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1. 再開-兄ちゃんがおっさんに塗り替えられた日
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大学の進学で俺は一人暮らしをすることにした。大学までは家から2時間と通えなくもない距離だ。だけど、先に一人ぐらいをした兄貴に、絶対独り暮らしを経験した方が良いと言われて、特に反対する理由も無かった俺は兄貴、はる兄の勧めもあり家を出た。
長女のゆう姉は既に社会人で長男のはる兄がまだ大学生、末っ子の俺もやっと大学生になり家を出るという事で母さんは寂しがりつつも、親父との2人暮らしが楽しみらしく嬉しそうにしていた。
親父はというと「さっさと彼女作れ、だがお前の兄貴みたいに遊び人にはなるな」とのこと。非常にめんどくさい。兄貴が女の子と遊びまくってるのを目にしてるせいか、惚れた腫れた付き合ったとかへの興味が薄く育った俺はその手の話が無縁だった。そりゃ健全男子なので、性欲はあるし、ダチとそういう話もするけど自分で処理して満足してしまう。二股の末に、頬に平手打ちとか思いっ切り殴られた跡を残したまま、兄貴は女の子の良さを力説していたけど、力説されるほど分からなくなっていったってものだ。むしろ二股がバレて軽蔑の眼差しを向けられた時のぞくりとした感じはヤバかったとか聞きたくない。頼むから変な性癖に目覚めないでくれ。
ごめん、親父。たぶん大学でも彼女できねーや。
親父とはる兄の助言は女の子の事に終始してたけど、我が家の女性陣はそっち方面に言及しないでいてくれて助かる。ゆう姉からは「遊びにバイトも良いが、学業を疎かにしないように。父さんも母さんも気にしないだろうが、2人の投資を無駄にすることは私が許さん」と真顔で言われてしまった。親父も母さんも放任的な気質が強い分、我が家は姉が人一倍しっかりしている。なんだかんだと仕事で忙しかった両親に変わり、進路の相談はゆう姉がしてくれていた。
ちなみにはる兄もゆう姉には頭があがらない。はる兄が一人暮らしする時のお言葉が「女遊びを辞めろとは言わんが、避妊はするように。避妊具をつけても100パーセントの安全性は無いから中では出すなよ。ああ、コンドームは自分で用意しろ。女が持ってきたものを信用するなよ。学業のことは言うまでもないな?成績を落とすようであれば女は禁止だ」である。母さんなんて「ゆうちゃんが必要なこと言ってくれるから助かるわ」である。ひょっとしたら我が家で一番頼りになるのではと思うが、そんなゆう姉は両親のいう事に絶対服従である。
そのため両親もゆう姉に対して結婚とか孫とかいうキーワードは出さないのだ。そんなことうっかり言ったら適当な男を適当に見繕って拵えてしまいそうな感じがする。一度、姉兄弟で炬燵を囲んでる時にそんな話題になったのだがゆう姉曰く「失礼な。私だって恋愛の一つや二つ経験済みさ。お前たちに「義兄」と呼ばせても良い段階になったら合わせてやろう」である。
ピカピカの大学一年生、ピカピカの一人暮らし一年生。友達100人いらないので少数精鋭でつるめるダチが出来ますように。家を出る時はさすがに寂しくしょんぼりとしたけど、それと同じぐらいに新しい生活へのドキドキが胸にある。引っ越しの片付けは兄貴が手伝ってくれたこともあり、それほど手間がかからなかった。何故か兄貴の分の布団も用意されている。やけに親身になって家探しとか手伝ったりしてくれたのはこれが狙いか。けど頼むからゴムを置いていくな、ゴムを。俺の城をラブホ代わりにしないでくれ!え?消耗品だし使っていい?いらんわ!
