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眠りを誘う甘い芳香

#10

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 オランディから海路を伝い約一ヶ月。
 途中いくつもの港を経由してようやくリュンヌの地へ足を付けることができました。
 私がリモワに引っ越してきてから十数年、その以前から何度か長旅に付き合う事がありました。

 サチ様がこちらの世界に来てからかなり経ちます。
 望まれる生活を整えるために強力な千里眼リコノシェーレを駆使し、必要な物を探し求め旅をされる事がありました。
 しかしそろそろ年齢的に無理が出てきていたため、この旅が最後になるだろうと出立する前から考えていらっしゃったそうです。

 この旅の前にサチ様が必要としていた物はほとんど揃ったそうで、今回の旅はサチ様がずっと望んでいて見つけられなかった物を得る事が目的です。
 カンヒザクラというチリエージョで、花弁が少し赤いのが特徴だそうです。
 サチ様が言うには「どの方向を向いても薄く反応があるから、きっと世界の裏側にある」との事で、彼女に何が見えているのか想像もつきません。

「ここがリュンヌかぁ、オレ初めて来たよ!」
「私もよ、魔法の国だなんて楽しみね」
「キーちゃんもオレの魔法で髪の毛スッキリしたし、丁度良いね!」

 リュンヌに着く前の港で、サチ様が今回同行させた子供の術を見たいと言い出しました。
 元々ヴォーチェの使い手で、彼が扱うそれ以外のものを見た事がなかったからだそうです。
 その結果、予想より大きな火が飛んできて、それからサチ様を庇った私の髪が燃え、焦った子供が今度は大量の水を上空から降らせ……
 それまで背中の半ばまであった髪の毛が肩に付くか付かないかの長さまで短くなりました。

「その呼び方止めろ」

 一歩間違えれば大惨事だった事を軽く話すのも問題ですが、いつのタイミングか分かりませんが謎のあだ名で呼ぶようになりました。

「まぁまぁキーノス、あの時は守ってくれてありがとうね」

 あだ名の件は納得しておりませんが、サチ様に宥められたので一旦引きます。

「ここからは馬車に乗ってミヌレ公爵の屋敷に向かうことになる、時間にして一時間もかからないそうだ」

 到着後リュンヌで外交を担っているという公爵に会うことになっていました。
 私達は先んじて連絡は済ませておりましたので、馬車へ乗り公爵の屋敷へ向かうことにしました。


「ようこそ誇り高きリュンヌ帝国へ、私は貴族序列一位、公爵位ミヌレ家の令嬢、ガブリエラ・ド・ミヌレですわ」

 屋敷に着いてから天井の高い応接間で待つ事三十分、まだ二十歳にもなっていないであろう若い女性が部屋に入ってきました。
 彼女はこの部屋に合う優雅な仕草で私達に一礼します。

「ご丁寧にありがとう、私はサチ・カナシロと言います。こっちの子がビアンコ君、後ろに立ってるのがキーノスよ」

 サチ様が私と子供の紹介をします。
 相手の女性はサチ様の言葉を聞いてから椅子に腰掛けましたが、目元は怪訝な雰囲気なまま扇子で口元を隠します。

「王国の方々のご挨拶はこちらと随分違うのね。まぁ、この位の非礼は許して差し上げても構いませんわ」
「あらそれはごめんなさい、私ここに来たのは今日が初めてなのよ」
「フン、それで? わざわざ遠くからいらした用件は一体なんなのかしら? この後茶会に参加する予定がありますので、簡潔にお願いできるかしら?」

 明らかに年が上のサチ様に対して、初対面から随分と失礼な振る舞いです。
 サチ様はこういう事に穏やかに対応なさいますが、私は後ろに組んだ手に力が入ります。

「こちらのリュンヌには」
「リュンヌ『』」
「失礼したわ。こちらのリュンヌ帝国には特別な木があるのよね、それの株を一つで良いから譲って下さらない? お礼はもちろんするわ」
「特別な木、ですって?」
「えぇ。世界中どこを探しても見つからなかったけど、やっとこの近くにあるのが分かったのよ」

 サチ様は一貫して穏やかに話をされてますが、特別な木という単語を聞いてからあちらの女性のこめかみに血管が浮いています。
 どうやらものすごくお怒りのようです。

「……一応、そのお礼が何か聞いとこうかしら」
「これでも私達三人とも術を扱う事が出来るのよ、それで何か困ってる事のお手伝いが出来ないかしら?」
「えっ? 三人とも術士!? 聞いてないわよそんな話!」
「そうだったの? 先にお伝えしておけば良かったわね」

