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14 他人任せの迎撃戦

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 二機と一機の奇妙な編隊は琵琶湖を過ぎて、若狭湾に差掛かる。針路は東北東。このまま東よりを進めば欧州に着くはずだ。しかしかなりの距離だ。イリヤ・ムロメッツの航続距離ってどれくらいだったかな。洋一は首をひねったが、残念ながら覚えていなかった。もしかしたら発表されていないかもしれない。
 このまま進むとすれば、こちらの迎撃機が前方に現れないだろうか。期待のこもった目で前方気持右側を探すと、果たしてなにかきらめくものがあった。
 やった。舞鶴の航空隊が上がってきた。母艦を喪った「霧島」の航空隊が再編途中だったはずだ。これでこの忌々しい要塞を墜とせる。そう心の中で小躍りしたところで、Tu-3が大きく旋回を始めた。
 迎撃機に気がついて針路を変えたのだろうか。左へと大きく曲がりながら針路を北向きに向かえ始めた。
 前方で待ち構えるはずだった舞鶴の飛行隊は、後ろから追いかける格好となった。届けばよいのだが。応援の気持を勝手に込めてもう一度打電する。
 機影が徐々に近づいてきて、それが十式艦戦の三機編隊であることが判ってきた。八千mもの高度となると大分苦しそうである。爆撃機が旋回中に大分接近できたが、その後がなかなか詰められない。速度差が殆ど無いのでは。
 爆弾を投下した後だからと云って、速すぎだろう。忌々しげに洋一はTu-3を見た。ふと何か見覚えがあるような気がしてきて、少しだけ近づく。エンジンの下を注視すると、果たしてカタツムリの親玉みたいなものが銀色に輝いていた。
 同じようなものを見たことがある。そう、あれは仮称「雷電」にも付いていた、排気タービンという奴だ。雷電は排気タービンのおかげで高い高高度性能を有していたが、まさかこいつにも付いていたとは。
 これはやっかいだぞ。洋一は唸った。自分の乗っている十式艦戦は試験のために過給圧の高いエンジンを積んでいるが、それでもかなり苦しい。なら現在実戦配備されている十式艦戦では、この高度では歯が立たないのでは。
 舞鶴から上がってきた十式艦戦はそれでも必死に追いつこうとする。もはや編隊は維持できず、三機はバラバラになっている。
 先頭の機体は、なんとか届きそうな位置まで来た。頑張れ、頑張れ。見ている洋一にも力が入ってしまう。ふらふらになりながらも、遂に射撃位置に付いた。
 無慈悲なまでの防御砲火が十式艦戦を出迎える。もはや回避もままならない。ただ真っ直ぐ後ろに付き、銃火を交える。
 遠い。もっと接近しなくちゃ。横で見ている洋一には歯がゆかった。五百mぐらい離れたところから撃っては、当たるものも当たらない。
 精根使い果たしたように、先頭の十式艦戦が離れていく。根性なし、もっと近づけよ。勢い洋一の口も悪くなっていく。
 もう一機もなんとか射撃位置に入れたが、これはもっと遠く八百mぐらいで無駄弾をばら撒いて去って行った。最後の一機は遂に射撃位置につけなかった。
 何やってんだよこの役立たず。洋一の罵声もひどくなってきた。弾をくれれば自分がやるのに。詮無きことを思いながら離脱していく十式艦戦に悪態をついた。
 しょうが無いので次を期待して再び打電する。それにしても、どこへ向かうのだろうか。どこ吹く風と飛ぶTu-3を見ながら洋一は首をひねった。針路はほぼ真北へと変わった。
 あの図体で空母ということはいくら何でもないだろう。しかし海の中から沸いてくる訳でもないし、一体どこへ。
 針路を変更したことで舞鶴からは離れたが、代わりに小松が近くなった。訓練が主の基地だが、舞鶴を母港にする空母飛行隊の一部が駐留しているはずだ。
