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3章 長い雨の紫陽花と晴れ間の朝顔

30.看病

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 扉の中は相変わらずしゃぼん玉のような虹色に輝く空間が広がっていて、先が見えない。
 何度も出入りを見てきたこのドアだけど、実際自分が使うのは初めてで、今更ながらドキドキする。


「さぁ、参りましょう」


 スワルスさんが手を差し伸べてくれて、エスコートされる形で一気にドアの中へ入って行った。
 怖気付いて目を瞑ってしまったけれども、肌に当たる風が、温室のしっとりとしたものから、乾いていてサラッとしたものへ変わったのがわかる。

 ゆっくりと薄目を開いて周囲を見てみれば、まず綺麗に磨かれた白い石壁が目に入った。


『ここは、騎士たちの、家」


 スワルスさんは、しっかりと伝わるように簡単な単語を並べて説明してくれる。
 どうやらここは近衛騎士達の寮で、ヒースクリフさんの部屋のすぐ近くの廊下……

 ここの様相だけ見れば日本とさして変わらないような気がするけど、

(別の世界なんだ……)

 ランプのような照明器具の中には、仄かに光る宝石が埋め込まれていたり、飾られてある花のツタが蛇のようにウニョウニョと動いていたりする。
 辺りを見回す程に気になる事が増えていくけど、今は我慢だ。そんなことしている場合じゃない。

 廊下の突き当たりの部屋まで来ると、丁度白衣を着たお医者様らしき方がフラフラとした足取りで部屋から出てきた。
 スワルスさんはその方を呼び止めて、私を紹介しつつ色々と質問し始めた。
 ……聞き取れた限りだと、この方はやっぱりお医者様で、ヒースクリフさんを診察して薬とかを用意してくれたらしい。
 目の下にクマを作っていて、眠そうにしているから、きっと夜通し看病してくれたのだとも思う。


『熱、まだある。
 昨日の夜から、何も食べてない。
 水と薬は今取った。
 着替え、すませた』

『できたら、何か食べさせてください』


 スワルスさんがざっと説明を簡単な言葉に訳してくれつつ、お医者様の方も簡潔にやって欲しい事を付け加えてくれた。


『ありがとうございます。スワルスさん、お医者様』

『いいえ、どうかヒースクリフ様をよろしくお願い致します』


 ここからは、私一人での看病になるらしい。
 お医者様の体力は限界そうで、スワルスさんの肩を借りながら立っているし、スワルスさんはお医者様を救護室に運んだら、シェラーナ様やエドワール様へ報告に行くとの事。

(……よし、やるぞ)

 救護室へ向かう二人を見送った後、意を決してヒースクリフさんの部屋へ入った。

(まず、現状確認!)

 ゆったりとした広さの一人部屋はかなり埃っぽい。
 最低限の掃除はされているけど、本棚や書類の山に埃が薄く積もり始めていて、長くいると喉を痛めてしまいそうだ。

 そして部屋の奥、バルコニーへ続く硝子戸から差し込む光が届かないような隅に、ベッドがあった。
 静かに近寄ってみれば、ヒースクリフさんが苦しげに横たわっていた。

 ……かなり、やつれているのがわかる。
 少し痩せたと思うし、一番最初に出会った時と同じくらい濃い隈を作っていて、苦しげに呼吸をしていた。

(こんなになる程思い詰めて……)

 荒れている。このままでは倒れる。
 前もって予知されていた事だったけれども、いざ目の当たりにすると心配でたまらなくなってくる。

 まず何をしよう。換気か、冷却シートか……そう悩んでいると、


『イオリ……』

『はい?』


 薄く開かれたヒースクリフさんの瞳が、私を捉えていた。
 眠いのか苦しいのか、とてもうつろげで、


『……ゆっくり寝てください』


 枕元へ寄り添い、おばあちゃんが私にやってくれた時を思い出しながら、額をさらりと撫でた。

 汗で湿った前髪を梳かすように手を動かせば、ヒースクリフさんはゆっくりと目を閉じて、少しだけ苦しげな様子が和らいだ気がした。
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