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湯煙は真実すら嘲笑う

#7

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 今夜は秋の収穫を祝う祭の最終日で、オランディが一番賑わう日と言って間違いはありません。
 どの都市でも様々な催し物が行われておりますし、王都の各店舗では特別な商品が売られています。
 商品は実質的な物だけではなく、見世物や遊戯などを提供している場合も多いです。

「よくもあん時は買い占めてくれたなぁ! 一週間も店閉じたんだぞ、ちゃんと使ってんだろうなぁ!?」
「うるせぇ、絶ってぇ食いきれえねぇ量注文しやがって! もったいねぇし、大変だったんだぞ!」

 サラマン温泉では高い吹き抜けのある一番広い浴場を改装、遊技場にしたようで、相当な盛り上がりを見せています。
 参加されているお客様達は特殊な靴を履き、水鉄砲を手にしています。

「随分スカートが重そうねぇ? お下品なズボン履いて出直して来な!」
「ハッ、淑女たるものこの程度でやられる訳ねぇだろ!」

 今年はボリュームのある華やかなドレスを身につけた方が多いですから、遠目から見れば会場は華やかに見えます。
 しかしやっている事は舞踏会などではなく、水鉄砲による攻防戦です。

「凍る大理石、嘲笑うカラス、お祭り騒ぎのグリフォン、だったか」
「お高い月と草陰の蟷螂、消える時計と散る蓮花! も追加しろよ」
「祭好きとは聞いていたが、いつもこうなのか?」

 私達は攻防戦の会場が見下ろせる回廊に設置されたテーブルセットに腰掛けており、復活して着替えたルスランから疑問が発せられます。
 ルスランの先に言ったものは、それぞれの国民性を表している一節です。

「今年はリュンヌの貴族にな思いした人多いですからねー、人気ですよアレ」
「一昨日やってきたぞ、面白いよなアレ! 三十分で動けなくなったら負けなんだよな!」
「みたいだね、友達が『止まってると狙い撃ちされる』って言ってたよ」
「そーなんだよ。それで風呂入ってユカタで部屋帰ったんだけど、次の日服洗濯されて返ってきたぞ。泊まってる奴みんなやってんじゃないか? ルスラン以外」

 ルスランは階下に視線を向けたままですが、それほど興味もなさそうです。
 それだけではなく、ここへ来るまでの間ずっと不機嫌なようです。
 はぐらかすつもりだった詳細を全てメル様に暴かれてしまったからだとは思いますが、そもそもはぐらかす事が問題です。

「ガラノフ見つかったけど暇だよなぁ~、アイツさっきから動かねぇし」

 私達、というよりジョーティとメル様の二人は回廊に着いてすぐにガラノフ様を発見し、不自然では無い位置で様子を観察しています。
 ガラノフ様は手の甲に頬を乗せ、少し俯いたまま動こうとしません。

「待ち合わせの人待ってるんですかね、もっと静かなとこにすれば良いのに」

 メル様が離れた位置にいるガラノフ様な方を見ながら仰いますが、それを鼻で笑うかのようにしてルスランが言います。

「君、僕のことは良く分かるくせに、アイツらの事は分かんないのか」

 メル様が口を尖らせます。
 先程のやりとりへの八つ当たりでしょうか、そんな言い方をせずに教えて差し上げれば良いと思います。

「メル様、おそらくガラノフ様の背後の方が待ち合わせの相手です」
「背後……あっ、あの青い服の人ですか?」
「先程から口元を隠していますし、片手がテーブルの下にあるのは何かを渡すか受け取る為でしょう」
「階下が見える席なのに見ない、そんな奴らが背中合わせでほとんど動かず座ってるのは不自然だ」

 顔を階下からメル様へ向け、口角を上げ意地の悪い笑みを薄く浮かべます。
 仮面を付けていても高慢な雰囲気を出せるのは、ある意味すごいとも思います。

「それで? あの二人が別れたらどっちを追うつもりだ?」

 私の方へ顔を向けて聞いてきますが、そもそもあなたの仕事だと言いたいのをこらえます。

「ジョーティとルスランがガラノフ様、私とメル様が青い衣装の方が良いでしょう」
だね、なんで僕がジョーティと一緒なんだ」
「ではメル様とルスランがガラノフ様、私とジョーティが」
「僕と君が青い奴で良いだろ」

 何を言うかと思えば、良いわけがありません。

「メル様はヴァローナの言葉を話せませんし、ジョーティはオランディの言葉を話せません。それにこの四人で力が強いのは私とルスランです、取り押さえる可能性を考えると私とルスランは別の方が良いと思います」
「何言ってるんだ? ソイツさっきから……」

