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海辺の桜が夜に舞う

#2

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 あの事件から数日。
 まだまだ寒い日が続きますが、私は帝国の方々が来る前の生活に戻っています。
 交流会という名のお茶会で私が気絶してしまったせいで、私が術士と一番知られたくない方々に知られてしまいました。
 今更術の使用を控えたところで何にもなりません。

「悪かったとは思ってるんよ? でも魔力量増えたから良いでしょ」

 ビャンコ様が気軽に仰います。
 本日は昼過ぎから演習場に来ています。
 今の時間なら誰もいないため、使用させていただく許可が得られたそうです。

「毒矢に使われるラーナをご存知ですか? とても華やかな色合いだそうです」
「へー凄いね」
「その毒を取り入れても一瞬で気絶はしない私を倒すとは、かなりの猛毒かと思います」
「魔力増やすって大変なんね」

 他に言うことは無いのでしょうか。
 ここを問い詰めても何にもならなそうです。

「で、魔力量確認できる方法ってキーちゃんなら何?」
「幻術の連続使用でしょうか」
「じゃあそれやってみようよ!」
「ここではなくても良いのですが」
「ここでも良いじゃん! さ、出して!」

 出して、じゃありませんよ。
 と言いたいのを飲み込みます。

 魔力量が増えたと単純に仰いますが、保有の総量が増えたのか出力が増えたのかでは意味合いが大きく違います。
 まずは出力を試してみましょう、変化カンビャメントよりフィアンマで小さな火を出してみる方が良さそうです。

 ーーパチンッ

 指を鳴らし、その指先に火を点します。
 以前と変わりないですね、調整は必要無さそうです。
 次は威力ですが、このまま魔力を上乗せして炎の出力を上げてみます。
 大体人の頭程度の大きさまで大きくなりますね、ここも以前と変わりないです。
 火を元の大きさに戻してからタバコを取り出し、火をつけてから指の上の火を消します。

「何してんの?」
「出力や威力が変わったのか調べてました」
「あ、そゆことね。オレもやってみようかな」
「演習場に害のない方法でお願いします」
「んー……それなら」

 ビャンコ様が小さく口笛を吹きます。
 すると私達から数メートル離れた場所に高さ半メートルほどの氷塊が出現します。

「お、オレも変わってなさそう。じゃあ……」

 ビャンコ様が手の平を上に向け腕を伸ばし、男性にしてはやや高音の声で歌います。


 こういう姿だけを見ると本当に神話の一幕です。

 歌に合わせて氷塊が大きくなっていきます。
 その速度はゆるやかな物でしたが、それを見たビャンコ様が一気に声量を上げます。
 すると大きな音がして、私たちのいる方向と逆側に氷塊が一気に拡大します。

 ビャンコ様は歌うのを止め、私と共に氷塊の横に回り込んで大きさの確認をします。

「うん、オレも変わらんね」

 大体三十メートルはありそうですね。
 この大きさになる魔力で炎を出したのですから、あの時私とサチ様が無事だったのは幸運だったのかもしれません。
 それから鋭く口笛を吹いて氷塊を消します。

 私はタバコの火を消し、ポケットの中にある灰皿に吸殻を入れます。
 魔力が回復しましたので、幻術の花を生み出し続けようと思います。
 ハーロルトの前でやった時の事を考えれば、五分もあれば途切れるはずです。


「……まだ?」
「もうそろそろです」

 十分を過ぎましたがもう少し出せそうです。
 これはかなり増えているようです。

「しっかし、ホントカッコイイね」
「何がです?」
「キーちゃん!」
「はい」

 少し眠さが来ており、そろそろ出している花が途切れそうです。

「今の呼んだんじゃなくて」
「ようやく途切れそうです」

 そう言った少し後に花は出なくなりました。

「お、どう? 増えてた?」
「以前の倍ほど増えております」
「倍! 凄いね!」

 否定はできません、可能な事がかなり変わります。

「じゃ、オレはあの留学生と同じかちょっと多いくらいだと思うからー」

 そう言って再び歌いだします。
 すると演習場の一部に氷柱が延々降り注ぎ、当たった氷柱同士が割れて消えていきます。
 さっきとは違い歌の曲調と声量が勇ましく、氷柱はケータ様のものより一回り大きいです。
 激しい破砕音が演習場に鳴り響きます。


 それからしばらくして、氷柱が百を超えた頃氷柱の雨は止みました。
 やっと尽きたようです。

「あはっ、つーきたー!」

 先程から気になってはいましたが、ビャンコ様がいつにも増して楽しそうです。
 そう言いながらくるくると回り、そのまま地面に仰向けに倒れて笑い続けます。

「ははっ! すごいすごい!」

 楽しそうで何よりです。
 とはいえ一度正気に戻すべきかと思いますので、彼に魔力回復の飴を見せてそれを食べさせます。
 しばらく転がっていましたが、飴が溶け始めた頃には動きを止めて上体を起こし、舐めきる頃には立ち上がって下さいました。

