魔人災害の果てに紡がれる勇者の娘と辺境伯の物語~虐げられた少女は辺境のオジサマに救われた日を忘れない~

灰色テッポ

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第十二話「神様」

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「オジサマ、お帰りなさい!」

「ただいまルーナ」

 王都での仕事を終えて帰って来たソレイユを、明るい笑顔で出迎えたルーナは自分の感情に驚いていた。
 それはソレイユの顔を見た途端、意外なほど彼の不在を寂しく思っていた事に気がついたからだ。

 この前オリガに恋の相手としてソレイユの事を考えてみろなどと言われたものだから、変に意識しているせいかもしれない。
 そう思ったらルーナは何だか急に恥ずかしくなってしまった。

(やだもう、絶対オリガさんのせいっ!)

 そんな複雑な気持ちを抱えて出迎えたルーナとは打って変わり、オリガはいつも通りの調子である。

「二十日以上も王都で羽を伸ばしてきた割には、随分とやつれた顔をしていますね」

 挨拶の代わりに軽口を叩いて出迎えるオリガの様子は、ルーナにとっても見慣れたものであるはずだった。
 それなのに今日に限っては、何だか自分に比べ余裕のあるオリガの態度に軽い嫉妬を覚えてしまう。

 何故そんな気持ちになるのか分からないが、とにかくルーナの心はモヤモヤとして落ち着かない。

「はあ? オリガ何言ってんの? こっちの苦労も知らないでさ。むしろ羽をむしられた気分だよ!」

「まあ! 何処でむしられたんですか? 若くて綺麗な女性のいるお店でですか?」

「オリガ、馬鹿なの?」

 王都でルーナの浄化能力についての調査を終えたソレイユは、領内の屋敷へは戻らずに真っ直ぐルーナの作業する被災地へと赴いている。
 調査に成果があったからなのだろうと推察したオリガだったが、その割にはソレイユの表情が暗い。こう軽口を叩き合いながらもずっとそれが気になっていた。

「では、何か問題でも?」

「ちょっとね」

 その歯切れの悪いソレイユの返事から、調査結果の内容がルーナにとって喜ばしいものでは無かったのだろうと、オリガは察したようだ。
 ゆえに視線を何気なくルーナに向けたオリガであったが、その時はじめて自分の犯した失態に気がつく事となる。

(あっ──)

 ルーナが見るからに動揺しているのだ。そしてその原因が自分の軽口にある事は明白であった。

「そ、そうですよね、お、大人ならそういうお店にも行きますよね!」

 顔を赤くしてモゴモゴと独り言をいうルーナは、若い女性のお店という言葉に反応してしまったらしい。
 だがそれはルーナがソレイユを異性として意識していた証拠であり、オリガ的には良い兆候とも言えるのだが……

 いかんせんルーナは純情な娘である。

(あちゃぁ……)

 わなわなと唇を震わせながら手にしていた麦わら帽子を目深に被ったルーナは、いびつな笑顔を作って言った。

「わ、私、浄化作業に戻りますねっ!」

 自分の心を持て余し逃げる様にしてその場を離れたルーナの背中を、ソレイユは暢気な声で「気をつけるんだよー」と見送る。
 オリガはそんなルーナの乙女心に気づきもしない鈍感なソレイユに、軽く肘鉄を食らわせた。元はと言えば自分のせいであるくせに。

「な、なんだよ……」

「べつに。それでルーナ様のあの能力は?」

「うん、あれは間違いなく『恩寵』だ」

 ソレイユは神が己の御心の代償として与えた奇跡の異能について、詳しくオリガに説明したのだった──

「なるほど……つまりその恩寵がルーナ様の父上の命と引き替えに得た能力である事を、ソレイユ様は懸念なされているのですね?」

「ああ、ルーナはあの能力を復興の役に立てながら、明らかに自分の心の傷の快復にも良い影響を与えていただろ? なのにその能力が勇者殿の、いや父親の死によって得たものだと知ったら、ルーナは……」

「苦しんだ挙げ句に恩寵自体を嫌いになり、能力を使えば使うほど心の傷を逆に深めかねなくなると?」

 目だけで頷いたソレイユは沈痛な顔をして、「どうしたものか……」と呟いた。
 その逡巡がルーナに恩寵の正体を伝えるべきかどうかを、悩んでの事であるのは言うまでもない。

 するとオリガは盛大な溜め息をつく。

「はぁ……いつもの天邪鬼はどこにいかれたのですか? ソレイユ様が見つけたというその文献に書かれている事を、丸々信じるとは情けない」

「ちょっ、待てよオリガ。そうは言うが恩寵に関する何百年にも渡る客観的事実が例示されているんだぞ? 信じない訳にはいかないだろ」

 小鼻を膨らましてそう言ったソレイユに、(まったく、ルーナ様の事となるとこれだから……)と、心の中だけでもう一つ溜め息をついたオリガは、表情には出さない様にして意見を述べた。

