上 下
97 / 144
3章 長い雨の紫陽花と晴れ間の朝顔

閑話16.黒騎士と穏やか少女その後のお茶会にて

しおりを挟む

 今日はイオリがお礼をしたいということで、スワルスを庭へ連れてきた。
 カナストにも声をかけたが、仕事が忙しいと断られ、その代わりにと土産のアイスを頼まれてしまった。

(図々しくない程度に頼めればいいが……)

 自分の金ならいいのだが、あちらの世界ではどうしてもイオリに金を使わせることになる。
 前回のお出かけの際も、今度こちらの世界をお出かけする時に全額こちらが持つという事で、イオリにお願いしていた分少し気が重い。

 話のどこかで提案できればいい……できれば、俺もアイスをこちらの世界で食べたい。
 そんな邪な心もありつつ……


「本日はお招き頂き誠にありがとうございます」


 言葉は精一杯落ち着いているように装ってるが、歓喜いっぱい尻尾をぶるんぶるん振るスワルスを微笑ましく見守った。

 ヴォルフルという、こちらの世界では狼という生物に似たものとの亜人で、感情が大きな耳や尻尾に出やすい。
 彼は特に嘘をつけない気質らしく、褒められては尻尾を振り、叱られては耳が下がる。

 部下として面倒を見るようになって日は浅いものの、そういった部分に加え、勤勉さと明るさに助けられてはいる。
 ……倒れた時だってそうだった。


「とても美味しいです! 不思議な甘さがありますね……香りもすごく安らぎます」


 スワルスこの庭の紅茶も気に入ったようで、満面の笑みに加えて尻尾がともかく揺れる。

 今回、イオリからの申し出はわたりに船という感じで、とてもありがたかった。
 彼女としても看病に向かう際、丁寧に説明や案内などをしてもらったらしく、今回はお礼のために気合を入れて用意してきたと言っていた。


「では、メインのお菓子をお出ししますね」


 イオリが嬉しそうにキッチンから持ってきたのは、それは大きな……


「あ、アイス……‼︎」

「そうです! これだけ大きなサイズはあんまり見なくて、つい買ってみちゃいました!」


 見た目的に、バニラアイスらしい。
 いつか食べたものよりも大分大きな箱に思わず慄いてしまったが、これだけ食べてしまっていいのだろうか……いや、良くないんだろう。

 次に取り出したのは、カシャカシャと音が鳴る不思議な形をした大きなスプーン。
 それをアイスに突き立てめりめりと掬い、用意してあったガラスの皿の上でカシャっと鳴らせば、そこにぼとんと落ちた。

(丸型のアイスだ……!)

 部下の手前だが、どうしても顔が緩んでしまう。

 盛ってもらったアイスへ、カラフルなフレークとチョコソースがかけられて、どんどん豪華になって……


「はい、どうぞ!」


 夢のようなアイスが出来上がった。
 スワルスからも歓声が上がって、そのままのテンションで勢いよく平らげてしまった。


「本当に美味しいです! あぁでも頭が……」

「あったかい物もあわせてゆっくりと召し上がってください!」


 こちらはゆっくりと舌鼓を打ちながら食べているが、ひんやりとしつつ濃厚な甘味、チョコソースのちょっとしたビターな風味に、フレークも合わさって口の中が幸福だ……

 しかし、もう一口に掛かろうとしたところで、スワルスに向けられるイオリの笑顔に気付いた。

 ……何と言えばいいのか、いつもとちょっと違う気がする。
 緩いというか、溶けてるというか、とても愛らしいものを見ている時の様子だ。

 スワルスの耳や尻尾は確かにふわふわだし、この素直さを可愛らしく思う気持ちはわかる。
 だが、こいつはしっかりと男だ。

 ……若干、複雑だ。

 アイスの幸福と、狭量だとはわかっていながらも嫉妬が芽生え始めたもやもやとが、交互に胸の内を満たす。


「あ、ちょっとこのアイス、よければ今日来れなかったカナストにも食べさせたいなぁって……
 少し離席してもよろしいですか?」

「いいですよ!」


 そんな中、スワルスがバタバタと忙しなくそんな事を申し出始めてしまった。
 ……やってしまったと、内心頭を抱えた。


「ありがとうございます! では行って参ります!」


 寮室の鍵を渡したから、律儀なスワルスはちゃんと戻ってくると思う。
 
(気を遣われてしまった……)

 本当に愚かしい事を思ったと、深いため息が出てしまう。

 カナストが言っていた通り、スワルスにもしっかり嫉妬を嗅ぎ取られてしまった……
 そんなに分かりやすく出てしまうか…… 感情のコントロールをもっとしっかりしなければ……


「可愛らしいですねスワルスさん。
 大きなわんちゃんみたいだなぁって」

「そうか……」

「あの、もしかして、ヒースクリフさんも頭キーンってなっていたりしますか?」

「い、や、そんなことはないぞ」


 可愛いと思っている相手に嫉妬したなどとは、あんまり言いたくない。
 既に狭量である事は知られていると思うが、それでもまだ少しかっこつけていたい……

 何とか別の話題、アイスの話題にでも移そうと気を取り直そうとしたところで、イオリがもじもじとこちらを見つめてきて、


「えっと、その……ハグとかをご所望だったりしますか?」

「えっ」


 あぁイオリも何となく不機嫌そうな感情を読み取ってしまったか……
 嫉妬というよりは、何か別の方向で捉えられてしまっているようだが、


「……頼む」


 願ってもない事だったから素直に欲に従った。
 
(連れて帰りたいくらい愛おしい)
(あぁでもスワルスに今度改めて詫びを……)
(柔らかい、花のようないい香りがする、離したくない)
(恋とは予想外に人をダメにする……気を引き締めねば)

 小さく暖かなイオリを抱え、膨大な幸福感と少しの罪悪感が頭の中で巡った。

 ……カナストの土産についてはつい忘れてしまったが、イオリがクーラーバッグいっぱいにアイスを用意しておいてくれていて、事なきを得た。

しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない

めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」 村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。 戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。 穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。 夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

『イケメンイスラエル大使館員と古代ユダヤの「アーク探し」の5日間の某国特殊部隊相手の大激戦!なっちゃん恋愛小説シリーズ第1弾!』

あらお☆ひろ
キャラ文芸
「なつ&陽菜コンビ」にニコニコ商店街・ニコニコプロレスのメンバーが再集結の第1弾! もちろん、「なっちゃん」の恋愛小説シリーズ第1弾でもあります! ニコニコ商店街・ニコニコポロレスのメンバーが再集結。 稀世・三郎夫婦に3歳になったひまわりに直とまりあ。 もちろん夏子&陽菜のコンビも健在。 今作の主人公は「夏子」? 淡路島イザナギ神社で知り合ったイケメン大使館員の「MK」も加わり10人の旅が始まる。 ホテルの庭で偶然拾った二つの「古代ユダヤ支族の紋章の入った指輪」をきっかけに、古来ユダヤの巫女と化した夏子は「部屋荒らし」、「ひったくり」そして「追跡」と謎の外人に追われる! 古代ユダヤの支族が日本に持ち込んだとされる「ソロモンの秘宝」と「アーク(聖櫃)」に入れられた「三種の神器」の隠し場所を夏子のお告げと客観的歴史事実を基に淡路、徳島、京都、長野、能登、伊勢とアークの追跡が始まる。 もちろん最後はお決まりの「ドンパチ」の格闘戦! アークと夏子とMKの恋の行方をお時間のある人はゆるーく一緒に見守ってあげてください! では、よろひこー (⋈◍>◡<◍)。✧♡!

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...