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8 大艦隊を発見
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「まあ空母が居るとは思っていたが、四隻とはなぁ」
「そもそもブランドルは空母を持っていなかったはずですよ」
ブランドル帝国は典型的な大陸国家で強力な陸軍は知られていたが、海軍は補助的な存在だった。おまけに向こうの皇帝は戦艦が大好きで、空母の建造を認めてくれないと聞く。
「こちらイナズマ一番。相手が四隻だろうと手ぶらで帰るつもりはありません。一番近いのに一撃かける」
艦爆隊の指揮官、内藤中尉は自らを鼓舞するように云った。
「まあまて内藤君、護衛戦闘機が回っている。このまま突っ込んでも見込みはないな。仕掛けるにしても機会はうかがった方がいい」
空母の上に編隊が三つ旋回している。迂闊に手を出すと痛い目に遭いそうだった。
「護衛が向こう側に回った隙に仕掛けましょう」
「雲がもう少し近ければ」
突入する手段を相談している綺羅機のそばに別の十式艦戦が接近して翼を振る。尾翼の番号から察するに成瀬一飛曹のようだった。手で西側の空を示している。それに対して綺羅は耳の辺りをコツコツと叩いた。
「済みません、アカツキ一番よりクレナイ一番」
無線の声が洋一の耳にも入る。成瀬一飛曹はスペイン内戦にも参加したことのあるベテランだと聞いた。確かに誰よりも戦場の空気に詳しいようだが、無線の無い時代が長かっただけに時折その存在を忘れるのだろうか。
「八時方向に敵、大編隊です」
振り返ってみて、空母発見に劣らぬ衝撃を洋一たちに与えた。
空がうっすらと黒くなるほどの大編隊だった。少なく見積もっても百は越えている。
「まあ四隻も空母が居たらあれだけ積んでるよなぁ」
綺羅は呑気に云ってみせるが、非常にまずい状況のはずだった。洋一は心臓の辺りが寒くなった。早く逃げないと大変なことになる。編隊全体にも動揺が見られる。こちらは十一機だけで、しかも半数近くが練習生なのだ。
「いや、これはむしろ僥倖だ」
なのに、紅宮綺羅の声は楽しげですらあった。
「こちらクレナイ一番、いい手を思いついた」
彼女の提案はいつだって大胆で危険で、そして魅力的だった。
「いいですね。それで行きましょう」
一番危険な役割を担う艦爆隊が承諾してしまった。もうやるしかない。
これから空母四隻、総数二十隻前後の大艦隊に僅か十一機で仕掛けるのだ。恐怖と、そして興奮で洋一は震えた。
一旦彼等はちぎれ雲に入った。雲を伝い、相手から見えない位置で編隊を組み替えて、五分ほど旋回しながら待つ。頃合いを見計らって雲の影から出ると、案の定、敵の大編隊が目の前を通過していた。
心臓が跳ね上がるような眺めだが、無理矢理心を静めて向こうを見る。大丈夫、気づかれていない。こっちの方が高度が低いので腹の下に出た案配だ。
そのまま彼等はゆっくりと高度を上げる。高度の分速度が落ちて、同高度になった辺りで編隊の最後尾についた。まるで仲間が合流したかのように。
十倍以上の編隊に紛れ込んでしまった。自分の心臓の音が聞こえるかのように洋一は感じていた。相手をじっくり観察できるほど近い。マムール艦上戦闘機にスツーカ急降下爆撃機にドミトリー雷撃機。そして国籍マークはブランドル帝国の三つ矢。間違いなく、翔鸞を襲った連中の同類であった。
百機もいるにもかかわらず、秋津の機が混じっていることに気づく者はいないようだった。確かに大多数から見えにくい位置にいるとは云え、判らないものなのだろうか。あるいは百機もいるから、なのかもしれない。
秋津海軍機は巡航時と編隊を変え、隊を大きく二つに分けた。それぞれ先頭は三機小隊の九式艦爆。その後ろに二機もしくは三機の十式艦戦が近い距離で続いている。正直近すぎて護衛には向かない隊形だった。しかし彼等は今大編隊の一部になりすましているのだ。
