11 / 12
11 舞鶴への帰港
しおりを挟む
翌日、翔鸞は演習の予定を切り上げて舞鶴港に入った。入港となれば上陸機会も増える。乗組員たちにとって喜ばしいことのはずであった。
「……マジかよ……」
しかし彼等は呆然とした表情で港内を見ていた。
「ひでぇ、めちゃくちゃじゃねぇか」
そこかしこで未だに煙がうっすらと漂っている。立ち並ぶ倉庫は大半が屋根を喪っていた。見慣れたクレーンも明らかに数が足りない。そして停泊している艦艇に目を向けると、彼等は更に顔を歪めた。
霧島が、飛行甲板を垂直に立てて横転していた。その隣は艦橋だけしか見えないが、艦橋の形からあの下には妙高級巡洋艦が沈んでいる。派手に傾いて岸壁に寄りかかっているのは戦艦土佐だろうか。
一番彼等を驚かせたのが、艦首と艦尾をそそり立たせた謎の物体だった。
「砲塔が誘爆したらしいぜ」
「それで艦が真っ二つになったのかよ」
艦首の稲穂の紋章と、艦尾のスクリューが輝いているのがかえってもの悲しかった。
「なんなんだよあれは」
「停泊場所から察するに、多分陸奥だよ」
秋津海軍が誇る長門級戦艦、陸奥のなれの果てだった。
「つまり昨日のあの艦隊から飛び立ったあの大編隊は、この舞鶴港を叩いていたということか」
呆然とみていた洋一の脇に、いつの間にか綺羅が立っていた。
「四隻の空母を集中運用すれば海軍自慢の舞鶴港もこのざまだ。大したものだ」
敵でありながら綺羅はあっさり褒めて見せた、
「大小合わせて十隻はやられたらしい。これで第一艦隊は壊滅か。海の上での秋津の優位は無くなったな」
潮風になびく綺羅の髪は風の化身のように美しかった。
「これから、どうなってしまうのでしょうか」
「判らんよ、秋津もブランドルもノルマンも、誰もかもが目の前のことに振り回されて暴れ馬のように暴走していく」
そしてその奔流に、自分たちも流されていくのだろう。
「だが一つはっきりしていることがある」
なのに綺羅の瞳は誰よりも輝いていた。
「これから、すごく面白くなる」
幾多の軍艦が壊滅したこの舞鶴港を、誰よりも希望に満ちた眼で綺羅は眺めていた。
「考えてみたまえ。飛行機が戦艦を沈めたのだ。これは時代の転換点なのだ。その中心に我々は居る」
その中心の更に中央。そこで輝くのが、間違いなくこの人だ。洋一はそう確信していた。
「まあその前に、退屈な日常が待っているのが世の常なのだがね」
話しているうちに、翔鸞は埠頭に横付けされていった。埠頭には待ち構えていた人たちが並んでいる。
「怒られるのか、褒められるのか判らないが、とりあえず君たちの遠征着艦訓練は終わりだ」
そういえばそうだった。どうであれ、飛行科練習生丹羽洋一の冒険はこれでひとまず終わりなのだ。
「本当に、お世話になりました」
艦から降りれば自分は普通の訓練生に戻る。卒業するまであと半年近くはかかる。水兵長相当の練習生と兵学校出身の大尉、いや下駄屋の倅と宮様なのだ。ここで交叉できただけでも奇跡なのだ。
「ありがとうございました!」
精一杯背筋を伸ばし、これまでで一番の敬礼をした。
「こちらも楽しかったよ」
綺羅は頷いて応えてくれた。
「まあでも、縁というものは不思議なものだよ」
敬礼した手を綺羅は指二本の崩した形に変える。実に粋だった。
「空も海も、広いようで案外と狭い。ひょっとすると、また逢えるかもしれないな」
綺羅にとっては他愛の無い軽口であったかもしれないが、洋一にとってはこの上も無いうれしい言葉だった。
「……マジかよ……」
しかし彼等は呆然とした表情で港内を見ていた。
「ひでぇ、めちゃくちゃじゃねぇか」