「いかがですか?」
「今笑ってたの、誰にも言っちゃダメだからね」
「それなら最初から誘わないでください」
「魔力切れた後どーすんの、そんな事情分かるのキーちゃんしかいないでしょ」
「……それで、増えてましたか?」
「増えてると思うよ、オレの場合は二割増くらい」

 個人差か摂取量で違うようですが、どちらにせよかなり増えてますね。

「一時的なものか気になりますね、来月辺りにもう一度調べてみようかと思います」
「オレも気になるけど、魔力尽きるのはなぁ……」
「何か問題でも?」
「いや、うーん」

 何かを気になさってるのか、珍しく歯切れが悪い物言いです。

「キーちゃん魔力切れても変わらんかったね」
「眠くなりますが、耐えられないほどではありません」
「あの雷男は?」
「関節が痛くなるそうです」
「留学生は息切れしてたね」
「そうですね、運動量から考えると不自然でした」
「うーん、やっぱ楽しくなるのオレくらいかな」
「メル様に関しては分かりませんが、楽しくはならないかと思います」

 歌の調子が楽しそうな物になってきた辺りで表情を確認したら、満面の笑みを浮かべていたため内心かなり驚きました。

「キーちゃんその魔力量でよく留学生相手にあれだけポンポン花出したね」
「あぁ、実際のところ模擬戦の直前辺りで半分以下にはなってました」
「え」
「元々術で直接攻撃する事はしませんので、帰りのカラスが出せれば充分と考えておりました」

 ケータ様の氷柱が残っていたため途中でやり方を変えたに過ぎません。
 私の言葉に小さく首を傾げたあと、ふーんと小さな声で仰います。

「とりあえず実験はこれで良さそうだね」
「そうですね。しかし保有の総量が増えるとは言え、二日も気を失うとなると手を出すべきではありませんね」
「そだね、もうちょっと調べてはみたいけど……」

 確かに調査は必要かと思います。
 今回は無事で済んでますが、次も大丈夫とは限りません。
 何かしら対策は考えておいた方が良いでしょう。

「ビャンコ様」
「なに?」
「私が言うべき話ではありませんが、差し出されたまま何かを口にするのは控えた方が良いかと思います」

 落ち着けるためとはいえ飴を差し出した私が言うのは違うように思いますが、今回の事件の発端は彼が迷子からもらった飴を食べたことから始まっています。

「いーや、多分キーちゃんでもあの時食べたと思うよ?」
「現状立てられる対策として一番簡単なものかと思います」
「そうかもしれんけど、どの道あの飴変な味するからもう食べたくないんよね」
「そうだったのですか?」

 私が飲んだ紅茶と同じ味なら、甘い物を好まない私でも美味しく感じました。
 味覚にも個人差があるのでしょうか。

「なんか煮詰めた濃すぎるコーヒーみたいというか」
「それはそれで美味しそうですが」
「あの紅茶もそんなんだったでしょ?」
「いえ、紅茶の味がしたので違うかと思います」

 ビャンコ様が地面に腰を下ろしたので、それに合わせて私も腰を下ろします。

「そういやミケさんは味がしないって言ってたっけ、なのになんで角砂糖と飴?」
「他に参加された方は何か言ってなかったのですか?」
「とにかく直前の紅茶が濃すぎたって言ってたね、角砂糖の味はあんま聞いてないかも」

 確かに紅茶はかなり渋く煮詰められた物のように感じましたが、角砂糖が甘いものとお考えになった方は居ないようです。

「まー味が分かっても食べないと分かんないからどうしようもないか」
「そうですね」

 仰る通りですが、味覚に個人差が出るのは気になります。

「演習場まだ借りれるけどどうする? 手合わせでもする?」

 ビャンコ様がとんでもない事を言い出します。

「いえ、帰ります」
「良いじゃん、思いっきり術使えるなんて早々ないよ?」

 私が術での手合わせを得意としない事を、ケータ様との模擬戦でご理解して頂けてると思っていました。
 それにビャンコ様は私とイザッコの仲の悪さを詳しくは知らないでしょうから、仕方がないのかもしれません。

「術での手合わせなら私はあなたに敵いませんよ」
「えーそう?」

 私は地面から立ち上がり土を払います。

「今日得られた情報は有益です、機会を頂きありがとうございます」

 ビャンコ様に小さく頭を下げます。
 毒を飲まされたとは言え、魔力量が倍にも増えるとは正直に嬉しいです。

「ん、お茶会開いて良かったね!」
「もし普通の方の中に術の素養がある方がいたらどうするおつもりだったのですか?」
「だからオレ、あん時なんも口にしなかったんよ」
「そういう問題ですか?」
「最後に全員眠らせるまでが予定通りだったからね!」

 私の魔力量は増えましたが、あの人数を眠らせるのは不可能でしょう。
 今回はかなり危険な手段だとは思いましたが、結局はビャンコ様の手のひらで踊らされたようなものです。
 ……師匠もそうですが、こういう方が筆頭術士に向いているのかもしれませんね。
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