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海辺の桜が夜に舞う

#3

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 冬の気配が一番濃い季節となり、今日は朝から雪が降っています。
 窓の外に重なる白い雪は、部屋にいる不機嫌なリィをより美しいものに見せます。

『アタイを活用出来るようになるまで許さないからね!』
「過信していたのは認めますが、助けを求める機会がなかったのもご理解いただけませんか?」
『キー君はもっとアタイ達をどうするか考えて欲しいのさ!』
「一緒に居て下さるだけ、私には幸せな存在です」
『そ、そういう……それでほだそうだなんて甘いよ!』
「本当の事です」

 リィとこのやりとりをするのはもう何度目でしょうか。
 最近は室内で影の中には入らず、寒い窓の近くで寝そべる事が増えました。
 私が座れば必ず膝の上に乗りますが、それ以外は部屋の中で一番冷える場所にいるため心配になります。

「活用など、普段の生活では特に困る事も思いつきません」
『そうさね、例えば何か知りたい事とかないかい? 猫伝で調べる事もできるさ』
「それなら何かあるかもしれませんが」
『ハッ、何かかい。やっぱりアタイを活用しないじゃないかい』
「いえ、本当にそんなつもりはないのですよ」

 リィの機嫌を直してもらうには、何かお願いをしないといけないようです。
 意地になっているのか、時折読んでいる本の上に乗ってくる事もあり少々困ってはいます。

『主君、僭越ながら……』

 フィルマが遠慮がちに話しかけてきます。

『私めもその猫と同じように思います、もっと我らを活用して頂きたく存じます』
「居てくださるだけでも助かっております」

 事実お二方のお陰で、師匠のカラスを身近に置かずに済んでいます。

『我らは主君の助けになりたいのです、簡単な用事などでもお申しつけ下さった方が幸せに思います』
「例えばどのようなものでしょうか?」
『あの貴族らの弱みなどを探る事も出来ますぞ』

 それはフィルマに悪事を頼むようで心苦しいです。
 しかし何かを探るというのであれば、気になる事が無いわけではありません。

「それならお二方に一つ調べて頂きたい事があるのですが、お願いできますか?」
『勿論でございます!』
「いや、やはり止めておきま」
『なんだい? 教えないと次からは膝じゃなくて頭に乗るよ!』
「せめて晴れた日にと」
『ならばそのように命じて頂ければ!』

 なるほど、それも指定すれば良いのですね。
 あとは防寒になる術を掛ければ良いかもしれません。

「では……雪のない日という条件で、ルネ様というミヌレ家の奴隷に関して調べていただけますか?」
『奴隷? 嫌な言い方さね』
「文字通り奴隷です、隷属させる術を掛けているそうです」
『っはー、悪趣味な! でもあっちの国に術士なんざいないだろう? どうやって掛けてるんだい?』
「推測にしかなりませんが、恐らく術式を刻む道具があるのかと思います。それを隷属させた魔獣に使わせているのではないでしょうか」
『……アタイ、キー君と契約できて本当に良かったさ』
「ありがとうございます」
『ま、トラオ辺りにも一応聞いてみるかね』

 そう言えば、以前からもう一つ気になっている事があります。

「リィは何故ビャンコ様をトラオという名で呼ぶのですか?」
『え? あぁ、アイツがサッちゃんに昔白虎ビャッコて呼ばれてたからね。オランディの言葉で言うなら白いティグレさ、アタイの先祖の言葉でティグレはトラって言うのさ』
「では、ビャンコ様というのは名付けられたものなのですか?」
『そうさね、元々の名前はアタイも知らないね』

 師匠の話はどうやら本当なのかもしれません。

「その話を知っているのはリィだけですか?」
『あとそこの鳥と猫達さね』
「一応、他の方には広めないようにお願いできますか? それも雪のない日に」
『構わないよ! でもなんで雪のない日なんだい?』
「お二方に寒い思いをして頂きたくないので」
『ほ、ほだされないからね!』

 別にそのつもりはありませんが、無理をさせてまでお二方に何かを頼むつもりはありません。

「出かける前はお声がけをお願いします、防寒できる術をおかけします」
『そういうのもいらないってばさ』
「私がそうしたいからですが、いけませんか?」
『……ポンコツとは、トラオもよく言ったもんさ』

 その単語がリィから出るとは思わず少し驚きます。

『ま、良いさ? 今日は大人しくしてるさ。キー君からの初任務、すぐこなしてやるから待ってな!』
「基本は室内で暖かくしてください、せっかく会話出来る時間も増えたのですから」

 魔力の保有量が増えて一番良かったと思ったのは、リィとフィルマと話せる時間を多く持てるようになった事です。

『主君……その私めが言うのは違うと思いますが、増えた魔力の使い道は他にもあるように思いますが』
「そう言われましても、これが一番です」

 お二方とはもっと色々話したい事があります。
 フィルマはどうして鬼に仕えるのが名誉と考えているのか、またリィはいつから私といたのか。
 そのためには、まずはお二方の信頼を得ることが優先のようです。

