柴イヌのコテツですが異世界ってなんですか?

灰色テッポ

文字の大きさ
上 下
38 / 53
第三章 柴イヌ、出世する

第三十八話 忘れたい過去

しおりを挟む
 さっきからずっとリリアンさんが膝を抱えて部屋の隅にうずくまっています。
 約束ではその場所で寝るのはオレのはずなんですがねえ。

「リリアンさん、そんなところに居ないでちゃんとベッドで寝てください」

「…………」

 こんな調子で、話しかけても返事をしてくれません。
 身体の具合でも悪いのかと心配になりリリアンさんの匂いを嗅いでみたのですが、まったく健康な匂いをさせています。

 ただ、色々な感情が混じってモヤモヤっとしている匂いを出しているのが、少しだけ心配です。

「モニカさん、リリアンさんは一体どうしてしまったのでしょうか?」

「…………」

 モニカさんもさっきからこんな調子で、話しかけても返事をしてくれないのです。
 小さな声でブツブツと、呪文のようなものを呟き続けていて不気味なんですよね。

「リリアンが人妻だなんて……。あんな底辺女でさえ結婚できたというのに、何で私は独身なの? 女として私は失格なの? 私の人生の何が間違っていたの? ブツブツ……」

 はぁ、二人ともどうしてしまったのでしょうか。死のルーレットというゲームをしてからと言うもの、明らかに様子がおかしいです。

 仕方がないのでオレはリリアンさんのベッドで寝ることにしたのですが、しばらくするとリリアンさんがオレの寝ているベッドに潜り込んできました。

 そして服を脱ぎ始めたのです。ふぅ、これでようやくオレは床で寝ることができそうですね!
 なので寝場所を交換しようと思って、オレはベッドから出ていこうとしたのですが……

「コテツ殿、待って下さい。私は確かに人妻である事をずっと隠していました。しかし乙女である事に嘘はありません。なのでコテツ殿自身で、どうか確かめてみて下さい……」

 おや? リリアンさんが裸になってしまいました。どうしたのでしょう?

「何をどうやって確かめるのですか?」

「その……。コテツ殿のお情けを頂戴して……」

「お情けって何ですか?」

「お、お情けとは……。つまり情を交わす事で、男と女がする……。ゴニョゴニョ」

「情を交わす?」

 うーん、意味不明です。

 するとリリアンさんは顔を真っ赤にしてオレに抱きついてきました。

「意地悪しないで下さい……。私は私が嘘つきでない事を、コテツ殿に知って欲しいのです」

「リリアンさんが嘘つき? オレそんなこと思っていませんよ?」

「し、しかしッ!」

「コテツさん……。リリアンはコテツさんに抱いて欲しいのですわ。つまりコテツさん風に言うなら交尾して欲しいのです」

 今度は裸になったモニカさんがオレの寝ているベッドに入ってきました。
 二人だけ服を脱いで楽な格好をしていてズルいですね!

 てか、いまモニカさんがおかしなことを言いましたね。

「交尾をですか?」

「も、モニカ、余計な事をいうな! と言うより何でお前まで裸になってそこに居るんだよっ!」

「リリアン、あんたの気持ちはよく分かるわ。なら私の気持ちも分かってちょうだい……。私は……。女としてあんたに負けた訳ではないと、コテツさんに証明して欲しいのよッ! コテツさん、どうか私とも交尾して下さいっ!」

 交尾交尾って、何なんですかねこの二人は。ふざけているのでしょうか?

