割には顔が真っ赤だぞ」

 なんだか面白そうに指摘してくるこう兄に、なんとか言葉を返すために、とっ散らかった脳内から言葉をひねり出そうとする。

 「そりゃはる兄と……こう兄は違うよ。はる兄からそういう話聞いても、「あ、こいつクズいな」としか思わないけど、こう兄は……その、そ……」
 「そ?」

 こう兄が楽しそうに続きを促してくる。目を、逸らせない。あんなに珈琲やお茶を飲んだはずなのに喉がカラカラに渇いてひりつく。

 「そ、想像しちゃって」
 「何を?」

 こう兄が酷い。声は優しいけど、許してくれない。逃がして、くれない。ダチと下らない下ネタで盛り上がったり、はる兄のあれこれは平気なのに、話してる相手がこう兄というだけで、羞恥に言葉が詰まる。

 「その……こう兄と……あの女の人の……」

 顔が熱い。言葉にして、余計想像してしまって、心臓がこれでもかとバクバク鳴りはじめる。思わず目を瞑って俯く俺。情けなさに悲しくなる。

 「そんな妄想するなんてもうすっかりゆきちゃんも大人だな。いや大人なのか?子供?」
 「どこをどう切り取ってそうなったのさ。まだ18なんだから大人の仲間入りもできないお子様扱いで十分です」

 思わず憤慨するが、こう兄にとってはそれもまた面白いらしく、楽しそうに笑っていて、つられて俺も笑ってしまう。

 「それで、ゆきちゃんは彼女いないの?」
 「どうしてそんな話になるんですか」
 「先に聞いてきたのはゆきちゃんだよ」
 「む……はる兄のお陰で恋愛とか面倒と思ってるんでいらないです」

 確かに先に聞いたのは俺の方が。けど爆弾発言返されたので被害者は俺だと主張したい。けど幸いにしてその手の話題に俺は鉄壁の潔白持ち。

 「ダチから合コンとか誘われるけど、断っちゃうし」
 「合コンはめんどいな」
 「あ、こう兄もそういうのは行かないんだ」
 「あれは苦手。俺に必要なのはお互い都合のいい相手だし」

 また、こう兄は何を言い出すのか。

 「あー……」
 「食事も会話も面倒くさい。お互い棒と穴扱いでいいんだよ」
 「棒と穴……」
 「ゆきちゃんとは方向性が違うけど、俺も恋愛は良いかな。ずっと一人でいいや」

 困ったような、何かを諦めたような顔で笑うこう兄いにちくりと胸が痛む。

 「しかめっ面してどうした?」
 「してません」
 「してるよ」
 「してないもん」

 口が滑った。普段絶対使わないちびの頃の口調が何故か出てきてしまった。クスクスと笑うこう兄に、俺の顔がまた熱くなる。

 「嫌だったんです」
 「何が?」
 「言いたくないです」

 これは、口にしたくない、してはいけない気がした。今日の俺はなんか変だ。いや、こう兄はやっぱこう兄だったことに浮かれてて、けどショックを受けることもあって、俺には関係ないことなのにって思うとまた胸が痛む。

 「それじゃ仕方ないな。言いたくなったら教えてくれ」

 あっさり引かれるのにもなんかムカついてしまうという、面倒くさい思考になってる自分に愕然とした。
 
 「今日は……もう帰ります」
 「そうか」

 こう兄はその一言だけ。

 玄関に立つ俺に、こう兄が冷蔵庫から取り出したケーキの箱を取り出し、渡してくれる。
 取っての部分はこう兄が持ってるから、下から支えるように両手を箱の底に添える。冷蔵庫から取り出したばかりの箱はまだひやりと冷たい冷気をしょい混んでいた。箱から手を離すと、そのままその手が俺の頭を撫でてくる。

 「ゆきちゃん」
 「うん」
 「男相手でももっと警戒しとけ」
 「……うん?」
 「明日の昼空いてるか?」
 「……ます」
 「飯、食いに行こう」
 「行く!」

 こう兄からのお誘いに思わず食い気味で答えてしまい、また笑われてしまった。
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