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3章 長い雨の紫陽花と晴れ間の朝顔

閑話13.ある家族の顛末

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※時系列は3章20話のあたり。エドワール視点です。


 西澤浩二。イオリちゃんの叔母である西澤美月の夫。
 気が強くヒステリックな妻に逆らえず、腰巾着のようになっている上に、娘のエリザからは舐められている。
 それでも本人なりに家族を愛し、最善を尽くそうとした。

(まぁ、その方向性が間違ってたんだけど)

 気持ちは買うけど頂けない。何せ人の大事なものを傷つけたんだから。
 この男の記憶を辿って転移魔法を使えば、それなりに高級そうなマンションへたどり着いた。

 西澤家の部屋は、5階の角部屋。中々良い場所だ。
 富裕層だという事はわかるけど、さて……

 一度今後の話を西澤浩二に伝えるため、このマンションの屋上へと更に転移した。
 鍵がかかってて、花火でも無い限りは解放されないから、話すには打って付けだろう。

 魔法で彼を拘束して転がしたまま、意識だけを回復させれば、小さく悲鳴を上げてこちらを見上げた。


「な、何をするつもりだ」

「あー別に怪我させるとかはしないよ。
 呪いとか僕できないし」


 本当だったら今すぐ海にでも沈めて魚の餌にしてやりたいが、そこは我慢する。
 

「その代わり、あの家の事とイオリちゃんについてを消させてもらう。
 それでお互いにスッキリするだろ?」


 僕は偉い。冷静。イオリちゃんを思ってちゃんと紳士的にできる。
 そう言い聞かせながら、最大限譲歩した処置を話したけど、


「い、いや、それは困る!
 美月がどうしても金にしたいって」


 西澤浩二は芋虫のように這いずりながら抗議してくる。
 ……思わず蹴飛ばしかけたけど、何とか紳士的な態度を保って咳払いをした。


「だからそれがダメなんだって。
 あなたも奥さんも、相手がダメって言ってるけどゴネたら何とかしてもらえないかなーみたいなさぁ……
 どうしてそういう都合良く考えられるわけ?」


 本当にそれに尽きる。
 どうせイオリちゃんの優しいところとか気の弱いところに漬け込んで、コイツなら行けるって下に見ただけなんだろうけど。

 そう行き着く心と思考に吐き気がする。

 治そうにも、根が深そうな問題だ。
 こんなになるまで叱られてこなかったり、聞く耳を持てなかった西澤家は、本当に可哀想な人々だと思う。


「あなた方がやった事は恐喝、暴行、不法侵入、諸々の迷惑行為。
 イオリちゃんやヒース君が許してしまったから、明確な証拠こそないけどね。
 自衛のためにこうせざるを得ないんだ」


 ここはヒースクリフ君が良い仕事をした。
 被害が大きく出る前に食い止めてくれた上に、エリザに灸を据えてくれた。

 そして、警察に任せられるような証拠があっても、任せてどうにかなるような人々ではない。

 だからこれで良い。


「は、はは……充分わかりました……」

「何か勘違いしてるみたいだけど、記憶消して終わりじゃない。
 僕は君たちを許すつもりないからね」


 曖昧な返事をしてともかく逃げようとした彼を、殺気で黙らせる。
 

「僕はヒース君のような竜呪こそ使えないけど、もっと生活の根本からあなた方を歪める術を持っているんだ」

「何を……」


 彼の首を掴み、屋上の金網をふわりと超えて、夜の街の上空へ晒す。
 宙ぶらりんになって恐怖に震える彼へ、僕は慈悲たっぷりに微笑んだ。


「記憶を消した後、お前たちの【運の流れ】を変える。
 この土地にいる限り、一生不幸が付き纏うようにするよ。

 それが嫌なら田舎で慎ましく、延々と過ちを詫びながら暮らせ」


 これが僕の使える力。存在と気運を操作して、人の転落する様を観察してほくそ笑むためのもの。

(意地悪な力で嫌いだったけど、こういうところで役立てるなら本望だ)

 僕が大切に守っていて、僕の大事な人が愛した人を守るために使えるなら……


「そんな……」

「僕たちの前からいなくなれ」 


 ふっと手を離して、西澤浩二がどこまでも暗い地面へ落ちていった。
 激突する前に部屋の中へ転移させて、屋上にいても聞こえるはた迷惑な悲鳴にため息をつく。

(転勤の【流れ】も作っとくか)

 彼らの部屋へ記憶を消す魔法を撒いて、最後にまた温情をかけてやった。
 ……寒いけど、海が綺麗なところに移動させてやろう。
 ご飯もおいしいから、きっと心も裕福になる。
 ただし、少しでも傲慢な振る舞いをすれば、一気に淘汰されてそこから追われるだろう。……またどっか移動するのは時間の問題かな?


「あー僕って優しいし優秀ー!」


 誰も怪我させてないし、迷惑かけてない。
 あとは用意してもらった紅茶を飲んで、久しぶりのお庭をちょっとだけ堪能しよう。

 そうして、胸糞悪いマンションの屋上から去った。
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