​───────

「今週辺りにミヌレの関係者が護送される予定だよ」
「護送だなんて優しいわよね、殿下ってば」
「そうでもないよ、オランディから永久追放だし」
「ユメノ以来ね、そういうの」
「彼女は辺境で労働の予定だったからもう少しマシだよ」

 開店して二時間ほど経った今、カーラ様とカズロ様のお二人がお店にいます。
 お食事先程済まされ、今はアツカンをお召し上がりになっています。

「でも、ビャンコさん軟禁なんて事にしたのに追放だけなんて!」
「いや他にもたくさん制約あるよ、今回の追放」
「制約? 追放以外に何かあるの?」

 カズロ様がオチョコを傾け、中のお酒を飲み干します。

「オランディとミヌレ家の関係者は、今後輸出入も含めた外交が禁止になったんだよ」

 カーラ様がトックリを持ち、カズロ様のオチョコにお酒を注ぎます。

「それが何か大変なの?」
「オランディからするとミヌレ家の扱ってる品が無くても別に困らないけど、ミヌレ家はオランディ産のリーソとか果物が輸入出来なくなるんだ」
「オランディの果物って……レモンリモーネとかオレンジアランチョーネ?」
「そうそう」

 確かにオランディは元々柑橘類と魚類を輸出して生活していた土地です。
 栽培地域の拡大をしたのは、オランディの発展に合わせて輸出国が増えたからと聞きました。

「でもミヌレ家だけでしょ? 他の人達が輸入してそれを買えば良いんじゃない?」
「そうすると輸入して買うよりかなり高くなるでしょ? オランディのドライフルーツフルッタセッカは人気だしね」
「まぁそうだけど、お金持ちなんでしょ? そのくらい大丈夫じゃないかしら?」

 カーラ様の仰る通りかと思います。
 入手が難しくなるだけかと思います。

「まぁこっちからの輸出は大したことないけど、あっちからの輸出の制限は相当困るはずだよ」
「リュンヌなら石か害獣の素材ね、距離のせいで生物ナマモノは無理なのよね」
「そうそう。ミヌレ家の人達は鉱石を卸してるんだけど、今後はマルモワからの輸入増えて困らなくなるしね」
「関税安くなったものね、質も良いし」
「今回彼らがオランディに来た理由の一つがそれで、マルモワから鉱石の輸入が増えると一番困るのはミヌレ家の人なんだよ」
「じゃあ……」

 話しながら今度はカーラ様が自分のオチョコにトックリを傾けます。

「マルモワからの輸入に制限掛けさせようとしたのに逆に制限付けられたら、かなり困ると思うよ」
「あの、まさか最初からそこまで計算してたの?」
「今回のお茶会の件が無かったら何も無かったとは思うよ、エルミー……外務局長は追い出したかっただけみたいだし」
「なんかおバカなお貴族様たちねぇ、なんでお茶会なんて開きたかったのかしら?」

 帝国貴族としては術士を炙り出すのが目的で、ビャンコ様は私を使って毒の正体を暴くためでしょう。
 どちらも少々やりすぎな印象が拭えません。

「マルモワの話が済んでも帰らなかったし、局長軟禁してまでやろうとしたからそれだけやりたかったんじゃないかな」
「お貴族様って怖いわね、そこまでしてお茶会するなんて」

 私が考える内容とは違いますが、間違ってはいないかと思います。

「もう、国の宝が二つも失われる危機だったのよ? もうお貴族様自体出禁にしましょうよ!」
「ボイヤー侯爵は良い人みたいだよ」
「シアンさんは……まぁ美人だけど」
「会ったことあるの?」
「えぇ、ここで会ったわよ」

 結局あれから一度もご来店されておりません。
 しかし日中ドゥイリオ様のお店ではお会いするので、夜出歩くのが難しいだけなのでしょう。

「でも……うーん、考え方はやっぱりお貴族様だとは思ったわ」
「そうなんだ」
「あ、そう言えばシアンさんの婚約者の女はどうなったの?」
「ミヌレ家のご令嬢だっけ? 捕まってるんじゃない?」
「見てないの?」
「直接関わりないからね」
「そうなの? あのコすごくユメノにそっくりよ! ワタシの店に来てメルにずーっとくっつこうとしてて!」
「え、え?」
「お貴族様が帰国する前に一回見といた方が良いわよ、びっくりするから!」
「……いや、いいよ別に」

 お茶会の直後に捕まっているはずなので、メル様とは最後にお会いすることなく帰国なさることになりそうですね。
 招待状を受け取った時のご様子を思い出し、このまま何事もなく帰国なさる事を期待します。
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