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23 エピローグ
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リール 第27戦闘航空団基地
朝帰りで基地に戻ってみると、なんとなく妙な空気が流れていた。
「何があった」
シュトラウスが尋ねると整備兵が困った顔をしていた。
「あの、大尉」
何やら云いづらそうにしている。
「今日は航空団司令は戻ってこない」
それまでになんとかすると言外に云ったので、整備兵はようやく重い口を開いた。
「その、109が一機無くなりまして」
案の定、碌でもないことだった。
「歩哨は何をしていたのだ」
「それがその、酒を飲んでいたらしくて詳しいことは」
あまりにふざけた内容だったのでシュトラウスは地の底からの眼差しで睨みつけた。
「たるんどる。あまりにたるんでおる。寒いところと暑いところのどっちがいいか今のうちに考えておけ」
震え上がる整備兵たちを置いて、シュトラウスは格納庫へと向かった。怠慢な見張りの兵士たちを心の中で罵り続ける。だがふと、嫌な予感がして少しばかり足を速める。
格納庫の中を見て、シュトラウスは安堵の息を漏らす。彼の愛機、黒い尾翼に銀騎士の描かれたフォッカーFo109E4は変わらぬ佇まいを見せていた。
一周回ってその精悍な姿を楽しんで、シュトラウスは左の主翼に登る。操縦席を覗き込んで、そして表情をこわばらせた。
操縦席に、真紅の夜会服が置かれていたのである。
思わずシュトラウスは左右を見回す。幸い誰もそこには居なかった。それを確認して安堵して、そして頭を抱えた。
全部あの女の仕業ではないか。
そして発覚すれば舞踏会で見逃したシュトラウス自身にも累が及んでしまう。そういう意味では自分と怠惰な警備兵は運命共同体なのだ。
シュトラウスは天を仰いで有耶無耶にする方法を検討し始めた。機体は事故で、そうタキシング中の暴走か何かで失われたことにする。交代途中の警備兵が悪ふざけをしたことが原因ならそれらしい処分が下せる。向こう一年ぐらい休暇はないだろうが、連中もアイスランドに送られるよりはましだろう。幸い機体の補充の目処は立っている。何しろ今は戦争中なのだ。
シュトラウスはもう一度操縦席を見る。このドレスは、本物のエリザベス嬢にでも送っておこう。こちらの名前を出すと色々誤解されるから匿名で。
莫迦莫迦しい限りだ。何の益にもならないことに尽力しなければならないとは。シュトラウスはドレスの上に置かれている白い花を手に取った。薔薇の生花だった。シュトラウスはそれを制服のボタンホールに差す。
明日にでも枯れてしまうであろうこの花が、一連の後始末の報酬であった。
シュトラウスは真紅のドレスを見えないところに隠してから機から降りて、格納庫の外に出る。ちょうどそこをフランツ・クローゼが通りがかったところだった。
「あぁ、おはようございます隊長」
二日酔いでしまらない敬礼をしてきた。
「おはようフランツ。素敵な朝だ」
対照的に優雅にさえ感じられる声でシュトラウスは応えた。
「お、粋ですねその花」
二日酔いでもクローゼは目聡かった。
「どうしたんですか。昨日の誰かから送られたんですか」
クローゼが覗き込む花を、シュトラウスも見下ろした。
「ちょっとした悪巧みを称える勲章さ」
忌々しげに、それでいてどこか愛おしそうに、シュトラウスはその花を眺めた。
朝帰りで基地に戻ってみると、なんとなく妙な空気が流れていた。
「何があった」
シュトラウスが尋ねると整備兵が困った顔をしていた。
「あの、大尉」
何やら云いづらそうにしている。
「今日は航空団司令は戻ってこない」
それまでになんとかすると言外に云ったので、整備兵はようやく重い口を開いた。
「その、109が一機無くなりまして」
案の定、碌でもないことだった。
「歩哨は何をしていたのだ」
「それがその、酒を飲んでいたらしくて詳しいことは」
あまりにふざけた内容だったのでシュトラウスは地の底からの眼差しで睨みつけた。
「たるんどる。あまりにたるんでおる。寒いところと暑いところのどっちがいいか今のうちに考えておけ」
震え上がる整備兵たちを置いて、シュトラウスは格納庫へと向かった。怠慢な見張りの兵士たちを心の中で罵り続ける。だがふと、嫌な予感がして少しばかり足を速める。
格納庫の中を見て、シュトラウスは安堵の息を漏らす。彼の愛機、黒い尾翼に銀騎士の描かれたフォッカーFo109E4は変わらぬ佇まいを見せていた。
一周回ってその精悍な姿を楽しんで、シュトラウスは左の主翼に登る。操縦席を覗き込んで、そして表情をこわばらせた。
操縦席に、真紅の夜会服が置かれていたのである。
思わずシュトラウスは左右を見回す。幸い誰もそこには居なかった。それを確認して安堵して、そして頭を抱えた。
全部あの女の仕業ではないか。
そして発覚すれば舞踏会で見逃したシュトラウス自身にも累が及んでしまう。そういう意味では自分と怠惰な警備兵は運命共同体なのだ。
シュトラウスは天を仰いで有耶無耶にする方法を検討し始めた。機体は事故で、そうタキシング中の暴走か何かで失われたことにする。交代途中の警備兵が悪ふざけをしたことが原因ならそれらしい処分が下せる。向こう一年ぐらい休暇はないだろうが、連中もアイスランドに送られるよりはましだろう。幸い機体の補充の目処は立っている。何しろ今は戦争中なのだ。
シュトラウスはもう一度操縦席を見る。このドレスは、本物のエリザベス嬢にでも送っておこう。こちらの名前を出すと色々誤解されるから匿名で。
莫迦莫迦しい限りだ。何の益にもならないことに尽力しなければならないとは。シュトラウスはドレスの上に置かれている白い花を手に取った。薔薇の生花だった。シュトラウスはそれを制服のボタンホールに差す。
明日にでも枯れてしまうであろうこの花が、一連の後始末の報酬であった。
シュトラウスは真紅のドレスを見えないところに隠してから機から降りて、格納庫の外に出る。ちょうどそこをフランツ・クローゼが通りがかったところだった。
「あぁ、おはようございます隊長」
二日酔いでしまらない敬礼をしてきた。
「おはようフランツ。素敵な朝だ」
対照的に優雅にさえ感じられる声でシュトラウスは応えた。
「お、粋ですねその花」
二日酔いでもクローゼは目聡かった。
「どうしたんですか。昨日の誰かから送られたんですか」
クローゼが覗き込む花を、シュトラウスも見下ろした。
「ちょっとした悪巧みを称える勲章さ」
忌々しげに、それでいてどこか愛おしそうに、シュトラウスはその花を眺めた。
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