上 下
80 / 185
花を愛する残暑の雷鳴

#9

しおりを挟む
 マスカレードの話で盛り上がっているモウカハナに、ミケーノ様がご来店されました。
 手には少し大きめの紙袋をお持ちです。
 中から甘いニオイがしています。

「よぉ、今日は誰かいると思ってたぞ!」
「いらっしゃいませ、ミケーノ様」
「早速だが、今日はシャンパーニュをくれ」
「かしこまりました」

 お店に入ってすぐ席にお座りになる前にご注文をいただきました。
 取り急ぎタオルをお渡しし、シャンパーニュのグラスを棚から取り出します。

「こんばんはミケーノ。関税率が下がるのを聞いて、ちょうど再来月のマスカレードの話をしてました」
「そうだろうな、オレもその話ができると踏んで来たからな!」
「その袋、チョコのニオイしてるけど……」
「気付いたか? こいつの感想を聞きたくてな」

 グラスにシャンパーニュを注ぎ、ミケーノ様に差し出します。
 それと同じタイミングでミケーノ様が紙袋から箱を取り出し、蓋を開けます。
 中には棒状の物がいくつか入っていて、ふわりとチョコレートの甘い香りが広がります。

「今度の屋台で出してみようかと思ってな。オレんとこはいつも飯ばっかだからこういうのも悪くねぇと思ってよ」
「なにこれ、すごくいいニオイね!」
「硬めに焼いたパンパーネかクッキーにドライフルーツとナッツを混ぜたチョコレートをかけたもんだ。いくつか種類作ってみたから試食して感想聞かせてくれねぇか?」
「これ、マルモワのチョコレートですか?」
「今は違うけど使いたいのはマルモワのだな。あそこは素材の意味でのチョコレートも有名でな、オランディのと違って純度が高くて使いやすいんだ」
「へぇ~、苦いイメージがあったのよね」
「あんまりバターとか砂糖を足さないからあっちでは。質と香りが良くて、それを楽しむのがマルモワ流なんだとよ」
「こっちだと女の子向けのプレゼントの定番よね」
「そうですね、今日ミケーノが持ってきたものもそういう物に見えますが」
「クッキーの方はそうだな、パンパーネの方は調整予定だ。キーノス、悪いが皿出してくれねぇか?」
「かしこまりました」

 中に入っていたお菓子を置くためのものでしょう、大きさから考えて三十センチほどの物を持っていきましょう。


「食感が良いですね、しかも持ちやすいので屋台の料理に合ってます」
「そうね! クッキーの方も良いけど、もう少し小さい方がいいわ。色んな種類食べられる方が好きだからだけど」
「参考になるな、キーノスはどうだ?」

 ミケーノ様は私にもいくつか分けてくださいました。
 カウンターの中にいてこういったものを受け取るのは初めての経験です。

「美味しいと思います」
「モウカハナのバリスタから見た意見が聞きたいな」
「当店としてのですか?」
「あぁ! 酒を出す店から見た時の改善点なんかあるとありがてぇな」

 改善点など畏れ多い気がしますが……

「お酒と合わせる前提で考えるなら、マルモワ産のチョコレートを材料にして甘さを抑えた方が好まれるかもしれませんね」
「おー流石分かってんな」
「屋台は幼いお客様も多いと思いますので、商品にするなら今の物のままでも充分好まれると思います」
「他には?」
「他……カーラ様とシオ様と同じですね。持ちやすくされているのはとても良いですし、クッキーの物は棒状の物でも良いかと思います」
「なるほどな、まだ二ヶ月あるし考えてみるわ!」

 分けていただいた上に意見を言うなど……と思いましたが、先程のミケーノ様のお話と合わせて考えた正直な内容です。

「ホントキーノスは料理の事ならよく喋るわね」
「別荘でもミケーノの料理ずっと食べててしばらく話に入ってこなかったりしましたね」
「帰りなんか話しかけてきたと思ったらマリネのレシピ聞いてきたもんな」
「レシピの件は本当にありがとうございます、あれから自宅でよく作っております」
「それは良かった! 簡単だろ、あれ」
「はい。追加の一品にしております」

 昼食はパンパーネにする事が多く、最近はマリネと一緒に食べる事が多いです。

「あのマリネは美味しかったですしね、他の料理も美味しかったですけど」
「そういやシオ、別荘の事件ってあの後何か分かったか?」
「えっ事件って何? なんかあったの?」
「カーラは別荘に幽霊が出る話をしてすぐ断ったので、続きを言ってませんでしたね」
「続きって、まだなんかあったの?」
「まぁ、オレもあんな事になるとは思わなかったがなぁ」

 シオ様とミケーノ様が別荘であった事件の証拠品の説明なさいます。
 加えてシオ様は先日私に説明して下さった調査内容も合わせてお二人に説明なさいます。
 カーラ様は途中怖い話かと危惧して顔色が悪くなったものの、失踪した女性が戻ってきた話を聞いた時に目頭を抑えて首を振りました。