大編隊はそのまま四隻の空母に向かい、上空に達する。艦も対空砲火を撃ち上げないところを見ると、敵が混ざっていることに気づいていないようだった。遂に一発の銃弾も受けることなく空母の上に達してしまった。綺羅の大胆な策は奇跡を起こしたらしい。
改めて洋一は艦の群れを見る。中央に四隻の空母が正方形を描くように居る。その前に二隻の巡洋艦が縦に並んで先導している。左右に四隻ずつの駆逐艦が空母の側面を固めている。更に背後には二隻の巡洋艦と二隻の駆逐艦が一列縦隊で後を追っていた。総勢十八隻。
四隻の空母は一斉に転舵し、機首を風上に向ける。百機は艦隊の上で大きく円を描き始めた。円は四つ描かれ、それぞれの母艦への着艦を待つ。洋一たちは二つに分かれてそれぞれの円に加わった。
突入時期はそれぞれの艦爆隊指揮官に委ねられた。彼等は逸る心を抑えてゆっくりと敵と共に旋回する。そのうちに円の中から一機が降下を始める。着艦が始まったらしい。
一機、また一機と着艦に移る。皆早く降りたいのだろうか。息をひそめて紛れながら洋一は相手の思考を推し量った。目標もない洋上を長距離飛んで疲れているのだろうか。うっすらと白煙を吹いているのは燃料か滑油が漏れているのだろうか。なら早く降りたくて気が気でないだろう。なら自分たちに気がつかないのも仕方が無いのかもしれない。おそらく彼等より後に降りそうな連中のことなど知ったことではないだろう。
そこでふと洋一はある疑問がわいた。彼等は、一体どこに行って帰ってきたのだろうか。まさか尋ねるわけにも行かない。
「イナズマ一番。そろそろ仕掛けるぞ」
内藤中尉が各機に告げる。
「イカヅチ一番了解」
もう一つの艦爆小隊から返答が入る。チャンスは一度きり。そのために同時に仕掛ける必要があった。
空母とその周囲は着艦作業に大わらわ、たしかに隙があるとすれば今だった。ゆっくりと九式艦爆が翼を傾け、降下態勢に入った。いよいよだ。綺羅が同じように降下に入ったので洋一も続いた。
「そもそもブランドルは空母を持っていなかったはずですよ」
ブランドル帝国は典型的な大陸国家で強力な陸軍は知られていたが、海軍は補助的な存在だった。おまけに向こうの皇帝は戦艦が大好きで、空母の建造を認めてくれないと聞く。
「こちらイナズマ一番。相手が四隻だろうと手ぶらで帰るつもりはありません。一番近いのに一撃かける」
艦爆隊の指揮官、内藤中尉は自らを鼓舞するように云った。
「まあまて内藤君、護衛戦闘機が回っている。このまま突っ込んでも見込みはないな。仕掛けるにしても機会はうかがった方がいい」
空母の上に編隊が三つ旋回している。迂闊に手を出すと痛い目に遭いそうだった。
「護衛が向こう側に回った隙に仕掛けましょう」
「雲がもう少し近ければ」
突入する手段を相談している綺羅機のそばに別の十式艦戦が接近して翼を振る。尾翼の番号から察するに成瀬一飛曹のようだった。手で西側の空を示している。それに対して綺羅は耳の辺りをコツコツと叩いた。
「済みません、アカツキ一番よりクレナイ一番」
無線の声が洋一の耳にも入る。成瀬一飛曹はスペイン内戦にも参加したことのあるベテランだと聞いた。確かに誰よりも戦場の空気に詳しいようだが、無線の無い時代が長かっただけに時折その存在を忘れるのだろうか。
「八時方向に敵、大編隊です」
振り返ってみて、空母発見に劣らぬ衝撃を洋一たちに与えた。
空がうっすらと黒くなるほどの大編隊だった。少なく見積もっても百は越えている。
「まあ四隻も空母が居たらあれだけ積んでるよなぁ」
綺羅は呑気に云ってみせるが、非常にまずい状況のはずだった。洋一は心臓の辺りが寒くなった。早く逃げないと大変なことになる。編隊全体にも動揺が見られる。こちらは十一機だけで、しかも半数近くが練習生なのだ。
「いや、これはむしろ僥倖だ」
