蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険 二の巻

初音幾生

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19 まだまだ続くよ舞踏会

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 どうしてこんなことに。
 洋一は心の中で頭を抱えていた。一刻も早くこの敵地から脱出しなければならないのに、あろうことか自分の上官は舞踏会に舞い戻っていた。
 綺羅は上級士官の軍礼服。洋一はそのお付きの従兵の礼服。もちろん先ほど廊下で出会った二人組から剥ぎ取ったものである。朱音は今度は普通の召使いの服を着ていた。
 長い髪を後ろで束ねたその姿は士官としてはどうかと思うが、堂々とした立ち振る舞いはこの会場の誰よりも凜々しかった。歩くたびに会場内の女性が熱い眼差しを向けているのが、後ろを歩いている洋一にも判った。
 先ほどの美形の士官が口説いているところに、綺羅はわざわざ声をかけに行った。声をかけられた方は表情を変えなかったのはさすがだったが、数秒間だけ固まっていた。あの数秒間に様々な葛藤があったのだろう。洋一は相手に同情してしまった。
「……やあキーラ」
 いろいろ無理矢理飲み込んで、シュトラウスは返事を返した。
「君に掛かるとみんな持って行かれてしまうからね」
「何を云う。泣かせた数は君の方が多いはずだぞ」
 そう云いながら綺羅は馴れ馴れしくシュトラウスの肩に手をかけた。美形二人が並ぶ姿に姫君たちは息を呑む。
「こいつはキーラ、そう、得体の知れない奴でして」
 乗りかかった舟なのか、諦めたシュトラウスは頭の中で話を作り始めた。
「初めて会ったときはカイゼルの御落胤と称していました。その次はスルタン配下の刺客であると。その次はたしか鉄騎隊が生き残りの子孫だとか。ハプスブルグの末裔だったこともありましたな。今日は密かに潜入したアキツのサムライ辺りかもしれません」
 嫌みを云ってみるが綺羅に堪えた様子はない。
「それならニンジャの方がいいな」
 綺羅はわざと間違えた九字を切ってみせる。
「ウェルター。大体そうやって君はいつも女の子を独り占めにするのがいけない。そう思うだろう君も」
 話を振られたクローゼは困惑してしまう。
「ええ、いえ、まあ」
 哀れな二番機を救うべくシュトラウスは声をかける。
「そうやっていつも馴れ馴れしいのが良くない。この方々はな」
 彼女たちの地位と名前を紹介するが、そんなものでは綺羅はひるまない。
「なるほどなるほど。読み通りだ。君のそばにはいつだって最高の女性たちが居る」
 そう云って綺羅はシュトラウスに意味ありげに微笑む。
「どうです麗しの姫君。私めと一曲」
 そう云って綺羅はシュトラウスと肩を組んだまま手を伸ばす。随分とぶしつけな仕草であったが、その所作一つ一つが何故か絵になってしまう。
 色々諦めたシュトラウスは肩に乗った綺羅の手を降ろしてから、もう一人の黒髪の令嬢に手を伸ばした。
「では貴女は私と」
 綺羅と手を取った友人を羨望の眼差しで見ていた彼女はためらわずにシュトラウスの手を取った。
 二組の男女ができたところで音楽が新しく変わる。
「ヨハン!」
 叫ぶと同時に綺羅は自分の持っていた帽子を洋一に投げつける。慌てて受け取ると綺羅は片目を瞑って笑っていた。洋一だからヨハンなのだろうか。よく見るともう一人も自分の部下に帽子を投げ渡していた。
 周囲の注目が集まり、二組がその中心となる。そして綺羅は大きくステップを踏み出した。シュトラウスも負けじと大胆にその手を振る。二つの優雅で伸びやかな輪が会場一杯に回った。
 受け取った帽子を持ち上げながら、クローゼは自分の上官の舞踊を眺めていた。繊細で優雅で、それでいて大胆。まさに主役にふさわしい様であった。しかも今はその主役が二人居る。なんとまあ、贅沢な光景であった。