「その例示を信じないのではありません。しかしです。神の御心の代償として恩寵を与えると言うのは、一体誰が確認した事なのでしょうか?」

「えっ? 誰って、それは……」

 オリガは言葉に詰まったソレイユを敢えて無視して続きを話す。

「それともその文献には、執筆者が神から直接教えられたと書いてあったのですか?」

「いや、そんな事はないけどさ」

「ならおそらく神の行いを代償や恩寵と定義したのも、執筆者の想像によるものでしょう」

「うっ、確かに……」

 ソレイユはここに至って自分が何時もの自分らしくもなく、なぜ文献にある言葉を鵜呑みにしてしまったのかと恥じ入った。

 言い訳にもならないが、恩寵という伝説を知っていたという先入観が目を曇らせた所為せいもある。
 しかし何よりもルーナがまた心に傷を負う事を恐れたあまり、その事ばかりが心配になってしまったのが最大の原因だ。

「それに人の命の代償を自ら恩寵だと言うほど、神が傲慢だとは私には思えません」

 そもそも恩寵とは神の恵みをさす言葉だ。オリガの言う様に、命の代償をもって恵みと呼ぶのは無理がある。

 ルーナの能力が父親の勇者への転生と関係している事は間違いないだろう。だからとは言え、その因果に父親の死が関係しているとは限らないのだ。

 所詮人間には神の意志など知る由もない。神のする事の意味は神にしか分からないのだから。

「むしろ傲慢だったら、神のする事も少しは理解できるのだけれどね」

「ええ、理解できないからこそ我々はその理不尽さに苦しまされるのですわ」

「うん……」

 オリガの言った事は魔人災害の被災者であるなら、誰もが心の底に少なからず抱いている気持ちであった。
 人の手を離れた自然災害は神の領域の出来事である。そして人間はその理不尽さを受け入れるしかない。

「神はいつも身勝手に希望と絶望を我々に押し付けてきます。けれど私は……それに踊らされて生きるなどまっぴらです!」

 受け入れるしかなくとも、人間は神の理不尽に翻弄され成すがままに生かされている訳では無い。そうオリガは言いたいのだろう。
 ソレイユにはオリガのその気持ちが痛いほどに分かった。

「ああ、そうだとも。だからこそ我々は復興しようと頑張っているんだ」

 二人の脳裏には今、魔人災害で命を落とした人々や現在もなお苦しみ続けている人々の顔が浮かんでいた。
 その押し付けられた絶望の意味を、神はいつになったら教えてくれるのだろうか? いや、決して教えてはくれまい。

 ならば人間は自分たちでその意味を見つけて生きるしかないのだ。
 理不尽に負けてはならないと、その先にも人生は続くのだと、自分たちの未来を見据えながら。

 オリガの視線の先には、今も汗を流して鍬を振っているルーナが見える。

「ああして鍬を振りながらも、ルーナ様は自分の不思議な能力とずっと向き合ってきたはずです」

「だろうね、ルーナはそういう娘だ」

 ソレイユにとってもそれは想像に難くはない。真面目なルーナが自分の不思議な能力に無関心でいられるはずがないのである。
 なぜ自分に大地を浄化する能力がそなわったのか? そこにはどんな意味があるのかと真剣に考えながら、ルーナは一生懸命に鍬を振り続けてきたのだろう。

「であればもう惑わされないで下さい。我々が信じるべきはカビ臭い文献などではありません。ルーナ様自身の生きる力を信じてあげましょう」

 するとソレイユは甚だ決まりの悪い顔をして、頭をポリポリと掻いた。

「ごめんな。確かに俺が馬鹿だったようだね、情けない」

「ええ、でも馬鹿は馬鹿でも親バカのバカの方ですわね」

「うぐっ……そ、そんなに馬鹿馬鹿言うなよ!」

 遠くから自分を見ているソレイユとオリガに気がついたのだろう、ルーナは作業の手を止めて二人に大きく手を振った。
 麦わら帽子の下から覗くルーナのその明るい笑顔を見たソレイユに、もはやさっきまでの逡巡は無い。

 オリガのお陰で目が覚めたソレイユは、願わくばルーナが自分の異能に対して納得のいく意味を見つけてくれるようにと祈る気持ちでいる。

「わざわざ王都まで行って来たけど、あの娘には必要なかった事かもね……」

 実際はルーナの能力が父親の様に、突然の死をもたらすものでは無いと確認できただけでも大収穫なのだ。
 だが、ちょぴり自嘲的にそう呟いたソレイユは無様に慌てた自分が恥ずかしかったのだろう。

 気まずそうにルーナに手を振り返している、そんなソレイユをオリガはちらりと見て言った。

「しかし我々にとっては必要だったのでは? 他にもルーナ様に関する問題があったようにお見受けしましたが」

「うん、まあね……」

 すると急に雰囲気をがらりと変え、軍の上官らしい厳しい態度となったソレイユから予想外の言葉をオリガは聞いた。

「我々はこれより宰相閣下と一戦を交える事とする」

「はッ! 了解致しました」

 副官のオリガにとってソレイユという上官の命令に疑念を抱く余地はない。
 この世で最も信頼する軍人への返答は了解のみだ。たとえ軍命ではなくとも、その絶対が変わる事は決してないのであった。
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