上 下
88 / 185
疑惑の仮面が踊るパレード

#6

しおりを挟む
 マスカレード最終日まであと三日となった今日。
 薬草問屋の店主様から頼まれていた薬をいくつか持参して市場に来ております。
 バタフライピーファルファッラシームに加える塩基性の強いものの代替品の用意は間に合わず、そこの相談も出来ればと考えております。

 薬草問屋のお店に入ってすぐ、私の荷物に気づいた店主様が声をかけてくださいます。

「やぁ、いらっしゃいキー君。オタネニンジンはどう?」
「栽培に成功しました、種が実ったらまた相談します」
「楽しみだね、種も薬になるそうだから期待してるよ。それで今日は?」
「頼まれていた薬とバタフライピーファルファッラシームの相談をできればと」
「良いね、奥で話そうか」

 店主様の案内で店の奥へと案内されます。
 店内には一人残っていましたので、問題はないのかもしれません。

 私は案内に従い奥に入ってから椅子に腰掛け、店主様はお茶の準備をなさいます。
 その間薬をテーブルに並べ、説明がすぐにできるようにしておきます。
 お茶を乗せたトレーをテーブルに乗せ、店主様が目の前におかけになりました。

「これがその薬かな、種類が多くて助かるなぁ」

 私が用意してきたのは普段お店で使っているものを数種、魔力に関係がない上に私の個人的な伝手で入手した薬草を使用していない物を数種。
 十はなくとも、並べると多種多様に見えるものですね。
 レシピや作り方の説明し、その流れでバタフライピーファルファッラシームの相談と議論を交わします。

「今回のマスカレード最終日に間に合えばと思ったけど、難しいねやっぱり」
「申し訳ありません、力不足でした」
「いやそんな、僕こそ無理な相談しちゃってごめんね。薬も思ったより多かったから何かお礼かお代を支払いたいね」
「それに関しては相談がありまして……」
「ん、良いよ」
「店主様の温室を一晩お借りしたいのです」
「温室?」

 店主様はここから少し離れた場所に薬草を育てるための温室をお持ちです。
 その温室に少し拓けた庭があり、紅茶を飲めるようなテーブルセットがあると以前お伺いしております。

「私的な理由ですが、この時期にあまり人目につかない隔離された場所で人と会う必要がありまして」
「どんな理由か聞いても良いかな?」
「私の私室では困難なため、出来れば別の静かな場所が探しておりまして」
「ふぅん……それっていつかな?」
「マスカレードの最終日の夜です」

 カーラ様から倉庫の屋上をご提案頂きましたが、下見をしたところ思ったより人目につく場所のようでした。

「あ、もしかしてこの間きたマルモワの子達かな? 理由って」
「関係がある、とだけ」
「へぇ~、なるほどね」

 心做しか店主様から楽しそうな気配を感じます。

「良いよ、その日僕は出店でお酒出してるから温室には用がないし。それに僕の温室はどういう訳か人が近寄らないしね」

 店主様の温室の外は雑草にしか見えない薬草が多く生えた状態になっており、手入れがされていないように見え近くを通る人も多くありません。
 出来るだけ自然な環境にしたいとお考えなのでしょうけど、華やかな王都の中では異質に見える場所です。

「ありがとうございます、商品には手をつけませんのでご安心下さい」
「そこは信用してるよ。でもあんな場所じゃ女の子は喜ばないんじゃないかな」
「そこは問題ないかと思います」
「そうなの? デートで僕の温室は不向きじゃないかなぁ」
「デートなどではありませんので問題ありません」

 長髪の彼を除いた三名の留学生と行動するので、デートとは言えないと思います。

「そっか、もし良かったらウチの娘はどう? 君と趣味も合いそうだし?」
「私などでは釣り合わないかと思います」
「そーお? まぁキー君ならそう言うか。じゃあ温室貸すだけだとちょっと足りないかなぁ、薬の二割は支払うよ」
「温室を貸していただければそれで結構です」
「いやいや、そうはいかないよ。具体的な値段がないなら、僕の言い値でもいいかな?」
「構いませんが、良いのですか?」
「価値に対してちゃんと支払うのが正しい商人だからね」

 前にもシオ様からその辺りに私が無頓智だと言われたように思います。
 とはいえ、温室を私用でお借りするのは手持ちの薬を譲ってもお釣りが来ると私は考えています。

「では、いくつか薬草を対価の分だけ分けていただくことは可能ですか?」
「良いのそれで?」
「あくまで趣味で作ったものをですし、補充出来れば充分かと」
「了解。ちょっと待っててね、用意するから」

 店主様は店内の方へ向かわれ、私はテーブルに一人残りました。
 店主様のおかげで隔離された屋外の確保が出来ました。
 毎年静かに過ごしていたマスカレードの夜が、今年は忙しくなりそうです。