なのに、紅宮綺羅の声は楽しげですらあった。
「こちらクレナイ一番、いい手を思いついた」
彼女の提案はいつだって大胆で危険で、そして魅力的だった。
「いいですね。それで行きましょう」
一番危険な役割を担う艦爆隊が承諾してしまった。もうやるしかない。
これから空母四隻、総数二十隻前後の大艦隊に僅か十一機で仕掛けるのだ。恐怖と、そして興奮で洋一は震えた。
一旦彼等はちぎれ雲に入った。雲を伝い、相手から見えない位置で編隊を組み替えて、五分ほど旋回しながら待つ。頃合いを見計らって雲の影から出ると、案の定、敵の大編隊が目の前を通過していた。
心臓が跳ね上がるような眺めだが、無理矢理心を静めて向こうを見る。大丈夫、気づかれていない。こっちの方が高度が低いので腹の下に出た案配だ。
そのまま彼等はゆっくりと高度を上げる。高度の分速度が落ちて、同高度になった辺りで編隊の最後尾についた。まるで仲間が合流したかのように。
十倍以上の編隊に紛れ込んでしまった。自分の心臓の音が聞こえるかのように洋一は感じていた。相手をじっくり観察できるほど近い。マムール艦上戦闘機にスツーカ急降下爆撃機にドミトリー雷撃機。そして国籍マークはブランドル帝国の三つ矢。間違いなく、翔鸞を襲った連中の同類であった。
百機もいるにもかかわらず、秋津の機が混じっていることに気づく者はいないようだった。確かに大多数から見えにくい位置にいるとは云え、判らないものなのだろうか。あるいは百機もいるから、なのかもしれない。
秋津海軍機は巡航時と編隊を変え、隊を大きく二つに分けた。それぞれ先頭は三機小隊の九式艦爆。その後ろに二機もしくは三機の十式艦戦が近い距離で続いている。正直近すぎて護衛には向かない隊形だった。しかし彼等は今大編隊の一部になりすましているのだ。
大編隊はそのまま四隻の空母に向かい、上空に達する。艦も対空砲火を撃ち上げないところを見ると、敵が混ざっていることに気づいていないようだった。遂に一発の銃弾も受けることなく空母の上に達してしまった。綺羅の大胆な策は奇跡を起こしたらしい。
改めて洋一は艦の群れを見る。中央に四隻の空母が正方形を描くように居る。その前に二隻の巡洋艦が縦に並んで先導している。左右に四隻ずつの駆逐艦が空母の側面を固めている。更に背後には二隻の巡洋艦と二隻の駆逐艦が一列縦隊で後を追っていた。総勢十八隻。
四隻の空母は一斉に転舵し、機首を風上に向ける。百機は艦隊の上で大きく円を描き始めた。円は四つ描かれ、それぞれの母艦への着艦を待つ。洋一たちは二つに分かれてそれぞれの円に加わった。
突入時期はそれぞれの艦爆隊指揮官に委ねられた。彼等は逸る心を抑えてゆっくりと敵と共に旋回する。そのうちに円の中から一機が降下を始める。着艦が始まったらしい。
一機、また一機と着艦に移る。皆早く降りたいのだろうか。息をひそめて紛れながら洋一は相手の思考を推し量った。目標もない洋上を長距離飛んで疲れているのだろうか。うっすらと白煙を吹いているのは燃料か滑油が漏れているのだろうか。なら早く降りたくて気が気でないだろう。なら自分たちに気がつかないのも仕方が無いのかもしれない。おそらく彼等より後に降りそうな連中のことなど知ったことではないだろう。
そこでふと洋一はある疑問がわいた。彼等は、一体どこに行って帰ってきたのだろうか。まさか尋ねるわけにも行かない。
「イナズマ一番。そろそろ仕掛けるぞ」
内藤中尉が各機に告げる。
「イカヅチ一番了解」
もう一つの艦爆小隊から返答が入る。チャンスは一度きり。そのために同時に仕掛ける必要があった。
空母とその周囲は着艦作業に大わらわ、たしかに隙があるとすれば今だった。ゆっくりと九式艦爆が翼を傾け、降下態勢に入った。いよいよだ。綺羅が同じように降下に入ったので洋一も続いた。
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