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1 働いたら神かなと思っている

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 外に出て宿に戻る途中、いろんな人に声をかけられた。

 もちろんロビーはすごい人気だったが、俺のほうに声をかけてくる人もいた。

「君、すごいな! 杖なしで魔法が使えるの?」

「はい。……普通じゃないんですか」

「普通なわけないでしょ!?」

 口々に人々が言う。
 ……え? そうなの?

 はからずも目立ってしまったようだ。

 宿に戻ると、ふうとロビーが胸をなでおろした。ようやく緊張がとれたらしい。

「はは、足がすくんじゃったよ……」

「でも、よかったな。これで機械科のある学校にいける。しかも王都でだ。がんばれよ」

「うん……それなんだけど、タクヤももらってたよね?」

「え? ああ、でも俺は行く気ないよ。学校なんて。性に合ってないし」

「でも、ここまでこれたのも、機械が完成したのも、タクヤのおかげだ」

「俺はなにもしてないさ。ロビーがすごいんだよ」

「違う!」

 ロビーが急に声を荒げたので、昼寝していたモスが飛び起きる。俺もおどろいた。彼がこんな大声を出せるなんて。
 ロビーは真剣な目で、はっきりと言う。

「……けっきょく僕は、会場じゃなにもできなかった。……あのときだけじゃない。村でだってそうだ。僕みたいに変な奴と仲良くしてくれるのは君くらいだ。ただでさえ、こんな臆病なのに、機械以外の勉強は人よりずっと遅れている……とても王都学園でやっていけないよ」

「……心配しすぎだよ。なんなら、モスをおともにつけようか? ……王都で犯罪に巻き込まれてもモスがいれば安心だろ」

「タクヤ、真剣にきいてほしい。……。タクヤも一緒に学園にきてほしいんだ」

 ……やはりそうなってしまうのか。うすうすロビーがそうしてほしがっているのはわかっていた。
 だが俺はそんなつもりはまったくない。勉強を強いられる場所、自由と無縁の場所に、なぜわざわざいかなきゃいけない?

 とはいえ、代行計画を完遂させるには、ロビーの成熟は必要不可欠だ。そのロビーは、たしかに俺意外とはコミュニケーションがあまり得意ではない。そこは心配なところだ。

「読み書きも満足にできない。魔法もからっきし。そんな僕がどうやってひとりで王都でやっていけばいい? ……タクヤ」

 ロビーの眼は、助けを懇願しているようにうるんでいる。

 返答に詰まった。俺は頭を抱える。

 学校なんていやだ。だが――たしかにロビーをこのまま学園に送り込んだところで、成功する見込みはかなり低い。

 会社と学校には共通する点はいくつかあるが、そのなかのひとつは決してそこで求められる能力は知能や専門的な能力だけではないということだ。
 すなわちコミュニケーション能力。これがある人間は専門的な能力にとぼしくても、多くの場所で成果を出すことができる。

 会社でもそうだ。たしかにおべっかや口のうまいペテン師みたいのが昇進し組織が腐っていくこともあるが、多くの場合リーダーになるやつには対話力がそなわっている。

 機械をつくりだす才能には長けていても、そのコミュニケーション能力がロビーには圧倒的に不足している。

 そのロビーが、果たして学園でやっていけるんだろうか。しかも、王都にひとりで移り住んで……。

 神格になりたくない俺の代わりに、ロビーには神格になってもらわなきゃならない。

 俺は考え抜いた末に、ロビーにひとつの結論を伝えた。



 学期のはじまりはあと数か月あるが、推薦組は途中で学校に編入できるらしい。
 そうして、大会から一週間後にロビーは王都学園機械科へと入った。

 俺はと言うと、もちろん学校には入っていない。

 優勝賞金をつかって、王都に家を借りた。そこでモスと、ロビーとで住んでいる。

 学校には進まないが、やはり一人でロビーを残していくのはリスクが大きすぎる。村の家族にも話して、了解は得ている。

 俺が来ないことを悲しみ、そして登校初日はガチガチに緊張していたロビーだが、だんだんと馴染み始めたようだった。まわりの生徒も機械が好きなため、わりと話が通じるのだとか。
 俺の心配は杞憂だったらしい。