そこかしこで未だに煙がうっすらと漂っている。立ち並ぶ倉庫は大半が屋根を喪っていた。見慣れたクレーンも明らかに数が足りない。そして停泊している艦艇に目を向けると、彼等は更に顔を歪めた。
霧島が、飛行甲板を垂直に立てて横転していた。その隣は艦橋だけしか見えないが、艦橋の形からあの下には妙高級巡洋艦が沈んでいる。派手に傾いて岸壁に寄りかかっているのは戦艦土佐だろうか。
一番彼等を驚かせたのが、艦首と艦尾をそそり立たせた謎の物体だった。
「砲塔が誘爆したらしいぜ」
「それで艦が真っ二つになったのかよ」
艦首の稲穂の紋章と、艦尾のスクリューが輝いているのがかえってもの悲しかった。
「なんなんだよあれは」
「停泊場所から察するに、多分陸奥だよ」
秋津海軍が誇る長門級戦艦、陸奥のなれの果てだった。
「つまり昨日のあの艦隊から飛び立ったあの大編隊は、この舞鶴港を叩いていたということか」
呆然とみていた洋一の脇に、いつの間にか綺羅が立っていた。
「四隻の空母を集中運用すれば海軍自慢の舞鶴港もこのざまだ。大したものだ」
敵でありながら綺羅はあっさり褒めて見せた、
「大小合わせて十隻はやられたらしい。これで第一艦隊は壊滅か。海の上での秋津の優位は無くなったな」
潮風になびく綺羅の髪は風の化身のように美しかった。
「これから、どうなってしまうのでしょうか」
「判らんよ、秋津もブランドルもノルマンも、誰もかもが目の前のことに振り回されて暴れ馬のように暴走していく」
そしてその奔流に、自分たちも流されていくのだろう。
「だが一つはっきりしていることがある」
なのに綺羅の瞳は誰よりも輝いていた。
「これから、すごく面白くなる」
幾多の軍艦が壊滅したこの舞鶴港を、誰よりも希望に満ちた眼で綺羅は眺めていた。
「考えてみたまえ。飛行機が戦艦を沈めたのだ。これは時代の転換点なのだ。その中心に我々は居る」
その中心の更に中央。そこで輝くのが、間違いなくこの人だ。洋一はそう確信していた。
「まあその前に、退屈な日常が待っているのが世の常なのだがね」
話しているうちに、翔鸞は埠頭に横付けされていった。埠頭には待ち構えていた人たちが並んでいる。
「怒られるのか、褒められるのか判らないが、とりあえず君たちの遠征着艦訓練は終わりだ」
そういえばそうだった。どうであれ、飛行科練習生丹羽洋一の冒険はこれでひとまず終わりなのだ。
「本当に、お世話になりました」
艦から降りれば自分は普通の訓練生に戻る。卒業するまであと半年近くはかかる。水兵長相当の練習生と兵学校出身の大尉、いや下駄屋の倅と宮様なのだ。ここで交叉できただけでも奇跡なのだ。
「ありがとうございました!」
精一杯背筋を伸ばし、これまでで一番の敬礼をした。
「こちらも楽しかったよ」
綺羅は頷いて応えてくれた。
「まあでも、縁というものは不思議なものだよ」
敬礼した手を綺羅は指二本の崩した形に変える。実に粋だった。
「空も海も、広いようで案外と狭い。ひょっとすると、また逢えるかもしれないな」
綺羅にとっては他愛の無い軽口であったかもしれないが、洋一にとってはこの上も無いうれしい言葉だった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険 二の巻
初音幾生
歴史・時代
日本がイギリスの位置にある、そんな架空戦記的な小説です。
一九四〇年七月、新米飛行士丹羽洋一は配属早々戦乱の欧州へと派遣される。戦況は不利だがそんなことでは隊長紅宮綺羅の暴走は止まらない!
主役機は零戦+スピットファイア!
敵は空冷のメッサーシュミット!
