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13 雲中飛行

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 針路は085。速力140ノット。航法は航法手を載せている艦攻に任せているが、洋一は地図に経路を書き加える。これより洋上を150海里飛んで攻撃して、還ってくる。しかも艦隊は麻倉大尉たち一次攻撃隊を収容したら北方へ20海里下がる事になっていた。見渡すと雲がだんだん低くなってきた。艦攻隊とはぐれてしまったら独力で還ってこなければならない。他人任せであろうと航法はおろそかには出来なかった。
 針路上やや右手、南の海面上に黒い影が見えてくる。海図を見るとどうやらフェロー諸島と云うらしい。あまり大きくなく、何だか佐渡島をちぎってばら撒いたように見えた。
 これでも広大な海上では貴重な目標である。海図と実際の島を見比べ、位置を頭の中に入れておく。行きはこの島の北側を通過して、帰りは南側を通過することになっていた。
 できれば生きてもう一度お目にかかりますように。ついさっきまで聞いたこともなかった島を、洋一は拝んだ。
 飛行高度は2500m。本当はもっと高いところを飛びたいところだが、上を雲に覆われて徐々に下に追いやられていく。
 というか、そろそろ飛行機が飛べない雲量になってきてないか。洋一はしきりに周囲を見回す。ふと気がつくと他の搭乗員たちも不安そうに頭を左右に動かしていた。しかし出撃してしまった以上、何もせずに引き返すわけにも行かない。
 なんとか編隊を維持してはぐれないようにしないと。そう思った途端に雲だか霧だかの塊に突っ込んでしまった。
 周囲一面が真っ白になる。海面はおろか編隊も見えなくなってしまった。しかしここで慌ててもいいことは何もない。下手に動いたら空中衝突である。幸い編隊灯は薄ぼんやりと見える。神様仏様に祈りながら、洋一は操縦桿を保持し続けた。
 幸い雲の塊はそれほど大きくはなかった。スポンと抜けて急に視界が広がる。やれやれと安堵した途端にまた新たな雲に飛び込む。乳白色の海に浸るのはどうにも落ち着かなかった。周囲がまったく見えなければ、上下の感覚が徐々におかしくなってしまう。
 こういうときは自分の感覚を信じない。普段勘を最優先している飛行機乗りには酷な話だが、周囲が見えないとき、人間の上下感覚はたやすく狂う。機械の方がよっぽど頼りになるのだ。しつこいぐらい言い聞かせて洋一は計器に目を走らせた。
 旋回計の針も、その下の球も動いていない。速度は、140ノットを保っている。高度は今や1500m。変化なし、変化なし、変化なし。外と計器を交互に見比べて落ち着かせる。
 不意に周囲が明るくなる。雲を抜けたようだった。珍しく青空の欠片が空に残っていた。ようやく一息つけそうだ。
 安堵して洋一は周囲を見回した。彼らの中隊は欠けることなく編隊を組んでいる。幸いにして衝突とかは無かったらしい。安心したところで無線が入った。
「クレナイ一番より中隊各機」
 聞き慣れた綺羅の声だった。
「すまん、はぐれた」
 やけにあっさりと云ったので、それがとんでもないことだと理解するのに数秒かかった。見回してみると、確かに彼らの中隊九機以外の機影が見当たらない。
「艦攻隊も艦爆隊も、航法に自信があるからって雲を掠めすぎなんだよ。付いていく方の身になってほしいものだよまったく」
 見失った理由を綺羅は長々と言い訳している。
「ああ、母艦からの誘導電波は出してもらう手はずになっているから、還ることは出来るよ、安心してくれ」
 こんな天候で航空隊を出撃させただけに、危険を承知で面倒は見てくれるらしい。
「しかし中隊長、このまま何もしないで還るわけにも。我々の任務は攻撃隊の護衛ですよ」
 池永中尉の声が割り込んでくる。
「それはそうなんだが、見つからないことにはなぁ」
 そんなに離れてはいないとは思うが、雲の壁が幾つも立ち塞がって見通せない。ついでに天井も雲に塞がれていて、もっと上を飛ばれていたら見えないだろう。逆に下に居ないかな。そう思って洋一が下を見て、素っ頓狂な声をあげた。
「こ、こちらユウグレ三番。下に、下に敵が居ます!」
 灰色の海面をかき分けるように黒い影が連なっていた。高度が低いために船だと判るほどはっきりと見える。いきなり真上に出てしまったらしい。
「巡洋艦が先頭で、その次に戦艦が居て、あ、その後ろのは空母です!」
 その両脇を駆逐艦らしき小さめの船影が取り囲んでいる。
「違う、前のも戦艦だよ。ありゃ多分バイエルン級だ。後部マストの位置は〈バーデン〉っぽいな」
 軍艦に詳しい松岡が間違いを指摘してくれる。
「じゃあその後ろのは何だよ。一回り大きいぞ」
 大きさに差があるから前のは巡洋艦だと思ったのに。バイエルン級といえば欧州大戦以降のブランドルの顔とも云える戦艦だ。秋津で云えば〈長門〉に当たるふねなのに、それより大きいなんて。
「〈ビスマルク〉かな」
 綺羅の声はどこか嬉しそうだった。
「ええ、おそらくは」
 松岡の声には畏れに高揚が混じっていた。
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