 ふと脇を見ると、ブランドルの制服を着た少年と云ってさしつけいない若者が帽子を抱えてみていた。たしかあの隊長の友人である麗人の部下だったはず。視線が合ったクローゼは笑いかけた。
「やあ、お互い華やかな上司を持つと苦労するな」
 少年からは少し妙な返事が返ってきた。まず片手を肩の辺りで水平にして、それを上に伸ばす。上で手のひらを開くと、今度は握って親指を立てる。
「ダンケ」
 最後にそれだけ云って笑って見せた。何かの符丁だろうか。経験の乏しいクローゼには判らなかった。
 中央では二つの輪がさらに激しさを増していた。大きく離れたかと思えばまるで一つのように密着して回り続ける。互いに相手を見てはより派手に大胆になっていく。
 何度目か視線が合った瞬間、綺羅の目が笑った。これは何かしてくる。シュトラウスは心の中で身構えた。
 一度背を向けると、シュトラウスに向かって、綺羅は自分のパートナーを投げてきた。彼はそれを反射的に受け止める。当然のごとく離した彼のパートナーを、今度は綺羅が抱き留めていた。
 電光石火の早業で互いのパートナーが入れ替わった。周囲の観客は沸き立ち、二人の美形を間近で味わえる姫君たちは歓喜の眼差しで相手を見る。
 優雅に、そして情熱的に彼らは舞う。誰もが感嘆し、その中心で綺羅たちは星よりも眩しく輝いていた。だが綺羅はそれでは満足しない。
 軽く引っ張ると綺羅は軌道を外に膨らます。外側で見ている他の客の前を通過すると、黒髪の令嬢を陸軍将校に押し出した。そして振り返りざまに綺羅が手に取ったのは、朱音の手だった。
「……き、綺羅様?」
 なんとか周囲に聞こえない声で朱音が叫ぶ。
「せっかくの舞踏会だ。楽しまなくちゃ」
 そう云って綺羅に顔を寄せられると、朱音は気が遠くなりそうになる。そのまま抱き寄せて綺羅は優雅に回転した。
 「相棒」が召使いに手を出したのを横目で見たシュトラウスは金髪の姫君の頬に軽く唇を寄せ、そのまま子爵様に渡す。一回転して彼はベルク公爵夫人に一礼した。
 公爵夫人の顔が年甲斐もなく紅潮する。それを遮るように侍女が前に出る。公爵夫人は数年前より脚が悪くなっているのだ。それを説明する前に、シュトラウスは侍女を巻き取った。
 手を伸ばし、公爵夫人の手を取ると軽く口づけし、シュトラウスは侍女をお借りした。
 視界の端でそれを捉えていた綺羅は満足げに微笑む。彼は負けず嫌いで、場を盛り上げる方法を心得ている。
「遊び相手には最適なんだウェルターは」
 本人が聞いたらどう思うか判らないが、綺羅はシュトラウスを称えた。そう、地上でも、空でも。
 そして綺羅はもっと多くの人間に遊んでほしかった。朱音を軽々と目の前で回転させると、そのままとんと前に押す。慌てる彼女の前には、洋一がいた。
「そう、せっかくだがら楽しみたまえ」
 そんなノルマン語を残すと、綺羅は黒髪の男爵夫人の手を取っていた。
「え? ちょっと」
 反射的に抱き留めてしまったが、どうすればいいのか判らない。
「いいからうまいことなんとかしなさいよ」
 小声で朱音が叱責する。
「ダンスなんて知らないよ」
 飛科練の科目にそんなものはない。
「適当に回ってりゃいいのよ」
 業を煮やして朱音が回り始める。慌てて洋一も合わせてそれらしい振りをするが、お世辞にも褒められた動きではない。だがそのたどたどしさが周囲には反って微笑ましく見えた。
 視線を転じると向こうでもクローゼと侍女が手を取っていた。クローゼはうわずった顔をしているが、こちらは侍女が上手にリードしていた。シュトラウスはと視線を巡らせるとブリュッセル一と評判の女優と濃厚な踊りを披露していた。
 綺羅とシュトラウス。二人は次から次へと美姫を渡り、舞い踊った。会場の誰もが、華やかで贅沢なひとときを堪能した。
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