蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険 二の巻

初音幾生

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8 基地防空戦

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 ところが今日の戦争はまだ終わっていなかった。往路四百海里を飛んで懐かしいアミアンが見えてきそうになったところで綺羅も洋一も首をひねった。
「何だあれは?」
 針路上にいくつもの飛行機雲が絡み合い、煙がたなびいている。何やら賑やかなことになっていた。
「ハクチョウ一番、こちらクレナイ一番。ここまでで結構。今日はお疲れ様。遣欧軍司令部によろしく」
 危なそうなので綺羅は司偵を帰らせることにしたらしい。
「ハクチョウ一番了解。これよりパリへ向かいます。本日はご一緒頂きありがとうございます」
 一〇式司令部偵察機が南に進路を取った。向こうもただならぬものを感じていたらしい。
 偵察機を見送ってから自分たちが帰るべき場所を向く。近づいたら無線が聞こえるかと思っていたところで声が飛び込んできた。
「……ひるむな! 姫の飛行場を護るのだ!」
 麻倉大尉が叫んでいるようだった。また何やら気持ち悪いことを云っていたが、ただならぬことが起こっているのは確かなようだった。
「こちらクレナイ一番。だれか状況知らせ」
 綺羅が問いかけると、向こうの空気が変わったのが無線越しに判った。
「紅宮か、こちらトドロキ一番。飛行場が敵の攻撃を受けている。今は近づかない方がいい」
 綺羅を巻き込みたくないのだろうが、彼女はむしろ色めき立った。
「面白そうじゃないか、私も混ぜろ。諸君、戦闘準備」
 機関銃に初弾を装填して、OPL照準器のスイッチを入れる。燃料計に目を向けるが、まだ一暴れするぐらいは充分に残っている。観光気分も吹き飛んで洋一は前を見据えた。
 近づくにつれて戦場の様子が明らかになってきた。まず目に付いたのが大きな楕円翼。双発の大型機がいくつかの群れで飛んでいた。ゴータGo111爆撃機だろう。その周りをフォッカーFo109らしき影と、我らが十式艦戦が飛び交っている。
 爆撃針路に入ったゴータ爆撃機の後ろに十式艦戦が取り付いて黒煙を噴かせるが、更にその後ろのフォッカーの攻撃で十式艦戦はたやすく火を噴いた。味方は奮闘しているが不利なのは間違いなかった。
「クレナイ小隊は二時の爆撃機を攻撃する。ユウグレは援護しろ。アカツキは第二中隊の救援だ」
 指示を出すと赤い尾翼の十式艦戦は誰よりも速く加速して敵に躍りかかっていた。大型機の相手は初めてなので、興奮しているらしい。
 さてこちらは仲間を助けないと。小隊長の成瀬機が戦闘空域に突入するので三番機の洋一もそれに続く。
 前から双発機が向かってきた。よく見ると腹からぼとぼとと何かを落としている。くそ、爆撃している。そう思った瞬間双発機の右発動機から盛大に煙を吐き出した。ついで大きくに傾いて降下し始めた。ゴータ爆撃機の煙はやがて炎に変わり、大地に着く前に爆発した。
「やった! 松岡大介三飛曹、敵爆撃機撃墜。やりました! やりました!」
 やたらと騒がしい声が聞こえてきた。
「こちらアカツキ三番、おい松岡」
「おお丹羽、見てくれたか。撃墜だ。初手柄だ!」
「お前今日は地上待機だろ」
 前回の出撃で機を壊したので、今日は留守番だったはずだ。
「迎撃なら誰でもいいのがうちの掟だろ」
 基地が攻撃された場合は搭乗割も序列も関係なしに一番早く機体に乗込んだ搭乗員が上がっていいことになっている。
「その機体、黒木一飛曹のにお前の部品を移植したやつだろ。たしか引込み脚が直ってないから残していった」
 二機の部品を寄せ集めたが、油圧ポンプがどうしても直らなかった機体だった。ベルリンまでの長旅には不安があったので置いていった機体だった。
「手動でならなんとかなったからな、一生懸命引っ込めたわけだ」