そんなこんなで兄貴の荷物がそっと置かれてスペースを確保されてしまった。冷蔵庫にも兄貴の名前が書かれたアルコール類も置いてかれている。当然のように俺の家の合鍵は取られたけど、あと何かあった時のためにって、兄貴の家の合鍵を渡された。
俺の部屋は6階建てのマンションの5階だ。残念ながら角部屋は取れなかったけど、駅からもほど良い距離で、ベランダからの眺めも良い。やはり角部屋に微かな未練があったのか、どんな人が住んでるか気になったが、4月を過ぎてもすれ違うどころか人がいる気配がしない。表札にある「結城」という文字が余計に隣家のことを気にさせる。
幼稚園のころに、良く遊んだ面倒を見てくれた兄ちゃんの名字が「結城」だった。下の名前は俺が呼べなかったので実は憶えていない。兄ちゃんの事は「こう兄」って呼んでたな。こう兄は幼稚園で仲良くなったあっちゃんの兄ちゃんで、あっちゃんの面倒を見るついでに俺の事も構ってくれてたんだろう。俺とあっちゃんは2人してひな鳥のようにぴよぴよとこう兄を追いかけてたものだ。
確か俺が小学生低学年の頃に大学の進学で一人暮らしをするからしばらく会えなくなるって態々挨拶に来てくれた時、俺が嫌がってギャン泣きした事は覚えてる。「こう兄ちゃんと一緒に行くっ」って足にくっ付いて離さなかった俺を抱き上げて「ゆきちゃんがおっきくなったらね」と宥めてくれていたっけ。
その後、こう兄の家も引っ越してしまって、そのまま疎遠になってしまった。
うん、お隣さんがこう兄だったらいいのになと妄想できるので、しばらくお隣さんには遭遇しない事を祈ろう。
ところが5月のゴールデンウィークが明けたころた。その結城さんと遭遇してしまった。マンションの1階で俺の部屋の隣の部屋の郵便受けを開けてるスーツ姿の男がいたからだ。女じゃなくて男ということで「お隣さんはこう兄ちゃん」ポイントに1ポイント加算。結城さんの手元にはでかいスーツケースがあるからどこかに出張に行ってたのかもしれない。
やっぱり結城さんが「こう兄ちゃん」じゃない事をまだ確定させたくなく、エレベーターホールでエレベーターを待つ結城さんの後ろをそっと通り抜けて階段を使って部屋に向かった。俺が5階につく頃には結城さんは部屋に入ってるだろうと思ったんだけど、結城さんは俺の部屋の前で止まって、俺の部屋の表札「一宮」を見ていた。うん、俺の名字比較的に珍しいもんな。
思わず立ち尽くしてたら結城さんに見つかってしまった。このまま立ち止まってたらうっかり不審者扱いされたとしても文句言えないだろう。観念して結城さんに近づき話しかける。
「あの、うちに何かようですか?」
結城さんは背が高く、俺が見上げる格好になった。
「ああ、すみません。一宮さんですか?隣に住んでいる結城と申します。知人の名字と同じだったもので、立ち止まってしまいました」
この人、俺のこと「かずみや」って言った。「いちみや」でも「いちのみや」でもなく。三択とは言え正解。それに知人の名字と同じって。それに知人ってまさか。いやまさか。焦るにはまだ早い落ち着け俺。この程度の情報じゃまだ「こう兄ですか?」なんて聞けない。違ったら恥ずかしくてこのマンションで生活続けられる自身が無い。あと、なんだか壁を感じる。顔が、顔が無表情でちょっとびびる。
「あ、そうなんですか、じ、実は俺も昔お世話になった人が「結城」さんってなまえでした。偶然ですね」
「君、下の名前は何といいますか」
見下ろす目線が恐い。なんだよ、もう絶対こんなおっさんこう兄ちゃんじゃないよ。こう兄ちゃんはもっと優しい兄ちゃんなんだ。こんな冷たいおっさんになってるはずが無い。これ以上目を合わせていられなく思わず結城さんの首元に目線を逃す。その瞬間、眼光が鋭くなってさらに怯んでしまう。
「ゆ、ゆきとです。一宮雪斗です」