「無理ですね。発情もしていないメスイヌに、オレはムラムラしないので!」

 リリアンさんとモニカさん、二人からはちっとも怪しい匂いがしてきません。
 むしろ深刻に悩んでいる匂いをプンプンさせています。

「そ、そんな! じゃあ私はどうやってコテツ殿に嘘つきでない事を証明すればいいのですか? 私は人妻ですが本当にまだ乙女なのです!」

「ねえリリアン、一体あんたに何があったのよ? もう全てをコテツさんに話してしまったらどう?」

「そ、そうだなモニカ……。聞いてくれますかコテツ殿?」

「聞きましょう!」

 悩みがあるのならオレも力になりたいですしね。リリアンさんからは元気な匂いを嗅いでいたいです。

「感謝します、コテツ殿……。じ、実は。私の本名はリリアン・バル・ボレリアと言って、とある国にある伯爵家の三女でした」

「ちょーッ! リリアンが貴族のご令嬢!? あ、ありえませんわっ!」

 確かギルド依頼で遊び相手をした子供も貴族だと言っていましたね。
 ろくでもない人間のことを貴族と言うのだとジェインさんが教えてくれましたが、まさかリリアンさんも貴族だったとは……

「おいモニカ、話の腰をいきなり折るな!」

「ご、ごめんなさい。続けてリリアン」

「まったく……。えっと、そう、あれは二年前の事です。私は両親が決めた婚約者と結婚させられたのですが、私はその男の事が大嫌いでした。そして初夜を迎えた閨房で、あの男は私にイヤらしく触れようとしたのです!」

「ああ、ドキドキの初夜ね! 私も経験してみたいわあ。ねえコテツさん、うふ~ん」

 あっ、モニカさんから少しだけ怪しい匂いがし始めました。危険なサインですね。

「モニカっ! 真面目に聞かないのなら、お前は出ていけ!」

「き、聞くわよ真面目に……。それでどうしたのよ?」

「うむ、それで私はその男に触れられるのが気持ち悪くてな、思わず半殺しにしてしまったのだ。しかし流石にヤバいと思った私は、そのまま国を出奔してしまったのだよ」

「リリアンらしくて清々しいわ……」

「褒めるなよモニカ、照れるじゃないか」

「え、いや、うん……」

「ですので私は結婚はしましたが、身体はまだ清らかな乙女のままなのです! もちろん心だって清らかなままコテツ殿に捧げております! 信じて貰えますでしょうか?」

「てかリリアン。あんた人妻ってより、お尋ね者になっているわよ絶対に……」

「う、うるさいぞモニカっ!」

 うーん、リリアンさんが何を信じて欲しがっているのかさっぱり分かりませんが、そもそもリリアンさんはオレの大事なおともだちですからね。
 オレからの信頼は揺るぎないのです。

