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小さな友は嵐と共に

#8

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 殿下への返礼を終えた後でビャンコ様に少しだけお時間を頂けるように頼みました。
 先程エルミーニ様から色々言われたせいか、少し機嫌が悪いようです。
 この状態の彼に相談するのは気が引けますが、フィルマとリィに関しては報告をした方が良いと考えたためです。

「相談は良いけど、ちょっと気晴らししたいからそれに付き合ってね」
「それは構いませんが、何をなさるのですか?」
「ちょっと散歩ー」

 そう言ってそのまま庁舎の裏門から出ていき、少し拓けた地面に腰を下ろします。

「ここあんま人来ないし、のんびりするには良いんよね」
「こんな場所があったのですね」
「良いでしょ。さっきみたいにポンちゃんにキリキリされた時にたまに来るんよ」

 エルミーニ様の事でしょうか。
 普段ビャンコ様に色々助けてもらっている立場ですから、少しでもフォローをして差し上げた方が良かったのかもしれません。

「で、何よ相談って」
「先日のニッビオと、猫の魔獣に関してです」
「猫の魔獣?」

 先日あった話をしながら、フィルマとリィの説明をしました。
 フィルマは私が呼ぶとすぐに私の元へ飛んできて、リィはブーイオで常に私の影の中に潜んでいたため出てきてもらいました。

 ビャンコ様はフィルマに関してはそれほど驚かれませんでしたが、リィに関してはかなり驚かれた様子でした。

「リィ姉さんマジか、ここ数年見ないと思ってたらそんな事してたの」
「お知り合いでしたか?」
「うん、だってネコマタだし。一応登録されてるよ」
「私はそのネコマタという魔獣は知らなかったのですが、どういった魔獣ですか?」
「知らないで契約したの!?」
「サチ様とお知り合いのようでしたので」
「うぅーん、そうかぁ……リィ姉さんなら祝うべきかな」
「私は先日が初対面のつもりでしたのでかなり驚きました」
「ネコマタだからね、あんまり姿見せることないし」

 リィは私の膝の上で寝転んで喉を鳴らしております。
 この様子だけ見るとただの黒猫にしか見えません。
 フィルマは私の横に立っています。

「ネコマタに関してならサチさんが昔書いたヨウカイ図鑑見ると良いよ」
「え」
「え、じゃないよ。アレは絵がどうしようもないけど、一部の魔獣に関してはすごく詳しく書いてあるんよ」
「確かに一冊持ってますが、読んだことはありません」
「読んであげなよ、そういうとこは昔と変わらんね」

 そう言ってビャンコ様が微笑みます。
 からかうような様子がないのが逆に少し居心地悪く感じます。

「話せないの不便じゃない?」
「そうですね、こんな事になるとは考えておりませんでしたので」
「なんか使えそうな道具ある? 理解カピーレよりヴォーチェのが楽だと思うし、付けたげるよ」
「良いのですか?」
「いいよ、リィ姉さんも喜ぶでしょ」

 リィがビャンコ様をちらりと見てまた目を閉じます。
 特に不満などはないようです。

「フィルマ君もリィ姉さんもキーちゃんの言ってる事は分かるから、耳だけ効果がある奴で大丈夫だよ」

 それなら耳につけるカフスがあったかと思います。
 彼らに関してはまだ理解が及ばない部分が多いので、会話が出来るようになるならとてもありがたいです。

「店に置いてありますので、今度いらした際にお願い出来ればと思います」
「りょーかい。あと例の石なんだけど」
「何か解決策ありましたか?」
「あれ色々試してたんだけどさ、全力で魔力込めると増えるんよ。びっくりしたわ」
「増えたのですか?」
「増えた増えた、思いっきり放出したら壊れるかなーって思ってやってみたら大きくなってさ。元と形変わっちゃったけど今度返すわ」
「了解いたしました」

 そのような特性があったとは想像しておりませんでした。
 ビャンコ様の全力で増えたのなら、私の手元にある内は分からなかった事でしょう。
 謎が多い石です、今度暇な時にでも研究してみるのも良いかもしれません。

「例の貴族の対策色々考えたんだけどさ、どうせ術士いないでしょあの国。それならオレたちと同じ方法で術士かどうか判断できない訳でしょ」
「そうでしょうね」
「ならさ、検問で石を精霊さんに頼んで回収して貰えばいんじゃないかなーって」
「そんな事が可能なのですか?」
「最悪検問抜けてもリュンヌの貴族だけ気にしてれば良いわけだし、マメに精霊さんに頼めば良いかと思ってさ」