名乗ったんだから沈黙しないで欲しい。早く別人でしたって終わらせて俺を部屋に入れさせてくれ。それで、これっきりお互い干渉しなければいいんだ。
「ゆきちゃん?」
あの頃、こう兄がいつも呼んでくれてた呼び方をされた。声色がさっきの冷たい感じから少し和らいだ。思わず勢いよく顔を上げると、少しだけ、驚いた顔をしていた。
「こ、こう兄?」
「そうか、梓と一緒に遊んでた、ちびのゆきちゃんも立派になったんだな」
こう兄から冷たい気配が消えて、砕けた言葉で話しかけてくれる。
梓は、こう兄の妹で、そう、幼稚園の頃からの友達のあっちゃんの名前だ。
「独り暮らし?」
「うん、今大学一年なんだ」
「そうか、勉強頑張れよ。それじゃな」
こう兄は俺に背を向けるとスーツケースを引いて自分の部屋に向かう。なんか、あっさりした感じに胸に穴が空いたような気持ちになる。
「こ、こう兄!」
「ゆきちゃん、もう夜遅いから静かにしなさい。ご近所に迷惑だよ」
思わす大きな声が出た俺に、こう兄は、足は止めてくれたけど振り返りもせず、再び冷たい声で窘めるように言葉を返した。けど、折角再開したのにこのまま返したらきっと、もう距離を縮められない気がすると思い、必死に言葉を続ける。
「今度の土曜日にお茶でもどうかなって。うちに来てもいいし、嫌だったらどこか外でも。折角また会えたんだから……その、色々……話した……い」
すぐに返事が貰えなく、しばらく後に聞こえた息を吐く音が胸に突き刺さる。あの頃のこう兄とあまりにも違う反応を返されるのがこんなに辛いとは思わなくて、涙腺が緩みそうになるのを必死に堪える。
「3時頃で良ければ俺の部屋においで。今でも甘いものは好き?」
「い、行きます。甘いもんも好きで……す」
「分かった。何か用意しておくよ。それじゃ」
こう兄は一度も振り返ることなく、そのまま部屋に消えていった。
閉じた扉の音と、鍵の閉まる音に、こう兄と俺との今の距離を感じて、やっぱり辛くてしゃがみこんでしまう。
しゃがんで10秒。ヨシ、落ち込み終了。
兄ちゃんがおっさんになるくらいの月日が過ぎてるんだ。そりゃ色々変わるだろう。こう兄とちゃんと話す機会は作れたんだから、その時にまた様子を見ればいいさ。
ちびっこの頃に大好きだったこう兄との思いでを大切にしたくて気持ちを奮い立たせる。
長女のゆう姉は既に社会人で長男のはる兄がまだ大学生、末っ子の俺もやっと大学生になり家を出るという事で母さんは寂しがりつつも、親父との2人暮らしが楽しみらしく嬉しそうにしていた。
親父はというと「さっさと彼女作れ、だがお前の兄貴みたいに遊び人にはなるな」とのこと。非常にめんどくさい。兄貴が女の子と遊びまくってるのを目にしてるせいか、惚れた腫れた付き合ったとかへの興味が薄く育った俺はその手の話が無縁だった。そりゃ健全男子なので、性欲はあるし、ダチとそういう話もするけど自分で処理して満足してしまう。二股の末に、頬に平手打ちとか思いっ切り殴られた跡を残したまま、兄貴は女の子の良さを力説していたけど、力説されるほど分からなくなっていったってものだ。むしろ二股がバレて軽蔑の眼差しを向けられた時のぞくりとした感じはヤバかったとか聞きたくない。頼むから変な性癖に目覚めないでくれ。
ごめん、親父。たぶん大学でも彼女できねーや。
親父とはる兄の助言は女の子の事に終始してたけど、我が家の女性陣はそっち方面に言及しないでいてくれて助かる。ゆう姉からは「遊びにバイトも良いが、学業を疎かにしないように。父さんも母さんも気にしないだろうが、2人の投資を無駄にすることは私が許さん」と真顔で言われてしまった。親父も母さんも放任的な気質が強い分、我が家は姉が人一倍しっかりしている。なんだかんだと仕事で忙しかった両親に変わり、進路の相談はゆう姉がしてくれていた。