 上がってくるとしたらあの辺かな。左手に遠のく海岸線に時折視線を走らせる。敵爆撃機と、来るかもしれない味方と、電信と交互に見る。一度うっかり敵の機銃の射程内に入ってしまい、慌てて距離を取ったりとなかなか忙しかった。
 果たして左前方から白い線が上がってきた。数は二つ。小松の十式艦戦だろうか。頼むぞ。洋一は邪魔にならない位置に移動しながら友軍を待った。
 ほぼ真横から二機の十式艦戦は接近してきた。戦闘機から見れば狙いづらいが、Tu-3もそちらに向けられる機関銃は側面の一丁だけになる。大型機相手なら悪くない手だったし、何より互いの位置関係からそれ以外は難しかった。
 イリヤ・ムロメッツの側面から曳光弾が伸びたのが見えた。深い蒼に黄みがかった白線が伸びる。しかし機体の方は針路を変えることなく堂々と蒼穹を泳いでいる。大した肝の据わりっぷりだ。
 十式艦戦も発砲した。どうしたわけか、機銃の通過で飛行機雲のような白い筋が走った。蒼いキャンパスに華やかな白線が描かれる。
 だがまたしても遠い。千mぐらいから全力射撃で乱射しながら、三百mぐらいで下に進路を変え、Tu-3の腹を通過して行った。
 あれは多分二十mmを撃ち尽くしたな。有効射程に入った頃にはもう弾がないなんて、莫迦莫迦しいにもほどがある。一仕事終えた気になったのか離脱していく十式艦戦を見て、また洋一は悪態をついた。
 間を置かず、別の煌めきが前方に現れる。十式艦戦より少し小さい気がする。それに何だかシルエットが変だ。脚が引っ込んでいないじゃないのか?
 正対しているので相手はすぐに大きくなった。六式艦戦? いや、陸軍の七式戦闘機だ。
 あいつこんな高度に上れるのか? 新型のキ四三ならともかく、今や旧式の機体である。高度八千では浮いているだけでも奇跡みたいなものだった。多分最高速度もTu-3の方が速い。
 七式戦ではこの高度で追いつけない。何しろ向こうの方が速いのだ。
 となると相手の前方に先回りして、待ち構えるしかない。ふらふらになりながらも、かろうじて一機が軸線上に乗った。
 苦し紛れの策かもしれないが、前からだと防御機銃は機首の一丁だけである。案外悪くないかもしれないな。正対するので位置取りが難しいし、射撃時間が短いという欠点もあるが。
 あっという間に距離が詰まり、七式戦が発砲した。だがこれもまた遠い。七式戦は七・七㎜二丁だけなので火力に乏しいのに、そんな距離でばら撒いても。
 そのまますれ違うと、七式戦は下に際限なく落ちていった。もう一回の機会はないだろう。あの機体で前に回り込めたのは大したものだが、ちょっと残念だったな。仕方なしに洋一は再び電鍵を叩いた。
 それにしても、どうして皆遠くから撃つのだろう。あんな大物、引きつけて撃たなければ墜とせないだろうに。自分だったら。洋一は自分が攻撃したときのことを思い出した。思いっきり引きつけて、撃って、弾がないことに気がついて、離脱して。
 あれ、撃ち始めてから離脱するまで結構あったのに、追いついていない? 思っていたのより距離があったのか?
 悠然と飛ぶイリヤ・ムロメッツを眺める。何というかこいつ、でかすぎて距離感がおかしくなるんだよな。それが原因か?
 能登半島の北辺りまで来た。富山にキ四三が居ればもう一回ぐらい来てくれるかもしれないが、まだ厳密には正式採用されていない貴重な機体だからな。居ないかなぁ。そう思いながら洋一は電文と長音を打ち続けた。だんだん慣れてきたのでテキ大型機、距離チュウイ、と足すようにした。
 しかしどこまで付いていくか。北上する敵爆撃機を見ながら洋一は身震いする。そろそろ帰る心配をしなければいけない頃合いだ。しかし帝都を爆撃したけしからん敵機をこのまま無傷で返すというのも、どうにも面白くない。だれか来てくれないだろうか。
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