​───────

 マスカレード最終日となった今日。
 王都の通りはどこにいても仮面を被った方ばかりです。
 今日なら私が仮面を付けて街中を歩いても不審に思われることは無いでしょう。

「んんー! よく似合ってるわ! ホント作って良かったわー!」

 夜の待ち合わせのため、カーラ様のお店で衣装をお借りするために倉庫へ来ています。
 以前お借りした学者ストゥディオーゾは前回の試着の際に買い取らせていただき、今回のクラウンパリアッチョは鬘が必須になるためお借りする事にしました。
 費用は長髪の彼持ちと聞いておりましたが、謝罪のつもりですかね。
 受け取る気は一切ないので自分で支払うことにしました。

「でもなんで一番下のシャツは自分のなの? せっかくだからコレにして欲しいのに」

 カーラ様がドレスシャツのかかったハンガーをご自身に当ててみせます。

「そちらも大変素敵ですが、汚してしまうのが申し訳ありませんので」
「いいのにそんなの。今回の貸衣装の半分は試作か在庫処分のつもりだし」
「そうだったのですか?」
「シオが色々資料用意してくれてね、計算すると半分は処分で考えた方が良いみたいなのよ」
「少しもったいないように思えますね」
「そんな事ないわよ、新しく作ったのって実はそんなにないし」
「そうは見えませんでした」
「ワタシそういうの得意なのよ? それより恐るべきはシオの調査能力よ。あのあとすぐ資料抱えてウチに来て事業説明初めたのよ? すごい通り越して怖かったわ」

 私の中でのシオ様への畏怖が増す感覚を覚えました。

「ま、でも! キーノスがこれ着てくれるならワタシは満足よ!」
「とても光栄に思います」
「いいえ、ワタシこそ光栄よ? キーノスがお金出して着てくれるんだから!」
「それは当然の事かと思います」
「ホントに良かったの? ルト君のオゴリって聞いたけど」
「特に奢って頂くような事もありませんので」

 正確に言えば、これで済ませたと思わせたくないからですが。
 メル様を脅迫材料にしておいてカーラ様のお店のもので済ませるなど、受け入れる気にはなりません。

「じゃ、コレ最後にプレゼントよ」

 カーラ様はそう言って、私の肩に毛皮のショールをかけて下さいました。

「こちらは試着の時にはなかったかと思いますが」
「ふふふ、それはちょっとしたサプライズよ。後で分かるから付けてって!」
「そうでしたか、ありがとうございます」
「それ取り外し簡単だし、肌触りも良いから今みたいに掛けてあげるのも簡単よ」
「ご説明ありがとうございます」

 着回ししやすい物なのでしょう、私の普段着に合わせるには少し華やかすぎる印象ではありますが。

「さーて、これで準備は終わりよ! この後ワタシも着替えて遊びに行くのよ」
「そうでしたか、カーラ様は何をお召しになるのですか?」
「新しく作った踊り子バッレリーナよ」
「てっきり女性向けのものかと思っておりました」
「男性用のもあるけど、クセが強いから新作でもこれだけは残ったわね」

 どのようなものか気にはなりますが、きっとカーラ様にお似合いでしょう。

「で、デートプランはちゃんとしてるのかしら?」
「海岸沿いや街中の大道芸にいくつか目星を付けましたので、そこへ行こうかと」
「それでそれで?」
「その後知り合いの方の温室をお借り出来ましたので、そちらの二階のテラスからショーの見学です」
「ショー?」
「どうやらカーラ様のお兄様のお店の出資でマーゴ・フィオリトゥーラがショーをやるそうです」
「えええ!! それホント!?」
「本人から聞いたので間違いないと思います」

 マスカレード最終日の一番人が多い今夜に、海の上でやるそうです。
 私の模擬戦のお値段と考えると、いったい今夜のショーがいくらになるのか……
 カーラ様のお兄様がご存知だと良いですね。

「やだ、見に行かなくちゃ!」
「おそらくお兄様のお店の近くでやる事になるかと思います」
「うっ……でも行くわよ! チケットとかないのよね?」
「ありませんよ。彼は観客に料金の請求はしません」
「じゃあ絶対行かなくちゃ!」
「遠くからでも分かると思いますので、高い場所からご覧になる事をお勧めします」

 私は一礼してカーラ様のお店を後にしました。
 あとはケータ様たちと合流してから温室へ行けば、ギュンター様からの手紙の依頼に対応出来るでしょう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

異世界転生漫遊記

しょう
ファンタジー
ブラック企業で働いていた主人公は 体を壊し亡くなってしまった。 それを哀れんだ神の手によって 主人公は異世界に転生することに 前世の失敗を繰り返さないように 今度は自由に楽しく生きていこうと 決める 主人公が転生した世界は 魔物が闊歩する世界! それを知った主人公は幼い頃から 努力し続け、剣と魔法を習得する! 初めての作品です! よろしくお願いします! 感想よろしくお願いします!

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

処理中です...