 王都は人が多くて窮屈だが、とりあえずは一年の辛抱だ、と自分に言い聞かせて日々をのんびり暮らしている。とりあえず一年あれば、ロビーもすこしは学校に慣れてくれるだろう。

 そうゆるみきっていた矢先のことだった。

 ある日の夕方、学校の制服姿で、ロビーが家に帰ってきた。俺はモスと一緒に夕飯をつくっているところだった。

 ふとロビーの顔をみると、いつものおだやかな表情だが、目がどこか泳いでいた。
 ああなにかあったんだなと、感覚でわかった。

「話があるんだ」

 やはり、というべきか。上着のローブを脱ぎ、カバンを床に置いて、ロビーが言った。

「学校をやめたい」

 突然の宣告に、俺は持っていたしゃもじを落とす。

「ど、どうして? まわりも機械が好きだからけっこううまくいってるって、こないだ言ってたろ」

「……」

「あんなに苦労して入ったところじゃないか。王都学園は国立だから、学費もタダなんだろ。それに、毎日書き取りや、歴史の勉強だってしてる……」

「…………」

 ロビーの返事がなかった。
 彼はただ、うつむいて、泣き始めた。

「みんな、あの世界大会のことを知ってて、ものすごく期待の眼を向けてくるんだ。なのに僕は……タクヤがいなきゃなにもできない。勉強だって得意なわけじゃない。……機械にも集中できなくて……みんなの期待をうらぎってしまっていて、とてもイヤなんだ」

「そんなの気にするな。機械のことを学ぶために入ったんだろ。だったらほかのやつなんてどうでもいいじゃないか」

 たしかに期待にこたえられないというのはつらいものがあるだろう。だけどこいつの真の実力を知ったらまわりだって認めるはずなんだ。
 俺は必死になって、彼をはげまそうとする。

「あきらめるのには早いだろ。俺が王都に住んでるのは、しばらくのあいだお前を支えてやるためなんだぞ。とりあえず一年がんばってみよう」

「タクヤには申し訳ないけど……」

「もしかして、ホームシックか? 次の休日一度村に帰ろうか」

 俺の問いに、ロビーは首を振る。そのたびに涙が床に散らばって落ちた。

「ねえタクヤ、僕おもうんだけど、いやがってることをやらせてもしょうがないよ。おもしろおかしく一生分の休暇をとる、っていつもタクヤが言ってることだよ」

 モスが言った。
 俺はその言葉に、はっと気づかされる。

「……そうだったな」

 つぶやくように言って、しゃもじを拾い上げた。

「悪い。……俺は自分の都合で無理やり期待をお前に押しつけてた」

 俺は自分のおろかさを責めた。そして謝罪のために、ロビーの肩に手を置いた。

「ロビー。俺も王都学園に行く。来月、一般生の入学試験がある。俺はそこで受けるよ」

「……タクヤが? あんなに行きたくないっていってたのに?」

「……ああ。……嫌がることをやらせるなんて、友達じゃない」

 あぶないところだった。俺は自分がいちばん嫌いな、ブラック企業とおんなじことを友人に押しつけそうになってた。

「俺はお前に機械を楽しんでほしいんだ。……お前が嫌がることはやらせない。だからロビー。俺がお前を支えてやる。学校に入って、俺がちかくでお前を見ててやる。それなら、機械に集中できるだろ」

「で、でも。そんなことを言ったら、今度は僕がタクヤに嫌なことをさせることになっちゃう……」

「気にするな。まじめにやるつもりはない。別に学校にいってたって、自由気ままに暮らすことができないわけじゃない。俺は俺の道をいくだけだから、安心しろ」

「……うん」

 ようやく、ロビーは涙をぬぐってくれた。
 そして、いきなり抱き着いてくる。

「……タクヤが友達で本当によかった」

 彼の頬をつたう涙がこちらにも伝わってきた。生暖かい感じだ。
 おいおい。やっぱりホームシックになってるんじゃないのかロビー? 感傷的すぎるぞ。
 まあいい。これからは俺がそばにいてやれるんだからな。変な意味はなく。

「俺もお前が友達でよかったって、本当にそう思ってるよ。……なれよ、機械の神様に」

 念のため、念を押しておいた。
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