 怪訝な顔でメル様を見たルスランの動きが止まります。

「なんで連れて来たのかと思ってたら」

 ルスランは深く長いため息をつき、大袈裟に肩を竦めてみせます。

「じゃあ、僕とジョーティがガラノフで構わない」

 ……色々、言いたいことはありますが、とりあえずこれで良いでしょう。
 メル様とジョーティは階下を見て楽しんでいます。
 この後の方針も決まりましたし、しばらくはここでお茶を楽しむのも悪くないかもしれません。

​───────

 ガラノフ様が席を立ち、その後を二人が追いかけてから少し経ちます。
 買ってきた飲み物が減ってきていますが、新しい物を買いに行くために席を立つに立てないでいます。

「今さらですけど、ジョーティ君ってすごいですね。あの人、変装してたんですよね?」
「はい、私の覚えている特徴のほとんどは分からない姿でした」
「へぇ! それなのにすぐ見つけられたのも術なんですか?」

 ジョーティとメル様の二人があっさりと見つけてしまったのには、私とルスランは呆気に取られてしまいました。
 メル様も素晴らしいと思いますが、本人は自覚がないご様子です。

「詳しくは知りませんが、彼が使える特殊な手段だそうです」
「へぇ~、あんなに小さいのにちゃんと勉強してるんですね」

 師匠もジョーティも「サトリの目」と言い、オランディの辺境から王都に住む私の元へ一人で来れたのもそのお陰でしょう。
 詳しい事は分かりませんが、術式とはまた違うものかとは思います。

「そうですね」

 とはいえ、ジョーティが術式の勉強をしているのも本当の事です。

「僕もいくつか覚えたんですけど、ジョーティ君が言ってた転移はあの図鑑に載ってなかったし、どうやるのか分からないです」
「あれは少し特殊で難しい術式ですが、メル様なら一度見たら分かるのではないでしょうか」

 こんな人の多い場所で術式の話をするのは適切とは言い難いですが、階下が盛り上がりで会話が周囲に聞こえる事は無いでしょう。
 最近メル様も勉強なさっていると聞いておりますから、興味があるのかと思います。

「特殊って、どんな風にですか?」
「術式を扱う方が最初から扱える術が何かによって効果の現れ方が違うと言いますか……術式によってはそれが顕著に現れます」
「効果の現れ方って、そんなのもあるんですね」
「ジョーティはフィアンマを扱いますから、幻術なども私のそれとは大きく違うものになるでしょう」

 こんな話をしながらも、青い衣装の方を不自然では無い程度に観察しています。
 私達は彼の背後に座っているため、彼に気付かれる事もないでしょう。

「そう言えばキーノスさん」
「はい」
「なんでルスランさんとジョーティ君には『様』って付けないんですか?」
「ルスランは同僚でしたし、ジョーティは弟弟子ですから」

 ガラノフ様はカジノでのお客様ですし、慣れてしまった呼び方で呼ぶのは私の悪い癖かもしれません。
 私の発言を受けて、メル様が私の方へ顔を向けます。
 何か仰るおつもりだったのかもしれませんが、私達が観察していたテーブルに変化がありました。

「メル様、あちらのテーブルに誰かいらっしゃったようです」

 メル様も青い服の方へ意識を向けます。
 彼の元へ華やかな衣装を身につけた人物が訪れ、軽く挨拶をした後で座りました。

 それだけなら新しい待ち合わせの相手が現れただけですが、問題はお相手の衣装です。
 オレンジと黄色の羽装飾が全身に施され、仮面は水色と黒というなんとも派手な出で立ちです。

「あれ、去年ビャンコさんが着てた奴じゃないですか?」

 同一の衣装が早々あるとは思えませんし、身長もビャンコ様と同じくらいのように思えます。

「ご本人に見えますね、この位置では間違いなくとは言い難いですが」
「ビャンコさんが怪しい裏取引してた男と会うなんて……もしかして、国を巻き込んだ陰謀ですか!?」
「いえ、流石にそれは」

 ないとは思いますが、この状況で彼が現れたのには何かあるように思えます。
 この後青い衣装の方の後を追う予定でしたが、ビャンコ様らしき方も気になります。

「うーん、どうします? ビャンコさんっぽい人に話しかけた方が良いですかね?」
「ビャンコ様かどうかの確証だけ欲しいですが、青い衣装の方を優先した方が良いかと思います」
「はい、じゃあビャンコさんは任せてください!」

 メル様が笑顔で答えてくださいます。
 今日たまたま同行していただけただけでしたが、この偶然に助けられています。
 少しだけメル様を置いていったご友人にも感謝してしまいたくなります。

 しばらくしてビャンコ様らしき方が立ち上がり、どこかへと去ろうとしています。
 メル様は私に小さく会釈をしてから、ビャンコ様の後へと小走りで向かって行きました。
 私も青い衣装の方に接触してみる事にしましょう、彼はガラノフ様とどういう関係なのでしょうか。
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