ちなみにはる兄もゆう姉には頭があがらない。はる兄が一人暮らしする時のお言葉が「女遊びを辞めろとは言わんが、避妊はするように。避妊具をつけても100パーセントの安全性は無いから中では出すなよ。ああ、コンドームは自分で用意しろ。女が持ってきたものを信用するなよ。学業のことは言うまでもないな?成績を落とすようであれば女は禁止だ」である。母さんなんて「ゆうちゃんが必要なこと言ってくれるから助かるわ」である。ひょっとしたら我が家で一番頼りになるのではと思うが、そんなゆう姉は両親のいう事に絶対服従である。
そのため両親もゆう姉に対して結婚とか孫とかいうキーワードは出さないのだ。そんなことうっかり言ったら適当な男を適当に見繕って拵えてしまいそうな感じがする。一度、姉兄弟で炬燵を囲んでる時にそんな話題になったのだがゆう姉曰く「失礼な。私だって恋愛の一つや二つ経験済みさ。お前たちに「義兄」と呼ばせても良い段階になったら合わせてやろう」である。
ピカピカの大学一年生、ピカピカの一人暮らし一年生。友達100人いらないので少数精鋭でつるめるダチが出来ますように。家を出る時はさすがに寂しくしょんぼりとしたけど、それと同じぐらいに新しい生活へのドキドキが胸にある。引っ越しの片付けは兄貴が手伝ってくれたこともあり、それほど手間がかからなかった。何故か兄貴の分の布団も用意されている。やけに親身になって家探しとか手伝ったりしてくれたのはこれが狙いか。けど頼むからゴムを置いていくな、ゴムを。俺の城をラブホ代わりにしないでくれ!え?消耗品だし使っていい?いらんわ!
そんなこんなで兄貴の荷物がそっと置かれてスペースを確保されてしまった。冷蔵庫にも兄貴の名前が書かれたアルコール類も置いてかれている。当然のように俺の家の合鍵は取られたけど、あと何かあった時のためにって、兄貴の家の合鍵を渡された。
俺の部屋は6階建てのマンションの5階だ。残念ながら角部屋は取れなかったけど、駅からもほど良い距離で、ベランダからの眺めも良い。やはり角部屋に微かな未練があったのか、どんな人が住んでるか気になったが、4月を過ぎてもすれ違うどころか人がいる気配がしない。表札にある「結城」という文字が余計に隣家のことを気にさせる。
幼稚園のころに、良く遊んだ面倒を見てくれた兄ちゃんの名字が「結城」だった。下の名前は俺が呼べなかったので実は憶えていない。兄ちゃんの事は「こう兄」って呼んでたな。こう兄は幼稚園で仲良くなったあっちゃんの兄ちゃんで、あっちゃんの面倒を見るついでに俺の事も構ってくれてたんだろう。俺とあっちゃんは2人してひな鳥のようにぴよぴよとこう兄を追いかけてたものだ。
確か俺が小学生低学年の頃に大学の進学で一人暮らしをするからしばらく会えなくなるって態々挨拶に来てくれた時、俺が嫌がってギャン泣きした事は覚えてる。「こう兄ちゃんと一緒に行くっ」って足にくっ付いて離さなかった俺を抱き上げて「ゆきちゃんがおっきくなったらね」と宥めてくれていたっけ。
その後、こう兄の家も引っ越してしまって、そのまま疎遠になってしまった。
うん、お隣さんがこう兄だったらいいのになと妄想できるので、しばらくお隣さんには遭遇しない事を祈ろう。
ところが5月のゴールデンウィークが明けたころた。その結城さんと遭遇してしまった。マンションの1階で俺の部屋の隣の部屋の郵便受けを開けてるスーツ姿の男がいたからだ。女じゃなくて男ということで「お隣さんはこう兄ちゃん」ポイントに1ポイント加算。結城さんの手元にはでかいスーツケースがあるからどこかに出張に行ってたのかもしれない。
やっぱり結城さんが「こう兄ちゃん」じゃない事をまだ確定させたくなく、エレベーターホールでエレベーターを待つ結城さんの後ろをそっと通り抜けて階段を使って部屋に向かった。俺が5階につく頃には結城さんは部屋に入ってるだろうと思ったんだけど、結城さんは俺の部屋の前で止まって、俺の部屋の表札「一宮」を見ていた。うん、俺の名字比較的に珍しいもんな。
