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23 エピローグ
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空母〈翔覽〉
「ただいま戻りました」
疲れ切った声で、洋一と松岡は搭乗員控え室の扉を開けた。
「お帰り、遅かったじゃないか」
中に居た熊木一飛曹がこちらに振り返った。
「いやぁあちこち報告やらで忙しくって」
フェロー諸島に不時着してから起こった一連の事は思っていたよりも大事らしく、当事者である洋一たちは説明のために奔走していた。
「あと整備科にも頭下げてきました。夕食残ってますか?」
並ぶ机の上に二人分だけ食事が残されていた。洋一たちはそれにありついた。
「こっちも心配したよ。不時着を見送ってから母艦に戻ったらちょうど無線が入って」
池永中尉がこちらの様子を教えてくれた。
「まあでも、夜中に潜水艦で拾って貰うよりはずっと良かった」
当初の予定だと洋一たちは未だに島に居て寒さに震えながら潜水艦を待っていたのだろうか。そうならなくて本当に良かった。
ぬるくなった味噌汁で食事を流し込むと、ようやく人心地付いた。
「で、一体何が起こったんだ」
今度は搭乗員達から質問攻めになる。
「フェロー諸島の総督ねぇ」
「なんで不時着しただけでそんなややこしいことになるんだお前らは」
「それはこっちが訊きたいですよ」
松岡は食後のお茶を自分で入れながらぼやいた。
「おかげで帰ってきたらいろんなお偉いさんに根掘り葉掘り聞かれて。この後も報告書書かなきゃいけないし」
彼らの上司である綺羅様は今も司令部に報告らしい。書類作成も報告も洋一たちにとっては得意なことではなかった。飛行機に乗って闘うのとはまた別の疲れがある。
「そもそも高射砲のまぐれ当たりを食らったのがケチのつきはじめだし」
「そうだなぁ、あれは食らわなくていい弾だった。調子に乗って運が尽きたのかなぁ」
疲れからか、洋一は少し弱気になる。今まで五機も撃墜できたのも、たまたま運が良かっただけなのかもしれない。それが無くなってしまえば、流れ弾にも当たってしまうのだろうか。
「なにいってやがる」
成瀬一飛曹が後ろから頭を軽くはじいた。
「運の尽きた奴が海の真ん中でエンジン止めて海水浴せずに済むわけ無いだろ。まだまだお前らの運は残ってる」
「そうだよ。その上君たちが不時着した先がフェロー諸島だってのもこれから重要な意味を持つんだ。多分」
池永中尉が後を続ける。たしかにフェロー諸島の人々からすれば、彼らが不時着しなければこの大戦の中で忘れ去られた存在になるところだった。
「特に丹羽、お前にはやっぱり運が有る」
成瀬一飛曹の言葉に、池永中尉も、熊木一飛曹も、小暮二飛曹も、なぜか松岡も頷いていた。
「新米が半年で五機も墜として、高射砲の破片食らったと思ったら無事に不時着して、機体も身体も還ってこれた。やはりお前は何かに愛されている」
当人としてはひどい目に遭ってばかりな気もするが、外から見るとそうなのだろうか。
「でも、運頼みってのも良くないですよねぇ」
そういったところで、ふと洋一は熊木の右手に気がついた。包帯でぐるぐる巻きに膨らんでいる。
「熊木一飛曹、その手は? まさかさっきの出撃で食らったんじゃ」
熊木は右手を眼の前に持ち上げる。
「それだったらかっこよかったんだがなぁ」
そう云って熊木は肩をすくめた。
「防火扉に挟まれてなぁ。十日は操縦桿が握れないそうだ。今回は五体満足で還ってこれたかと思えばこれだ。やっぱりどうにもついていない」
そういえば、熊木一飛曹は洋一が知っている範囲でも二回負傷していた。
「こいつが俺の運命らしい。なんともしまらない話だが」
もはや笑うしかないとばかりに笑って見せた。
「まあだからこそ思うんだ。運ってのは、こればっかりは努力や訓練じゃどうにもならない。だからこそ大事にしなきゃならないんだって」
無事な方の左手で、熊木一飛曹は洋一の肩を叩いた。