 まあ確かに本人が頑張れば戦闘に支障は無い。
「なあ見てくれたか。初戦果が爆撃機ってすごいだろ俺」
「見てた見てた。それと後ろにフォッカー二機が来ている」
 ゴータを墜として上機嫌な松岡機を、別の二機が狙っていた。バラバラに上がって迎撃している松岡には援護してくれる僚機はいない。
「左に大きく旋回しろ。そうするとこっちが敵の後ろにつける」
 指示通りに動くと、後ろに付こうとしていたフォッカーも後を追う。ちょうどアカツキ小隊の目の前に背中をさらす形になった。カモを追っていて、自分が獲物になっていることに気づいていない。
 注文通りだ。この状態なら成瀬一飛曹と小暮二飛曹なら手もなくひねるだろう。不満があるとするなら洋一の分は残らないことだ。そこまで考えてふと洋一は違和感を覚えた。
 連中、ブランドル空軍は四機編隊を基本にしている。二機だけで行動するだろうか。急いで洋一は周囲を見回した。その懸念は残念ながら的中した。
「アカツキ三番よりアカツキ一番。八時下方にフォッカー二機。こちらに向かっています」
 松岡を追っている二機を、援護しようとしているのだろうか。このまま前方の二機を追えば新手に食いつかれる。しかしこちらに掛かれば松岡がやられる。どうするのかと洋一は成瀬の機を見た。
 むこうの操縦席の中では成瀬が頭を動かして状況を把握しているのが見えた。視線が洋一の方に向けられると、まず洋一を指さし、次いで新手の方にそれを振った。
 二回ほど洋一は瞬きをした。自分が、あれに、向かう? 成瀬の思考を懸命に理解しようとして、不意に洋一は目を見開いた。息を吸い込む。
 やれるのか。いや、やる。
「了解アカツキ三番。これより新手に向かいます!」
 無線で叫び、洋一は翼を翻した。
 フォッカー二機は洋一の方に針路を変えた。先に自分たちの脅威を叩くことに決めたらしい。高度は洋一の方があるが、向こうは二機だ。操縦桿を握る手を一度開いて、再び力を込める。
 互いに反対側に見て大きく左旋回。この形は、先日と同じであることに洋一は気づいた。なら、成瀬一飛曹の真似をさせて貰おう。一瞬だけ敵から目を切って太陽の位置を確認する。あと四分の一も回れば来る。
 旋回とともに陽の向きが変わり、上がっている右の主翼の向こうに隠れる。主翼の影が完全に操縦席に掛かった瞬間、洋一は操縦桿を強く引いた。
 上昇して少し速度を殺しながらの急旋回。十式艦戦の得意な領域だった。洋一も会心の旋回で一気に相手に迫った。フォッカーも旋回を強めたが、こちらには到底及ばない。狙い通り太陽に入った十式艦戦を見失ったらしい。
 降下に転じながらさらに旋回を続ける。少し勢い余って外側にはみ出たが相手の後方につけた。さあここからだ。洋一はフォッカーを睨んだ。前回みたいに降下されたら逃げられる。なら。洋一はスロットルのボタンを切り替えてから相手を照準器に入れる。
 まだ遠いが、少し下を狙って引き金を引いた。長い連射が旋回中のフォッカーの下、左翼の延長辺りを抜けていく。曳光弾が光とわずかな煙らしきものを曳いて空に線を引いていた。
 フォッカーがバンクを戻す。撃たれていることに気がついた。さあどうする。洋一はフォッカーの尾翼をにらみつけた。次の瞬間フォッカーFo109の水平舵が上がり、上昇に転じた。
 やった。乗ってくれた。洋一は口の端を上げた。上昇に転じてくれればこちらのものだ。フォッカーの速度が落ちたおかげで間合いが一気に詰まる。機銃発射ボタンを切り替え、こちらも少し操縦桿を引く。
 上昇しているのでいつもより上を、それこそ相手が水冷機の長い機首の向こうに隠れる寸前で洋一は引き金を引いた。二十㎜と七.七㎜機銃弾がフォッカーの背中に降り注ぎ、機体を引き裂く。燃料タンクに当たったのか最初に白い霧状のものが胴体から吹き、ついでそれが炎に変わった。機体はそのまま上昇し、天に届く前に爆発して、花のように破片を散らせた。
 撃墜した。フォッカーFo109を、撃墜した。
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