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湯煙は真実すら嘲笑う

#3

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 夜も深け、日付も変わったこの時刻。
 ご来店されていたお客様もお帰りになり、今は一人で店の中で過ごしています。
 一通りの片付けを終え、休憩を兼ねて調理場横の倉庫で一服しております。
 店の構造上、ここなら外の階段の足音が聞こえるため、仮にご来店があったとしてもすぐに対応できます。

 今日は初めてご来店されたお客様が数組いらっしゃったのもあり、少し忙しかったように思います。
 対応などに問題がなかったか反省をしつつ、少し気を抜いていた時。
 階段を降りてくる足音が聞こえます。
 私はタバコを灰皿に押し付け、急ぎ店内へと戻ります。

「はぁ~、疲れたぁ。アツカンとメカブちょうだい」
「いらっしゃいませビャンコ様」

 店内に戻るのとほぼ同じ時にビャンコ様から声がかかります。
 最近では珍しく、職場で着用されているローブを身につけていらっしゃいます。

「あ、看板閉じて貰っていい? 最近観光の人多いから一応」
「承知いたしました」

 ビャンコ様と入れ替わるように扉を抜け、階段を登り看板をCHIUSO閉店中に切り替え、店の前に幻術をかけます。
 店内へ戻ると楽な服装になったビャンコ様がカウンターに腰かけておりました。

「最近では珍しいですね、何かありましたか?」
「さっきまでめんどくさーい奴と話してたんよ、仕事で。庁舎の人じゃないから気ぃ抜けんし、そのままで来たん」
「お疲れ様です」

 タオルと水をお渡ししながら労いの言葉をかけます。
 珍しく参っているのか、表情が優れません。
 取り急ぎご注文の品をお出しするのが良さそうです。


 一息つけたのか、先程までの険しい表情が緩んだように見えます。
 その間聞いたお話によれば、つい先程まで例の女性に関する調査をされていたそうです。

「では例の女性が名前をご存知だった理由が分かったのですか?」
「一応ねぇ」

 メカブを文字通りつまみながらのお話はほとんど愚痴に近いものですが、この時刻までお仕事をなさっていたのならお気持ちは察します。

「アイツ、あのお茶会の参加者が誰か知りたかったみたいで、貴族の奴らから招待状を受け取ったのが誰かわざわざ情報買ったんだと。よくやるわ」
「招待状全てですか?」
「そ。本当に参加した人数の数倍いたから、アレ全部把握してんなら噂にもなるよなぁ」
「確かにその通りかと思います」

 ビャンコ様はテーブルに頬杖をつき、空いた手でメカブを弄びながら短いため息をつきます。

「売ったのが小鳥屋ネゴツェロ・ディ・ウッチェロとかいう情報屋でさ、探すの苦労したわー」
「その方もよくご存知でしたね」
「ねー。立派な商品になんだってさ、よく調べたなぁホント」

 ここまで話して、つまんでいたメカブを口に放ります。
 もし招待状基準で探していたのなら、謎の一つは解けます。

「それで私の名前はご存知なかったのですね」
「だね、あのお茶会の参加者で貴族からの招待状受け取ってないのキーちゃんとドゥイリオさんの二人だけだったんよ。で、ドゥイリオさんは少し調べれば貴族がよく通ってたの知られてるし、名前もすぐ分かるし」
「そうかもしれませんね」
「だからしばらくドゥイリオさんのお店張ってたんだってさ、その情報屋。よく来る客で銀髪って条件で」

 確かにその条件に当てはまるのは私くらいしかいないかもしれません。
 流れは分かりましたが、かなり手の込んだ事をなさっていたようです。

「まぁ、ここまでは何とか分かったんだけどさ」

 今お伺いした内容だけでも調査としては充分な成果のように思えますが、まだ気がかりな事があるご様子です。
 オチョコの中のお酒を一気にあおり、テーブルにオチョコを置きます。

「それだとシオさんの名前が分かった理由にならんのよね」

 言ったあとで両手で頬杖をつき、長いため息をつきます。
 落ち込んでいらっしゃるようですが、その答えだけなら私が持っています。

「それなら先日占い師の方がご来店され、彼がマリエッタ様に伝えたと聞きました」
「え、え? そーなん?」

 ビャンコ様が頬杖から顔を離します、驚かれるのも無理は無いかもしれません。

「占い師の方は名前くらいならお伝えしても問題ないとお考えになったそうで、聞かれたままお答えにたと先日仰っておりました」
「えー、ちょっと待って? 詳しく教えて」

 頬杖をついていた腕をテーブルにつけ、少し真剣な表情をなさいます。
 まだお仕事の気分が抜けきってはいらっしゃらないようです。


「なるほどねー。確かにシオさんの事よく知らなきゃ、名前くらいすぐ分かるしいっか! って思うか」
「それまでの質問から考えたら、かなり軽度な内容に思えたのも大きいと思います」
「確かに。国の宰相と仲良くなりたい~から始まるもんね」