「丹羽、お前には運がある。こいつは戦闘機乗りにとっちゃなんとしても欲しい力だ。どんなにお終いだと思っても、そいつを信じて、最後の最後まで足掻くんだ。そうすりゃ道は切り開かれる。今回みたいにな」
そういうものなのだろうか。
「だからその運、大切にするんだぞ」
当人にはよく判らない。しかし周りから見ればそれは得がたい資質なのだろうか。
「そんなものですかねぇ」
洋一は頭を掻いた。
「大体、運を大切にするってどうするんですか」
「そりゃあ、清く正しく、腕を怪我した上官にうまいつまみを作ってくれるとか」
とりあえず熊木は銀バエを要求した。
「今日は冷えるからな、温かいものがいいな」
先任の成瀬一飛曹も止めてくれない。というより妙な顔をしている。
「じゃあ酒はナルさんの秘蔵のってことで」
「しょうがないなぁ」
奇妙なやりとりに首をひねっていると、小暮二飛曹が小さい声で教えてくれた。
「熊木さんの手を挟んだの、成瀬さんなんだ」
ばつの悪そうな顔で先任は肩をすくめた。
「それじゃあ僕はこの辺で」
下士官のことに首を突っ込まない池永中尉はそそくさと退散する。ようするに誰も止めてくれる人は居なくなった。
「しょうがないですなぁ」
諦めて洋一は立ち上がり、食器を片すという躰で厨房へと向かうことにした。敵弾をくぐり抜けて、幸運にも生きて還っても、結局下っ端はこき使われる運命だった。
とはいえこうなるのではと思っていたので頭の中で考えてはいた。温かいものというと焼き物か、いやここは汁物だろう。野菜の余りで生姜をきかせた味噌煮なんか良いかもしれない。
それと、隊長にも一品持って行こう。この前好評だった汁粉とか。君のせいですごく寒くて疲れたよとか云いそうだから、少し砂糖は多めで。
まあ生きて還れたからこそ、こうして献立で悩むこともできる。食べる人間の表情を想像することも、それを実現させることもできる。
これも運のお陰なのかもしれない。それならば、まあ悪くない。
どこか楽しげに、洋一は厨房へと向かった。
蒼穹に紅 四の巻 完
「ただいま戻りました」
疲れ切った声で、洋一と松岡は搭乗員控え室の扉を開けた。
「お帰り、遅かったじゃないか」
中に居た熊木一飛曹がこちらに振り返った。
「いやぁあちこち報告やらで忙しくって」
フェロー諸島に不時着してから起こった一連の事は思っていたよりも大事らしく、当事者である洋一たちは説明のために奔走していた。
「あと整備科にも頭下げてきました。夕食残ってますか?」
並ぶ机の上に二人分だけ食事が残されていた。洋一たちはそれにありついた。
「こっちも心配したよ。不時着を見送ってから母艦に戻ったらちょうど無線が入って」
池永中尉がこちらの様子を教えてくれた。
「まあでも、夜中に潜水艦で拾って貰うよりはずっと良かった」
当初の予定だと洋一たちは未だに島に居て寒さに震えながら潜水艦を待っていたのだろうか。そうならなくて本当に良かった。
ぬるくなった味噌汁で食事を流し込むと、ようやく人心地付いた。
「で、一体何が起こったんだ」
今度は搭乗員達から質問攻めになる。
「フェロー諸島の総督ねぇ」
「なんで不時着しただけでそんなややこしいことになるんだお前らは」
「それはこっちが訊きたいですよ」
松岡は食後のお茶を自分で入れながらぼやいた。
「おかげで帰ってきたらいろんなお偉いさんに根掘り葉掘り聞かれて。この後も報告書書かなきゃいけないし」
彼らの上司である綺羅様は今も司令部に報告らしい。書類作成も報告も洋一たちにとっては得意なことではなかった。飛行機に乗って闘うのとはまた別の疲れがある。
「そもそも高射砲のまぐれ当たりを食らったのがケチのつきはじめだし」
「そうだなぁ、あれは食らわなくていい弾だった。調子に乗って運が尽きたのかなぁ」
疲れからか、洋一は少し弱気になる。今まで五機も撃墜できたのも、たまたま運が良かっただけなのかもしれない。それが無くなってしまえば、流れ弾にも当たってしまうのだろうか。
