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11 舞鶴への帰港
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翌日、翔鸞は演習の予定を切り上げて舞鶴港に入った。入港となれば上陸機会も増える。乗組員たちにとって喜ばしいことのはずであった。
「……マジかよ……」
しかし彼等は呆然とした表情で港内を見ていた。
「ひでぇ、めちゃくちゃじゃねぇか」
そこかしこで未だに煙がうっすらと漂っている。立ち並ぶ倉庫は大半が屋根を喪っていた。見慣れたクレーンも明らかに数が足りない。そして停泊している艦艇に目を向けると、彼等は更に顔を歪めた。
霧島が、飛行甲板を垂直に立てて横転していた。その隣は艦橋だけしか見えないが、艦橋の形からあの下には妙高級巡洋艦が沈んでいる。派手に傾いて岸壁に寄りかかっているのは戦艦土佐だろうか。
一番彼等を驚かせたのが、艦首と艦尾をそそり立たせた謎の物体だった。
「砲塔が誘爆したらしいぜ」
「それで艦が真っ二つになったのかよ」
艦首の稲穂の紋章と、艦尾のスクリューが輝いているのがかえってもの悲しかった。
「なんなんだよあれは」
「停泊場所から察するに、多分陸奥だよ」
秋津海軍が誇る長門級戦艦、陸奥のなれの果てだった。
「つまり昨日のあの艦隊から飛び立ったあの大編隊は、この舞鶴港を叩いていたということか」
呆然とみていた洋一の脇に、いつの間にか綺羅が立っていた。
「四隻の空母を集中運用すれば海軍自慢の舞鶴港もこのざまだ。大したものだ」
敵でありながら綺羅はあっさり褒めて見せた、
「大小合わせて十隻はやられたらしい。これで第一艦隊は壊滅か。海の上での秋津の優位は無くなったな」
潮風になびく綺羅の髪は風の化身のように美しかった。
「これから、どうなってしまうのでしょうか」
「判らんよ、秋津もブランドルもノルマンも、誰もかもが目の前のことに振り回されて暴れ馬のように暴走していく」
そしてその奔流に、自分たちも流されていくのだろう。
「だが一つはっきりしていることがある」
なのに綺羅の瞳は誰よりも輝いていた。
「これから、すごく面白くなる」
幾多の軍艦が壊滅したこの舞鶴港を、誰よりも希望に満ちた眼で綺羅は眺めていた。
「考えてみたまえ。飛行機が戦艦を沈めたのだ。これは時代の転換点なのだ。その中心に我々は居る」
その中心の更に中央。そこで輝くのが、間違いなくこの人だ。洋一はそう確信していた。
「まあその前に、退屈な日常が待っているのが世の常なのだがね」
話しているうちに、翔鸞は埠頭に横付けされていった。埠頭には待ち構えていた人たちが並んでいる。
「怒られるのか、褒められるのか判らないが、とりあえず君たちの遠征着艦訓練は終わりだ」
そういえばそうだった。どうであれ、飛行科練習生丹羽洋一の冒険はこれでひとまず終わりなのだ。
「本当に、お世話になりました」
艦から降りれば自分は普通の訓練生に戻る。卒業するまであと半年近くはかかる。水兵長相当の練習生と兵学校出身の大尉、いや下駄屋の倅と宮様なのだ。ここで交叉できただけでも奇跡なのだ。
「ありがとうございました!」
精一杯背筋を伸ばし、これまでで一番の敬礼をした。
「こちらも楽しかったよ」
綺羅は頷いて応えてくれた。
「まあでも、縁というものは不思議なものだよ」
敬礼した手を綺羅は指二本の崩した形に変える。実に粋だった。
「空も海も、広いようで案外と狭い。ひょっとすると、また逢えるかもしれないな」
綺羅にとっては他愛の無い軽口であったかもしれないが、洋一にとってはこの上も無いうれしい言葉だった。
「……マジかよ……」
しかし彼等は呆然とした表情で港内を見ていた。
「ひでぇ、めちゃくちゃじゃねぇか」
そこかしこで未だに煙がうっすらと漂っている。立ち並ぶ倉庫は大半が屋根を喪っていた。見慣れたクレーンも明らかに数が足りない。そして停泊している艦艇に目を向けると、彼等は更に顔を歪めた。
霧島が、飛行甲板を垂直に立てて横転していた。その隣は艦橋だけしか見えないが、艦橋の形からあの下には妙高級巡洋艦が沈んでいる。派手に傾いて岸壁に寄りかかっているのは戦艦土佐だろうか。
一番彼等を驚かせたのが、艦首と艦尾をそそり立たせた謎の物体だった。
「砲塔が誘爆したらしいぜ」
「それで艦が真っ二つになったのかよ」
艦首の稲穂の紋章と、艦尾のスクリューが輝いているのがかえってもの悲しかった。
「なんなんだよあれは」
「停泊場所から察するに、多分陸奥だよ」
秋津海軍が誇る長門級戦艦、陸奥のなれの果てだった。
「つまり昨日のあの艦隊から飛び立ったあの大編隊は、この舞鶴港を叩いていたということか」
呆然とみていた洋一の脇に、いつの間にか綺羅が立っていた。
「四隻の空母を集中運用すれば海軍自慢の舞鶴港もこのざまだ。大したものだ」
敵でありながら綺羅はあっさり褒めて見せた、
「大小合わせて十隻はやられたらしい。これで第一艦隊は壊滅か。海の上での秋津の優位は無くなったな」
潮風になびく綺羅の髪は風の化身のように美しかった。
「これから、どうなってしまうのでしょうか」
「判らんよ、秋津もブランドルもノルマンも、誰もかもが目の前のことに振り回されて暴れ馬のように暴走していく」
そしてその奔流に、自分たちも流されていくのだろう。
「だが一つはっきりしていることがある」
なのに綺羅の瞳は誰よりも輝いていた。
「これから、すごく面白くなる」
幾多の軍艦が壊滅したこの舞鶴港を、誰よりも希望に満ちた眼で綺羅は眺めていた。
「考えてみたまえ。飛行機が戦艦を沈めたのだ。これは時代の転換点なのだ。その中心に我々は居る」
その中心の更に中央。そこで輝くのが、間違いなくこの人だ。洋一はそう確信していた。
「まあその前に、退屈な日常が待っているのが世の常なのだがね」
話しているうちに、翔鸞は埠頭に横付けされていった。埠頭には待ち構えていた人たちが並んでいる。
「怒られるのか、褒められるのか判らないが、とりあえず君たちの遠征着艦訓練は終わりだ」
そういえばそうだった。どうであれ、飛行科練習生丹羽洋一の冒険はこれでひとまず終わりなのだ。
「本当に、お世話になりました」
艦から降りれば自分は普通の訓練生に戻る。卒業するまであと半年近くはかかる。水兵長相当の練習生と兵学校出身の大尉、いや下駄屋の倅と宮様なのだ。ここで交叉できただけでも奇跡なのだ。
「ありがとうございました!」
精一杯背筋を伸ばし、これまでで一番の敬礼をした。
「こちらも楽しかったよ」
綺羅は頷いて応えてくれた。
「まあでも、縁というものは不思議なものだよ」
敬礼した手を綺羅は指二本の崩した形に変える。実に粋だった。
「空も海も、広いようで案外と狭い。ひょっとすると、また逢えるかもしれないな」
綺羅にとっては他愛の無い軽口であったかもしれないが、洋一にとってはこの上も無いうれしい言葉だった。
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