思わず立ち尽くしてたら結城さんに見つかってしまった。このまま立ち止まってたらうっかり不審者扱いされたとしても文句言えないだろう。観念して結城さんに近づき話しかける。
「あの、うちに何かようですか?」
結城さんは背が高く、俺が見上げる格好になった。
「ああ、すみません。一宮さんですか?隣に住んでいる結城と申します。知人の名字と同じだったもので、立ち止まってしまいました」
この人、俺のこと「かずみや」って言った。「いちみや」でも「いちのみや」でもなく。三択とは言え正解。それに知人の名字と同じって。それに知人ってまさか。いやまさか。焦るにはまだ早い落ち着け俺。この程度の情報じゃまだ「こう兄ですか?」なんて聞けない。違ったら恥ずかしくてこのマンションで生活続けられる自身が無い。あと、なんだか壁を感じる。顔が、顔が無表情でちょっとびびる。
「あ、そうなんですか、じ、実は俺も昔お世話になった人が「結城」さんってなまえでした。偶然ですね」
「君、下の名前は何といいますか」
見下ろす目線が恐い。なんだよ、もう絶対こんなおっさんこう兄ちゃんじゃないよ。こう兄ちゃんはもっと優しい兄ちゃんなんだ。こんな冷たいおっさんになってるはずが無い。これ以上目を合わせていられなく思わず結城さんの首元に目線を逃す。その瞬間、眼光が鋭くなってさらに怯んでしまう。
「ゆ、ゆきとです。一宮雪斗です」
名乗ったんだから沈黙しないで欲しい。早く別人でしたって終わらせて俺を部屋に入れさせてくれ。それで、これっきりお互い干渉しなければいいんだ。
「ゆきちゃん?」
あの頃、こう兄がいつも呼んでくれてた呼び方をされた。声色がさっきの冷たい感じから少し和らいだ。思わず勢いよく顔を上げると、少しだけ、驚いた顔をしていた。
「こ、こう兄?」
「そうか、梓と一緒に遊んでた、ちびのゆきちゃんも立派になったんだな」
こう兄から冷たい気配が消えて、砕けた言葉で話しかけてくれる。
梓は、こう兄の妹で、そう、幼稚園の頃からの友達のあっちゃんの名前だ。
「独り暮らし?」
「うん、今大学一年なんだ」
「そうか、勉強頑張れよ。それじゃな」
こう兄は俺に背を向けるとスーツケースを引いて自分の部屋に向かう。なんか、あっさりした感じに胸に穴が空いたような気持ちになる。
「こ、こう兄!」
「ゆきちゃん、もう夜遅いから静かにしなさい。ご近所に迷惑だよ」
思わす大きな声が出た俺に、こう兄は、足は止めてくれたけど振り返りもせず、再び冷たい声で窘めるように言葉を返した。けど、折角再開したのにこのまま返したらきっと、もう距離を縮められない気がすると思い、必死に言葉を続ける。
「今度の土曜日にお茶でもどうかなって。うちに来てもいいし、嫌だったらどこか外でも。折角また会えたんだから……その、色々……話した……い」
すぐに返事が貰えなく、しばらく後に聞こえた息を吐く音が胸に突き刺さる。あの頃のこう兄とあまりにも違う反応を返されるのがこんなに辛いとは思わなくて、涙腺が緩みそうになるのを必死に堪える。
「3時頃で良ければ俺の部屋においで。今でも甘いものは好き?」
「い、行きます。甘いもんも好きで……す」
「分かった。何か用意しておくよ。それじゃ」
こう兄は一度も振り返ることなく、そのまま部屋に消えていった。
閉じた扉の音と、鍵の閉まる音に、こう兄と俺との今の距離を感じて、やっぱり辛くてしゃがみこんでしまう。
しゃがんで10秒。ヨシ、落ち込み終了。
兄ちゃんがおっさんになるくらいの月日が過ぎてるんだ。そりゃ色々変わるだろう。こう兄とちゃんと話す機会は作れたんだから、その時にまた様子を見ればいいさ。
ちびっこの頃に大好きだったこう兄との思いでを大切にしたくて気持ちを奮い立たせる。
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