 仮にも王国ですから、宰相がいたとしてもおかしくないとお考えになったのでしょう。
 オランディに関して調べていたら、エルミーニ様にもっと早く辿り着いていたかもしれません。

「そうなると、占い師に言わないで欲しいかも言っとかないとダメなんね」
「そうなりますね」
「怖い占いだなぁ、その紙盗み見すれば色々すぐバレるね」
「実際に私の書いた紙を見せていただきましたが、書いた記憶がない箇所もございました」

 ビャンコ様は腕を組んで首を捻ります。

「あとそのチルネって、多分オレに毒の飴食べさせた子だよね?」
「おそらくは」
「あの子が獣人ライカンスロープ? なその姉のアイツも獣人ライカンスロープって事?」
「チルネ様に関しては人から犬に変わるところを拝見しております」
「人から犬? 逆じゃなくて?」
「使われていた術式が魔獣の魔力で行使されるものでしたので、魔力がない状態では元の姿に戻られるのかと思いましたが」

 自分で言いながらおかしな事を言っている事に気付きます。
 隷属されている状態が元の姿なら、チルネ様は元々人間だった事になります。

「じゃあ人が獣人ライカンスロープになったって事だよね」
「そうなりますね」
「ならアイツは普通の人でもおかしくはないか。そのチルネって子、事故か魔獣の混血か、なんか理由があって獣人ライカンスロープになったんだろうね」

 後天的な獣人ライカンスロープの例ということでしょうか。
 詳しい事は分かりませんが、ビャンコ様が仰るならそうなのでしょう。

「んー、来て良かった! 名前の謎やっと解けたわ」
「それは何よりです」
「さっきまで情報屋の奴と話してたんだけどさ、なんか話し方がめんどくさくて聞き出すの大変だったんよ」

 深く長いため息をついた後で、メカブを口に放ります。

「なんかいちいちさ『局長様ぁ~が? 気になさるのはぁ~?』って、さっさと言えよって言いかけたわ」
「変わった方ですね」
「てか変人だよあんなん! 大道芸やってんなら分かるけどさ、庁舎の会議室でずぅーっとあの調子。見てんのオレと騎士が一人なのに」

 空になったオチョコにトックリから酒を注ぎ、トックリを置いてからまた長いため息をつきます。

「情報料出すから話せっつってんのに『お代はぁ~けぇっこぉ~う』じゃねぇっての! その代わりキーちゃんに会わせろってさ」
「私ですか?」
「色々言ってたけど、モウカハナここで働いてるのもドゥイリオさんとこによく通ってるのも分かってんのに、当の本人とは全然会えないのとかなんとか、心当たりある?」

 ビャンコ様が真似されている話し方をされる人物、一人だけ心当たりがあります。
 似た別の方と考えるより同一人物の可能性の方が高いでしょう。
 私はサラマン温泉での出来事と、ユーハン様に占っていただいた内容を合わせてお話しました。

「え、何それ恐っ」
「あれ以来一度も遭遇しておりませんが、店に入れないのは私に悪意があるからでしょう」
「あ、結界ね。情報通りにここに来てもバーなんて無い! って言ってたからそうだろうね」
「私に悪意を持って会いに来ようとしているのは分かるのですが、その悪意はどういうものなのかまでは分かりません」

 情報屋が私の素性を暴きたいという事でしょうか、やはりそのような事をされる理由に心当たりがありません。

「何だったか、えーと? 銀のアネモネだか、春先にヴァローナにいたオランディの誰かだったか、お茶会で倒れたのは誰か~だっけ? なんか色々言ってたな」

 またあの本の話ですか、と思いましたが、ヴァローナの話が出るなら一概にそうとも言えません。

「あとカジノのディーラーで、雷男の関係者で、組み伏せたり~? どこまで調べてたんだろアイツ」
「組み伏せる、と仰ったのですか?」
「うん、まぁキーちゃんなら余裕だよね」

 カジノ、師匠、組み伏せる、どれもある人物を指しているように思います。

「何故探しているのか聞きましたか?」
「えーと……銀のアネモネの正体だ、とかヴァローナのカジノのディーラーと特徴が同じ、だったっけ? 色んな理由がありそうだったよ」
「あのカジノも関係してるのですか」

 ビャンコ様は少し冷めたアツカン口にし、少し上目遣いでこちらを見ます。

「だからあの吸血鬼ヴァンピーロも関係してそうだなーとか思ってるけど、最近会った?」

 なるほど、ビャンコ様の持っている情報を合わせると関連が見えて来るのも不思議ではありません。

「私も知ったのは最近の事ですので、詳しくはルスランから聞くのが良いとは思いますが」

 私は新しく用意したコップに水を注ぎ、ビャンコ様にお出しします。
 久しぶりに今夜は、少しだけ長い夜になりそうです。
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