「小説家になろう」と同時公開。
第二巻全23話(年表入れて24話)
蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険~ 五の巻
初音幾生
歴史・時代
日本がイギリスの位置にある、そんな架空戦記的な小説です。
1941年5月、欧州大陸は風前の灯火だった。
遣欧軍はブレストに追い詰められ、もはや撤退するしかない。
そんな中でも綺羅様は派手なことをかましたかった。
「小説家になろう!」と同時公開。
第五巻全14話
(前説入れて15話)
蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険~ 四の巻
初音幾生
歴史・時代
日本がイギリスの位置にある、そんな架空戦記的な小説です。
1940年10月、帝都空襲の報復に、連合艦隊はアイスランド攻略を目指す。
霧深き北海で戦艦や空母が激突する!
「寒いのは苦手だよ」
「小説家になろう」と同時公開。
第四巻全23話
久遠の海へ ー最期の戦線ー
koto
歴史・時代
ソ連によるポツダム宣言受託拒否。血の滲む思いで降伏を決断した日本は、なおもソ連と戦争を続ける。
1945年8月11日。大日本帝国はポツダム宣言を受託し、無条件降伏を受け入れることとなる。ここに至り、長きに渡る戦争は日本の敗戦という形で終わる形となった。いや、終わるはずだった。
ソ連は日本国のポツダム宣言受託を拒否するという凶行を選び、満州や朝鮮半島、南樺太、千島列島に対し猛攻を続けている。
なおも戦争は続いている一方で、本土では着々と無条件降伏の準備が始められていた。九州から関東、東北に広がる陸軍部隊は戦争継続を訴える一部を除き武装解除が進められている。しかし海軍についてはなおも対ソ戦のため日本海、東シナ海、黄海にて戦争を継続していた。
すなわち、ソ連陣営を除く連合国はポツダム宣言受託を起因とする日本との停戦に合意し、しかしソ連との戦争に支援などは一切行わないという事だ。
この絶望的な状況下において、彼らは本土の降伏後、戦場で散っていった。
本作品に足を運んでいただき?ありがとうございます。
著者のkotoと申します。
応援や感想、更にはアドバイスなど頂けると幸いです。
特に、私は海軍系はまだ知っているのですが、陸軍はさっぱりです。
多々間違える部分があると思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
おじさんと戦艦少女
とき
SF
副官の少女ネリーは15歳。艦長のダリルはダブルスコアだった。 戦争のない平和な世界、彼女は大の戦艦好きで、わざわざ戦艦乗りに志願したのだ。 だが彼女が配属になったその日、起こるはずのない戦争が勃発する。 戦争を知らない彼女たちは生き延びることができるのか……?
白雉の微睡
葛西秋
歴史・時代
中大兄皇子と中臣鎌足による古代律令制度への政治改革、大化の改新。乙巳の変前夜から近江大津宮遷都までを辿る古代飛鳥の物語。
――馬が足りない。兵が足りない。なにもかも、戦のためのものが全て足りない。
飛鳥の宮廷で中臣鎌子が受け取った葛城王の木簡にはただそれだけが書かれていた。唐と新羅の連合軍によって滅亡が目前に迫る百済。その百済からの援軍要請を満たすための数千騎が揃わない。百済が完全に滅亡すれば唐は一気に倭国に攻めてくるだろう。だがその唐の軍勢を迎え撃つだけの戦力を倭国は未だ備えていなかった。古代に起きた国家存亡の危機がどのように回避されたのか、中大兄皇子と中臣鎌足の視点から描く古代飛鳥の歴史物語。
主要な登場人物:
葛城王(かつらぎおう)……中大兄皇子。のちの天智天皇、中臣鎌子(なかとみ かまこ)……中臣鎌足。藤原氏の始祖。王族の祭祀を司る中臣連を出自とする
札束艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
生まれついての勝負師。
あるいは、根っからのギャンブラー。
札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。
時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。
そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。
亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。
戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。
マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。
マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。
高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。
科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる