魔人災害の果てに紡がれる勇者の娘と辺境伯の物語~虐げられた少女は辺境のオジサマに救われた日を忘れない~

灰色テッポ

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第七話「復興」

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 ソレイユ辺境伯領では中規模の都市が二つ、十二の町とそれに付随する村落を治めており、加えて国境警備の要塞を国王より預かっていた。
 人口は現在およそ七万人で、その九割が農民である。穀倉地帯ゆえ農民の比率が高いのだ。

 魔人災害の復興に関しては、軍事要塞は完了し、都市も順調に再建されていた。
 だが農村に於いては殆ど復興が出来ておらず、未だ壊滅状態が続いている。魔人が残した瘴気による農地の汚染が深刻で、魔法による浄化作業も困難を極めていた。


(はぁ、私ってただの役立たずだな……)

 ソレイユの視察に同行して被災地を回る様になっていたルーナは、何の手伝いも出来ない自分にがっかりしていた。
 同行し始めた頃は農村部の悲惨な状況を見て立ち竦んでしまい、すぐに具合が悪くなってしまったせいもある。

 しかし手伝えない理由の根本はそれではない。被災地に仕事が無いのだ。正確に言えばルーナの様な部外者のする仕事が無かった。

 それはそうだろう、農地のほぼ全域が汚染されたとなれば農民たちの仕事がない。
 壊された住居の建設や瘴気浄化の手伝い、傷病者の看護や孤児の世話までも、領主から僅かでも賃金の出る仕事に被災者たちが群がるのは当然である。

 ルーナは復興の手伝いの難しさを、身をもって経験した時の事を思い出す──

「おい、あんた! 何してるッ」

「えっ? 何って……皆さんのお手伝いをと思って畑を耕しています」

「冗談じゃねえ! あんた他所者よそものだろ、俺たちの仕事を奪う気かッ」

 物凄い剣幕でそう怒鳴る男に、ルーナは戸惑いと恐怖を覚えた。何故この人が怒っているのかが分からなかったからだ。
 べつに手伝う事で感謝されたいと思っていた訳ではない。けど喜んで貰えるとは思っていた。

 魔法士たちが土地の瘴気を浄化した場所は、直ぐに耕して農地に戻すのだとソレイユから聞いていたのだ。
 だからルーナは浄化完了の報せを聞くと同時に、その手に鍬を取って駆けつけたのだが……結果は見ての通りである。

「俺たちはな、やっと瘴気の消えたその小さな場所を耕すのに、昨日からずっと順番を待っていたんだ。その賃金で家族に飯を食わしてやる為にな!」

「えっ! ご、ごめんなさい。私、何も知らなくて……」

「いいからもう帰ってくれ」

 ルーナはその時初めてソレイユが言った、復興の手伝いは『難しい仕事になる』という言葉の意味を思い知る。善意は必ずしも助けになる訳ではないのだと。

 だけど──

(探してみよう。私にも出来る事を)

 ほとんど瘴気が浄化されていないままの広大な農地を見つめながら、気持ちを腐らせるにはまだ早いのだからとルーナは自分を励ました。
 しかしその様子には、どこか思い詰めている様な危うさが滲んでみえる。

(お父さんが自分の命と引き換えにしてまで守ったものなんだから──)

 我知らずに強く握りしめられた両の手は、その肌の色を白く変えていた。


 ソレイユとオリガは村で不足している物資の聞き取りと、土地を捨て他所の領地へと流出した農民の調査を終えた。
 現場第一主義のソレイユにとっては、欠かす事の出来ない仕事である。

「思ったより農民の転出者数が少なくてホッとしましたね」

「ああ、そうだな……」

 さっきからオリガの話しに上の空でしか返事をしないソレイユは、向こうで一人ポツンと立っているルーナを見続けている。
 その姿が何だかとても頼りなげで、とうとう「あのは大丈夫だろうか」とオリガとの仕事をそっちのけて心配を口にした。

「まるで父親みたいに心配しますのね。それとも恋人みたいに? その方がいいですね」

「はあ!? オリガお前、何言ってんの? いい訳ないだろ!」

 確かに父親が娘を心配する感情に似ていると言うのは否定しない。しかしだ! 十五歳の少女を恋人の様にと言うのは非常識にも程がある。
 そう憤慨するソレイユをオリガは無視し、まったく悪びれもせずに話を続けた。

「そうでしょうか? 私は十六の時に二十歳上としうえの男と結婚しましたが?」

「そ、それはお前が非常識だからだ!」

 事実オリガは一度結婚していた。しかし仕事での将来的キャリアを優先し、二年で円満離婚している。家庭に入る女性が多い時代としては大変珍しい。

「かもしれませんが、常識だけでは今後ルーナ様を守れなくなるやもしれません」

 言外にルーナが未だダミアンの婚約者である事への危惧を臭わせて、オリガは真っ直ぐにソレイユを見た。

「分かっているよ……」

 オリガの真意をまさしく受け取ったであろうソレイユの返事にしては、やけに心許ない。しかしオリガはこれ以上この話を続けるつもりはなかったようだ。

「ところで復興のお手伝いをしたいと言うルーナ様のお考えですが、お気持ちがくじけなければ良いのですが」

「うん、それなんだ。心の病は複雑だと聞くからね……前を向こうとするルーナの気持ちに水を差したくなくて手伝いを許したけど、裏目に出てしまう場合の事も考えておく必要が──」

 そこでソレイユは言葉を切った。ルーナの様子が明らかにおかしい事が、離れた場所からでも分かったからだ。

「なあ、ルーナは一体何をしようとしているんだ!?……」

 ソレイユが驚いて見ている先には、鍬を手にして汚染された農地へと歩き出すルーナがいた。オリガもまたどこか不審な様子のルーナに顔色を変える。

「まさか、鍬で土地を耕すつもりじゃ」

「まずいだろ! あの辺はまだ浄化が済んでいない土地なんだぞ、耕したりしたらルーナまで瘴気に汚染されてしまうッ!」

 オリガはソレイユの言葉を最後まで聞かず、魔法士を呼びにと走りだす。ルーナが汚染されてしまった場合、魔法士に浄化してもらわないと危険だからだ。

「あれほど注意したのに何故!?」

 ソレイユもまたルーナの元へと駆け出して行った。

 ルーナは遠くで自分の名を呼ぶソレイユに気がついている。こっちへ向かって駆けて来るのは、よほど心配させているからに違いないと心が痛む。

(でも、これは誰かがやらなければならない仕事だと思うから──)

 ルーナがそう思ったきっかけは、ソレイユとオリガの帰りを待つ間、偶然聞きいた魔法士たちの会話からだった。
 彼らは汚染された農地に生えた雑草に手を焼いていた。地中に根を張る雑草が邪魔となり、土壌への浄化効果を減少させているらしい。

 雑草を魔法で燃やしても土中の根までは燃やせない。災害直後に汚染作物を焼いた根も未だに残っている有り様で、手作業での除草が危険である以上は根気よく魔法で浄化するしかなかったのだ。

 だがルーナはその危険を犯した。

(雑草がなければずっと早く浄化が進むのにって、魔法士さんたちが言っていたもの。それなら誰かがやらなくちゃ)

 ルーナは鍬を雑草の中へと振り下ろし、根こそぎ雑草を土壌から削り取る。繰返し繰返し鍬を振るその姿に、他人ひとは復興への献身をみるかもしれない。
 しかしその実、今のルーナの胸中には父親への行き場のない感情だけが渦巻いている。

(誰かがやらなくちゃならないのなら私がやる……そしたらきっとお父さんの気持ちも分かるはずだから!)

 父親は神に従い勇者である事を選んだ。しかしそれは自分の娘を捨てることを選んだとも言い換えられる。
 ルーナはその選択に至った理由をずっと知りたかった。その疑問の答えをずっとほっし続けていた。

(だから私は……!)

「ルーナッ! 馬鹿な真似はよせッ!」

 振り上げた鍬を持つ手を掴んだソレイユは、肩で息をしながらルーナから鍬を奪い取る。

「どうしてこんな──」

 そう問いかけたソレイユがその先の言葉を呑み込んだのは、自分を見上げたルーナの瞳が涙で濡れていたからだ。

「だって、だって誰かがやらなくちゃいけない事なんでしょ? だからお父さんは勇者になって魔人と戦ったんでしょ! 私を置いて行ったんでしょッ!?」

「ルーナ……」

「それが正しい事なんでしょ!? なら私だってそうしなくちゃッ!──」

 ソレイユはこれは自分の落度だなと眉をひそめる。ルーナの心の危うさを理解しきれていなかったせいなのだと。
 今の錯乱状態のルーナには何の言葉も届くまい。そんな事は分かっている。しかしそれでも言わずにはおれない気持ちが、思わず口からこぼれた──

「ルーナ、君はそんなに良い子でいなくてもいいんだよ」

 そう言って優しく抱きしめたルーナの身体は、とても熱かった。

「私、良い子なんかじゃないもん! オジサマの馬鹿っ! 嫌いッ、お父さんも嫌いッ! みんな大嫌いッ!」

 ルーナはソレイユにしがみつきながら、大声で泣き続けた。魔法士を連れて来たオリガが傍に寄り、ルーナの髪を優しく撫でている事にも気づかないほど夢中で泣いた。

 ルーナの涙で胸元が濡れるままに抱きしめ続けるソレイユは、自分の無力さを痛感する。

(なにが守護騎士だ……)

 ルーナに初めて会った時、そう自分がうそぶいた事を突然に思い出したソレイユは、自らを恥じる様に視線を落とした。
 だが落とした先の土壌を見たソレイユは、そこに思いがけない異変が待っていた事を知るのである。

(えっ!? まさか……)

 ルーナが鍬を入れた場所の土壌にあるはずの瘴気が、すべて消えて失くなっているという、ありえない様な異変を──
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