上 下
94 / 144
3章 長い雨の紫陽花と晴れ間の朝顔

閑話13.ある家族の顛末

しおりを挟む

※時系列は3章20話のあたり。エドワール視点です。


 西澤浩二。イオリちゃんの叔母である西澤美月の夫。
 気が強くヒステリックな妻に逆らえず、腰巾着のようになっている上に、娘のエリザからは舐められている。
 それでも本人なりに家族を愛し、最善を尽くそうとした。

(まぁ、その方向性が間違ってたんだけど)

 気持ちは買うけど頂けない。何せ人の大事なものを傷つけたんだから。
 この男の記憶を辿って転移魔法を使えば、それなりに高級そうなマンションへたどり着いた。

 西澤家の部屋は、5階の角部屋。中々良い場所だ。
 富裕層だという事はわかるけど、さて……

 一度今後の話を西澤浩二に伝えるため、このマンションの屋上へと更に転移した。
 鍵がかかってて、花火でも無い限りは解放されないから、話すには打って付けだろう。

 魔法で彼を拘束して転がしたまま、意識だけを回復させれば、小さく悲鳴を上げてこちらを見上げた。


「な、何をするつもりだ」

「あー別に怪我させるとかはしないよ。
 呪いとか僕できないし」


 本当だったら今すぐ海にでも沈めて魚の餌にしてやりたいが、そこは我慢する。
 

「その代わり、あの家の事とイオリちゃんについてを消させてもらう。
 それでお互いにスッキリするだろ?」


 僕は偉い。冷静。イオリちゃんを思ってちゃんと紳士的にできる。
 そう言い聞かせながら、最大限譲歩した処置を話したけど、


「い、いや、それは困る!
 美月がどうしても金にしたいって」


 西澤浩二は芋虫のように這いずりながら抗議してくる。
 ……思わず蹴飛ばしかけたけど、何とか紳士的な態度を保って咳払いをした。


「だからそれがダメなんだって。
 あなたも奥さんも、相手がダメって言ってるけどゴネたら何とかしてもらえないかなーみたいなさぁ……
 どうしてそういう都合良く考えられるわけ?」


 本当にそれに尽きる。
 どうせイオリちゃんの優しいところとか気の弱いところに漬け込んで、コイツなら行けるって下に見ただけなんだろうけど。

 そう行き着く心と思考に吐き気がする。

 治そうにも、根が深そうな問題だ。
 こんなになるまで叱られてこなかったり、聞く耳を持てなかった西澤家は、本当に可哀想な人々だと思う。


「あなた方がやった事は恐喝、暴行、不法侵入、諸々の迷惑行為。
 イオリちゃんやヒース君が許してしまったから、明確な証拠こそないけどね。
 自衛のためにこうせざるを得ないんだ」


 ここはヒースクリフ君が良い仕事をした。
 被害が大きく出る前に食い止めてくれた上に、エリザに灸を据えてくれた。

 そして、警察に任せられるような証拠があっても、任せてどうにかなるような人々ではない。

 だからこれで良い。


「は、はは……充分わかりました……」

「何か勘違いしてるみたいだけど、記憶消して終わりじゃない。
 僕は君たちを許すつもりないからね」


 曖昧な返事をしてともかく逃げようとした彼を、殺気で黙らせる。
 

「僕はヒース君のような竜呪こそ使えないけど、もっと生活の根本からあなた方を歪める術を持っているんだ」

「何を……」


 彼の首を掴み、屋上の金網をふわりと超えて、夜の街の上空へ晒す。
 宙ぶらりんになって恐怖に震える彼へ、僕は慈悲たっぷりに微笑んだ。


「記憶を消した後、お前たちの【運の流れ】を変える。
 この土地にいる限り、一生不幸が付き纏うようにするよ。

 それが嫌なら田舎で慎ましく、延々と過ちを詫びながら暮らせ」


 これが僕の使える力。存在と気運を操作して、人の転落する様を観察してほくそ笑むためのもの。

(意地悪な力で嫌いだったけど、こういうところで役立てるなら本望だ)

 僕が大切に守っていて、僕の大事な人が愛した人を守るために使えるなら……


「そんな……」

「僕たちの前からいなくなれ」 


 ふっと手を離して、西澤浩二がどこまでも暗い地面へ落ちていった。
 激突する前に部屋の中へ転移させて、屋上にいても聞こえるはた迷惑な悲鳴にため息をつく。

(転勤の【流れ】も作っとくか)

 彼らの部屋へ記憶を消す魔法を撒いて、最後にまた温情をかけてやった。
 ……寒いけど、海が綺麗なところに移動させてやろう。
 ご飯もおいしいから、きっと心も裕福になる。
 ただし、少しでも傲慢な振る舞いをすれば、一気に淘汰されてそこから追われるだろう。……またどっか移動するのは時間の問題かな?


「あー僕って優しいし優秀ー!」


 誰も怪我させてないし、迷惑かけてない。
 あとは用意してもらった紅茶を飲んで、久しぶりのお庭をちょっとだけ堪能しよう。

 そうして、胸糞悪いマンションの屋上から去った。
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない

めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」 村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。 戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。 穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。 夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

『イケメンイスラエル大使館員と古代ユダヤの「アーク探し」の5日間の某国特殊部隊相手の大激戦!なっちゃん恋愛小説シリーズ第1弾!』

あらお☆ひろ
キャラ文芸
「なつ&陽菜コンビ」にニコニコ商店街・ニコニコプロレスのメンバーが再集結の第1弾! もちろん、「なっちゃん」の恋愛小説シリーズ第1弾でもあります! ニコニコ商店街・ニコニコポロレスのメンバーが再集結。 稀世・三郎夫婦に3歳になったひまわりに直とまりあ。 もちろん夏子&陽菜のコンビも健在。 今作の主人公は「夏子」? 淡路島イザナギ神社で知り合ったイケメン大使館員の「MK」も加わり10人の旅が始まる。 ホテルの庭で偶然拾った二つの「古代ユダヤ支族の紋章の入った指輪」をきっかけに、古来ユダヤの巫女と化した夏子は「部屋荒らし」、「ひったくり」そして「追跡」と謎の外人に追われる! 古代ユダヤの支族が日本に持ち込んだとされる「ソロモンの秘宝」と「アーク(聖櫃)」に入れられた「三種の神器」の隠し場所を夏子のお告げと客観的歴史事実を基に淡路、徳島、京都、長野、能登、伊勢とアークの追跡が始まる。 もちろん最後はお決まりの「ドンパチ」の格闘戦! アークと夏子とMKの恋の行方をお時間のある人はゆるーく一緒に見守ってあげてください! では、よろひこー (⋈◍>◡<◍)。✧♡!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...