 言われてみればその通りです、そもそもの石が無ければハーロルトと同じ方法は取れないはずです。
 どうやら私は難しく考えすぎていたのかもしれません。

「それならメル様にも危険が及びませんね」
「一応教えてあげた方が良いとは思うけどね、でもまさか衣類品店のバイト君が術士とか誰も思わんでしょ」
「ハーロルトも言ってましたね」
「へぇ、アイツ気付いたんだ! よくやるわホント」

 本当にその通りかと思います。
 今更ながら彼が優秀な人材であったと気付かされますが、それなら簡単にマルモワの軍を抜けられたのか疑問が残ります。

「では、話も済みましたしそろそろお暇致します」

 私は立ち上がり、リィとフィルマに戻るように頼みます。

「えー! もうちょっといようよ」
「ビャンコ様はお仕事中かと思いますので、これ以上はご迷惑かと思います」
「そんな事ないって」
「いえ、エルミーニ様に対してです」

 ビャンコ様は言葉に詰まっているようです。

「お時間を割いていただきありがとうございます、このお礼はいずれさせて頂きます」

 私は一礼しその場を後にしました。
 モウカハナの開店までは時間がありますが、一度シャワーを浴びに自宅に帰りたいと考えております。

​───────

 日が落ちてからのリモワは、夜の色と冬の気配を色濃くします。
 冷えた濃紺の夜空の下、バー「モウカハナ」は開店します。
 入口の看板をAPERTO営業中に切り替え店内へ戻ります。

 今日はお客様が来るまで調理場で減ってきた漬物類の準備をしようかと考えております。
 ピクルスとは違う当店のアサヅケは人気のメニューです。
 他にも種類はありますが、とりあえずキュウリチェトリオーロナスメランザーナを食べやすいサイズに刻もうと思います。

 野菜を大方刻み終えた頃、入口で来店を告げるベルが鳴ります。
 もう少しお客様がいらっしゃるまでかかるかと思っていたので少し驚いております。
 調理場から入口へ移動し、出迎える準備をいたします。

「はぁっ、キーノス! 無事!? 怪我とかしてない!?」

 カーラ様がとても慌てた様子でご来店されました。

「いらっしゃいませカーラ様。お好きなお席へ」
「ちょっと! 無事なのよね!?」
「はい、特に変わりはありません」

 フィルマとリィに関しては機会があれば紹介したいとは思いますが、他は特に変わりはありません。

「そう? 本当に?」
「はい、ですのでお席へおかけください」

 上着を預かり、カウンターの席へとご案内します。
 それから暖かいタオルをお渡ししたところで、少し落ち着かれたようです。
 そのままご注文をお伺いします。

「とりあえずアツカンと暖かいお野菜あるかしら?」
「本日ですとナスメランザーナの煮浸しがございますがいかがですか?」
「良いわね、それをお願いするわ」
「かしこまりました」

 私は調理場へ戻り、煮浸しとアツカンの用意をします。
 合わせて刻んでいた野菜を一度保冷庫へ片付けます。
 カーラ様の入店時の様子が気になりますが、まずは落ち着いてお食事をしていただくのが良いように思います。


「こちらナスメランザーナの煮浸しとウラガーノのアツカンになります」
「ありがと、少し落ち着いたわぁ」
「それは何よりです」

 それから煮浸しを少し口にして穏やかなため息をつかれたあと、何かを思い出したかのように私の方へ少し身を乗り出します。

「キーノス、大変よ」
「? はい、何がでしょうか」
「ユメノよ! アイツ今リモワにいるみたいよ!」
「まさか、そんな事はないでしょう」
「そうでも無いのよ、アナタあの頃流行ったお釣り詐欺覚えてる? その被害報告が今日商会で上がったのよ!」
「それだけで彼女がいる事にはならないかと思いますが」

 確かに最近は聞かなかった単語です。
 ユメノ様が事件を起こしてからはリモワに住む皆様は冗談でも言うのを止めたのかと思われます。

「多分もう少したらミケーノかシオも来るわよ、今日商会の報告書回ってるはずだから」
「そうなのですね」
「ちょっともう、キーノスがそういうのどこにも属してないから話が伝わらないのよ。ミケーノのとこで良いから入っときなさいよ!」
「機会がありましたらそうさせていただきます」

 カーラ様に心配していただけたのはとても嬉しい事ですが、私は異世界人がこちらに来る法則を知っています。
 なので商会の報告にあったお釣り詐欺の犯人がユメノ様ではないと分かりますが、実際に被害が起きている以上似たような方がいらっしゃるのでしょう。
 しかし、あんな事をする方が他にもいらっしゃること自体驚きべき事かと思います。
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