「『花のラウロラウロ・ディ・フィオリ』でしょ、その娼館の名前」
「はい、さっきカーラから名前が出て驚きました」
「やっとアイツの話から離れたと思ったのに……」
「これ以上はありませんよ」
「……あっ! お前兄貴いんだろ!」
「何よ、見たの?」
「見た見た、どっかで見たと思ったらお前か! 髪型と服以外はそっくりだな!」
「何したのよアイツ」
「派手な長身のオッサンと、女連れで飯食い来てたぞ」
「派手な長身?」
「二メートルとは言わねえけど、入口で頭下げて入ってて。しかも服が黄色で紫でと、とにかく目立っててな」

 先程感じた不穏な空気は、どうやら間違いではなさそうです。

「ミケーノが見たその二メートルの男ってどんなヤツ? 多分ワタシそいつの衣装作んなきゃならないのよ」
「ん? そうだな……」

 ミケーノ様が師匠の特徴を説明なさいました。

「なるほどねぇ、兄貴の友達ってのも納得だわ」
「カーラに頼まれた二人目の衣装は彼のための物でしょうね」
「ワタシもそう思うわ、身長しかヒント貰えなかったから助かったわ」
「お前も大変だな……」
「慣れたわ流石に」

 カーラ様はモロキュウを一切れ口にし、短くため息をつきます。

「よし、じゃあその派手な長身のオジサマの衣装考えましょ! 兄貴の考えなきゃって思って憂鬱だったけど、二メートルの長身なら良いモデルよねきっと!」
「そうだな、見栄えはすごいぞ」
「長身なら死神モルテなんか良いんじゃないですか?」
「うーん、兄貴が去年死神モルテだったのよねぇ。悔しいけどすごく似合ってたわ」

 師匠は確かに見栄えは良いです。
 それに金払いが良いだけではなく、仕草や言動に微弱な魅了 アッファシナーレを乗せるので女性からかなり人気があります。

「キーノスのなら色々思いつくのよねぇ」
「どんなんだ?」
「さっき断られたけど、手品師とか」
「……あー、他のが良いんじゃねぇか?」
「何よミケーノまで」
「あと悪魔オルコ狼男リカントロポも似合いそうですが、私達と同じになってしまいますね」
「写真とかないの? 見てみたいわ!」
「家に帰ればありますよ。それに最終日に同じものを着ますので、会えばそこで見れると思いますし」
「ミケーノも同じの着るの?」
「そのつもりだな、年に一回しか着ねぇからもったいねぇし」
「ふぅん、それこそもったいないわね。アナタたちなら色々似合いそうなのに」

 皆様はそれぞれマスカレード用の衣装をお持ちのようですね。
 私は舞台衣装となると例の手品師の物のみですが、あれを着るには犠牲になるものが大きすぎます。

 話をしながら、カーラ様が何かを思いついたように顔を上げます。

「そうだわ、お祭の間どこかで集まりましょうよ! 最終日に会うのは難しいかもしれないけど!」
「悪くねぇけど、同じ服二回着るのはなぁ……」
「最終日のワタシが用意するならどう? 貸し出しだけど」
「良いのかそれ?」
「マルモワの留学生来たじゃない? ケータ君が色々悩んでるの見て思いついたんだけど……マスカレードの期間だけでも普通のお客向けに舞台衣装の貸し出しやろうかと思って」
「それは良いですね、ちょっと詳しく教えてください」

 シオ様が目を輝かせて話に食いつきました。
 そのままカーラ様とシオ様はカーラ様のアイデアに関して相談を始めました。
 これは過去にガマノツラの相談をしていた時と同じご様子です。

 お二人がやり取りに集中し始めてから、ミケーノ様がシャンパーニュを飲み干し、私の方へ空いたグラスを差し出します。

「今日は試食でチョコのもんばっか食ったからなぁ……口直しになんか甘くない酒か酸っぱい果物が欲しいんだが、なんかあるか?」
「本日は秋の果実を市場でいくつか入手して参りまして、良いレモンリモーネも購入できたので調理場で砂糖漬けを作っております」
「お、良さそうだなそれ! 甘くないんだろ、ここのなら」
「そうですね、レモンリモーネの風味が強くなるように調整しております」

 この後レモンリモーネの砂糖漬けの他に果物を一緒にお出ししました。
 私とミケーノ様が果物に関して話している間、カーラ様とシオ様が貸衣装に関して具体的な話を進めております。

 最近師匠の件や別荘の件など日常から離れた出来事が多かったですが、ようやく私の日常が戻ってきたように思えました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

貞操逆転世界の男教師

やまいし
ファンタジー
貞操逆転世界に転生した男が世界初の男性教師として働く話。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

処理中です...