「はい! オレはリリアンさんを信じていますよ!」

「ああ、コテツ殿っ! ありがとうございます! 大好きですッ!」

 ゲッ! 抱きついてきたリリアンさんまで怪しい匂いをさせ始めました。これは不味いんじゃ……

「私だってコテツさんの事が大好きですわ! リリアン、あんたはそこで正座。そして私とコテツさんの交尾を見て勉強なさい!」

「ふ、ふざけるなこの変態女ッ!」

「なによっ! あんたは不倫女じゃないッ!」

「くっ、そんなんじゃないッ!」

 これは二人がじゃれ合っている今がチャンスですね! 
 オレはこの部屋から逃げ出して、一階の食堂の床で寝ることに決めました。

「あっ、待って下さいコテツ殿っ! お、お情けを頂戴してもらえる件は……」

「いやん、コテツさん行かないでえっ!」

 バタン──

「い、行ってしまわれた……。くそっ、モニカのせいだからな!」

「仕方ないわ、コテツさんがクールなのはいつもの事よ……。って、えっ、ちょっとリリアン、なにあんたの腹筋、割れているんですけど!?」

「ふふ、シックスパックだ、格好いいだろ」

「はぁ? 女は柔らか方がいいのよ! とくに私のこの豊満な胸をみて。ああ、ここにコテツさんの顔を埋めたいわあ」

「わ、私だって胸くらいあるぞ!」

「ぷっ、あんたのは大胸筋でしょ!」

「な、なんだとっ!」

 騒がしい二人ですねえ、一階の床にまで聞こえてきますよ……
 まあリリアンさんも元気になったみたいですし、良かった良かった。ああ眠い。


 翌朝、いつも通りのリリアンさんの快便報告を聞きながら朝食を済ませたオレたちは、荷物をまとめて宿を後にしました。
 都市間転移門とやらで王都へと行くためにです。

「くそっ、死のルーレットのせいで散々な目にあってしまった……。結局私はまた一文無しに逆戻りだ!」

「お貴族様の奥様ともあろうお方が、みみっちい事を仰いますのね。オホホ」

「モニカおまっ! その話は忘れろと言っただろッ、ぶった斬るぞっ!」

「はいはい、忘れるわよ」

「こ、コテツ殿も忘れて下さいね?」

「はい! 忘れます!」

 てか、何を忘れればいいのかわかりませんが、面倒なので話だけ合わせておきましょう。

「あ、そうだわ。この街の銀行に寄って両替してこなくっちゃ」

「そうだ、その話だモニカ。タリガの町には銀行は無かったはずなのに、どうやって金を下ろすんだ?」

「あらリリアンは知らないの? 冒険者依頼って成功報酬の一割五分を手数料としてギルドに納めているでしょ」

「うむ、それは知っているぞ」

「その手数料を回収する巡回班が一ヶ月に一度やって来て、大都市にあるギルド支部に集めているのよ」

「ほう。しかし今しているのは我々の金の話だぞ?」

「話を最後まで聞きなさいよ。その巡回班に個人資産の管理業務もあるのよ。まあ手数料二分取られるけどね」

「なるほど! 我々の資産を彼らに預けたから銀行から金を下ろせるんだな」

「そういうことよ」

 どういうことかさっぱりですが、二人が銀行とやらに行っている間、オレは別行動することにしました。
 タリガの町へ来た時に知り合った駅馬車護衛馬のシルバーさんに会いたかったからです。

 しかし運悪くシルバーさんは仕事で街にはいませんでした。
 でもシルバーさんの友だちのお馬さんがいて、オレに話しかけてきたんです。

「そうです、オレは柴イヌのコテツです。あなたは誰ですか?」

「やっぱりそうかブルル。人の姿をした犬は珍しいからすぐに分かったヒヒン。俺はシルバーの友だちだブルル」

「そうなんですか、こんにちは」

「君がもし訪ねてきたら伝えてくれと、シルバーに言われたヒヒン。君に頼まれていた豚に似た人の消息だけど──」

 豚に似た人の消息? オレ何かシルバーさんに頼んでいましたっけ?
 あっ! そういえばご主人様がこの街にいないか、シルバーさんに捜してもらっていたんでした!

「ご、ご主人様が見つかったんですか!?」

「いや、残念ながらこの街にはいなかったとブルル、伝えて欲しいと頼まれたヒヒン」

「そうですか……。ありがとう」

 この街にもご主人様はいませんでした。やはり小さな街にはいないのかもしれませんね。
 ならばこれから行く王都という大きな街に望みをかけるしかありません!

 オレは少しでも早く王都へ行きたくなってきて、リリアンさんとモニカさんの匂いを感じとり二人のもとへと急ぎました。

「あら、コテツさん。もうご用事はお済みですの?」

「はい! オレ一刻も早く王都へ行きたいですっ!」

「大丈夫ですわ、いまリリアンが三人分の王都行きの転移チケットを買ってますから。さあ、建物の中に入りましょう」

 こうしてオレは生まれて初めて、都市間転移門という魔法を体験したのでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

異世界転生!ハイハイからの倍人生

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は死んでしまった。 まさか野球観戦で死ぬとは思わなかった。 ホームランボールによって頭を打ち死んでしまった僕は異世界に転生する事になった。 転生する時に女神様がいくら何でも可哀そうという事で特殊な能力を与えてくれた。 それはレベルを減らすことでステータスを無制限に倍にしていける能力だった...

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

処理中です...