「なにいってやがる」
成瀬一飛曹が後ろから頭を軽くはじいた。
「運の尽きた奴が海の真ん中でエンジン止めて海水浴せずに済むわけ無いだろ。まだまだお前らの運は残ってる」
「そうだよ。その上君たちが不時着した先がフェロー諸島だってのもこれから重要な意味を持つんだ。多分」
池永中尉が後を続ける。たしかにフェロー諸島の人々からすれば、彼らが不時着しなければこの大戦の中で忘れ去られた存在になるところだった。
「特に丹羽、お前にはやっぱり運が有る」
成瀬一飛曹の言葉に、池永中尉も、熊木一飛曹も、小暮二飛曹も、なぜか松岡も頷いていた。
「新米が半年で五機も墜として、高射砲の破片食らったと思ったら無事に不時着して、機体も身体も還ってこれた。やはりお前は何かに愛されている」
当人としてはひどい目に遭ってばかりな気もするが、外から見るとそうなのだろうか。
「でも、運頼みってのも良くないですよねぇ」
そういったところで、ふと洋一は熊木の右手に気がついた。包帯でぐるぐる巻きに膨らんでいる。
「熊木一飛曹、その手は? まさかさっきの出撃で食らったんじゃ」
熊木は右手を眼の前に持ち上げる。
「それだったらかっこよかったんだがなぁ」
そう云って熊木は肩をすくめた。
「防火扉に挟まれてなぁ。十日は操縦桿が握れないそうだ。今回は五体満足で還ってこれたかと思えばこれだ。やっぱりどうにもついていない」
そういえば、熊木一飛曹は洋一が知っている範囲でも二回負傷していた。
「こいつが俺の運命らしい。なんともしまらない話だが」
もはや笑うしかないとばかりに笑って見せた。
「まあだからこそ思うんだ。運ってのは、こればっかりは努力や訓練じゃどうにもならない。だからこそ大事にしなきゃならないんだって」
無事な方の左手で、熊木一飛曹は洋一の肩を叩いた。
「丹羽、お前には運がある。こいつは戦闘機乗りにとっちゃなんとしても欲しい力だ。どんなにお終いだと思っても、そいつを信じて、最後の最後まで足掻くんだ。そうすりゃ道は切り開かれる。今回みたいにな」
そういうものなのだろうか。
「だからその運、大切にするんだぞ」
当人にはよく判らない。しかし周りから見ればそれは得がたい資質なのだろうか。
「そんなものですかねぇ」
洋一は頭を掻いた。
「大体、運を大切にするってどうするんですか」
「そりゃあ、清く正しく、腕を怪我した上官にうまいつまみを作ってくれるとか」
とりあえず熊木は銀バエを要求した。
「今日は冷えるからな、温かいものがいいな」
先任の成瀬一飛曹も止めてくれない。というより妙な顔をしている。
「じゃあ酒はナルさんの秘蔵のってことで」
「しょうがないなぁ」
奇妙なやりとりに首をひねっていると、小暮二飛曹が小さい声で教えてくれた。
「熊木さんの手を挟んだの、成瀬さんなんだ」
ばつの悪そうな顔で先任は肩をすくめた。
「それじゃあ僕はこの辺で」
下士官のことに首を突っ込まない池永中尉はそそくさと退散する。ようするに誰も止めてくれる人は居なくなった。
「しょうがないですなぁ」
諦めて洋一は立ち上がり、食器を片すという躰で厨房へと向かうことにした。敵弾をくぐり抜けて、幸運にも生きて還っても、結局下っ端はこき使われる運命だった。
とはいえこうなるのではと思っていたので頭の中で考えてはいた。温かいものというと焼き物か、いやここは汁物だろう。野菜の余りで生姜をきかせた味噌煮なんか良いかもしれない。
それと、隊長にも一品持って行こう。この前好評だった汁粉とか。君のせいですごく寒くて疲れたよとか云いそうだから、少し砂糖は多めで。
まあ生きて還れたからこそ、こうして献立で悩むこともできる。食べる人間の表情を想像することも、それを実現させることもできる。
これも運のお陰なのかもしれない。それならば、まあ悪くない。
どこか楽しげに、洋一は厨房へと向かった。
蒼穹に紅 四の巻 完
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