 サチ様はふふふ、などと穏やかに笑います。
 術士と聞いてからあちらの女性が露骨に上機嫌になりました。

「そう、それなら株を分けて差しあげても構わないわよ」
「まぁ! ありがとう」

 サチ様が嬉しそうな声を発しますが、次の言葉を聞いて言葉を失ってしまわれました。

「そっちの子供は小姓、後ろの男は男娼に良いわ」
「は?」

 同行した子供が思わず声を発します。

「後ろの男は特に良いわね、術士な上に好みの顔だわ。子供の方はまだ小さいけど将来有望そうね」
「いえいえ、そういう事じゃないのよ? 私達が術を使って何か」
「何言ってるの? 偽りの王国の民が誇り高き帝国から何か譲ってもらうなんて、そもそも許されない事よ? それを子供と男で手を打ってあげるって言ってるのに何が不満かしら?」

 それから扇子を閉じ、持っていない方の手をその扇子で叩きます。
 張り詰めた空気の中にパシン、と良い音を立てます。

「……この話は無かったことにしてちょうだい、もう失礼するわ」

 サチ様がそう言うと立ち上がり、合わせて子供も立ち上がります。
 私は背後の扉を開けようと振り返った時、相手の女性から甲高い叫び声が上がります。

「衛兵、コイツらを逃がさないで!」

 開けようとしていた扉が勢いよく開き、数名の騎士のような男性が駆け込んで来ます。
 私は後ずさってサチ様の前まで行き、彼女を背後へ庇います。

「術士が三人もいて逃がす訳にはいかないわ、絶対に捕まえなさい!」

 彼女が命令すると騎士たちが私達に駆け寄ってきました。
 少し騎士たちを引きつけてから、私はサチ様に一言詫びを入れます。

「失礼する」

 近くの椅子を蹴りあげて騎士にぶつけてから、彼女と子供を脇に抱えます。
 騎士が怯んでいる隙に先程の扉にから廊下へ出ました。
 そのまま二階に位置するここから安全に脱出できそうな場所を探し、廊下を進んだ先に隣の建物に移れそうな場所を見つけました。

「二人とも食いしばれ、舌を噛むぞ」

 廊下を走ってからそのまま大きな窓を蹴破り、一番近い建物の屋根に飛び移ります。
 両手が塞がっていて少し不便ですが、そうも言っていられません。

 そのまましばらく逃げた後、二人を地面に下ろします。

「船に戻る、馬車に乗らずに徒歩で行く。疲れたら背負うから言ってくれ」

 地面に降ろされた二人は立ち上がる事が出来ずそのまま座っております。
 すぐに追っては来れない程度まで距離は稼いだとは思いますが、のんびりもしていられません。

「ごめんね、こんな事になるなんて……」
「話は船で聞く、とにかくこの国から出るぞ」

 しばらくしてから立ち上がった二人と、出来るだけ目立たない道を選んで港へと戻りました。
 私達が滞在していたのは三時間と少し程度、ここまでにかかった時間を考えるとあまりにも短い滞在でした。

​───────

 あれからサチ様は「リュンヌにはもう行かない」と言い、カンヒザクラを諦めてしまわれました。
 今まで様々な無茶をしてきたのにここで諦めたのは、私とビャンコ様への気遣いからでしょう。
 それだけにあの時の事を思い出すと後悔ばかりしてしまいます。

 私は夢を見ていたようですが、目が覚めたばかりなのに酷く眠いです。
 ベッドの感触からして私の部屋では無いようですが、目を開けるのも辛いです。

 私の部屋ではないなら、私は何処にいるのか。
 無理やり目をこじ開け、上体を起こします。
 体が重いです、眠さもですが喉が酷く乾いています。

 辺りを見回すと……どうも寝室のようですが、ベッドは二人用で天蓋のある華やかな物です。
 部屋の調度品も全て豪華な物で、見える位置にあるテーブルの上には花瓶と花が飾られています。

 本当にどこですか、ここは。

 最後の記憶は……確かとても甘い紅茶を飲みほして、ミケーノ様の感想を聞いたような気がしますが、そこからどうなったのかよく分かりません。

 とりあえず扉の外に出てみましょう、状況が謎です。
 と、そこで気付きましたが、上半身に服を着ておりません。
 下は着ているようですが、本当に何があったらこんな事になるのか……

 手を見ると記憶が途切れた時に塗っていた化粧が落ちています。
 頬にかかる髪の毛はまだ黒色のようで、完全に変装が解けたわけでは無いようです。

 これは想像していたよりも意味のわかない状況です。
 取り急ぎクローゼットの中に羽織れるものが無いか探し、なければこのまま外に出て見ましょう。

 服を探そうとクローゼットを開けた時、外から足音が聞こえます。
 扉の方へ向き、来訪者に備えます。

 開かれた扉の先にいたのは、シアン様です。

「起きたんだね!」

 シアン様が私に駆け寄ろうとしますが、警戒している私の様子に気付き歩みを止めます。

「ごめん、色々説明が必要かな」
「そうですね、まずは上に着るものはありませんか?」
「あぁ、ごめん。ファンデーションが付いてたら気持ち悪いと思って、それを落とすために脱がせたままだったんだ」

 そういう理由でしたか、脱がせたのはシアン様でしょうか。

 とりあえず服装の謎は解けましたが根本的な謎が解けておりません。
 彼には今の状況と、なぜこうなっているのか説明を求めたいと思います。
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