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3章 長い雨の紫陽花と晴れ間の朝顔
19.落雷と紳士
しおりを挟む「ひっ……!
ともかく君が今すぐ許してくれないなら……手段をえらばなっあああぁ⁉︎」
「……腕を折るか」
見かねたヒースクリフさんが、叔父さんの腕をあらぬ方向へ曲げようとしていたので、一応止めた。
最低限彼と私に危害が及ばない状況なのだから、これ以上の暴力はだめだ。
……それに、あんまり叫ばれると、近所迷惑なので。
「ヒースクリフさん、ダメです!」
「……わかった」
命拾いしたなと言わんばかりの不満顔をしつつ、ヒースクリフさんは叔父さんの腕を元の位置に戻してくれた。
私からもう話す事はない。
話しても無駄だと思うし、これ以上嫌な気持ちにもなりたくない。
「……お引き取りください。
それと、この家にはもう近づかないでください」
謝罪してもらう場合は、まず連絡を下さい。
叔母さんとエリザちゃんにも、しっかりと伝えてください。
持っていた果物ナイフを没収してもらいつつ、しっかりと意向を示した。
それでも、叔父さんは食い下がりたいのか、何かもごもごと口を動かしている。
「許す条件はお伝えしました。
これ以上いるのなら、警察を呼びます」
「……わ、わかった。伝えるよ。
今日は家に帰る」
携帯をちらつかせながらそう言えば、流石にわかってもらえた。
ヒースクリフさんが、以前エリザちゃんにやったように、転移魔法を使う準備をしている。
まずは、一度叔父さんを離して指を鳴らし、叔父さんの腕を改めて魔法で拘束した。
「えっ⁉︎ 腕が……なんで⁉︎」
目に見えないロープで、後ろ手に拘束されたように自由を奪われた状態で、
「……かけようと思うが、いいか?」
何とは言わないけど、ヒースクリフさんは私に尋ねてきた。
……竜呪は、余計面倒なことになりそうだからやめておきたい。
それに叔父さんは、言ったら何だけれども、叔母さんやエリザちゃんに比べたら直接の被害は少ない。
「見逃してあげてくれませんか……?」
「流石にそれは甘すぎると思う。
多少は行動を制限するようなものをかけた方が……ん?」
苦言を呈していたヒースクリフさんが、言葉を中断して雨雲の空を見上げた。
つられて私も見上げてみれば、少しずつ雲間が光ったのを捉えた。
(雷? そのわりにはゴロゴロって鳴ってないような……)
でも、晴れ間がちらついているようにも思えない。
不思議な光が、ちらちらと雲を滑るように走っている。
『ダメじゃないかぁヒース君』
「えっ」
突如、どこからか流暢なベルディグリ語が聞こえて身構えてしまった。
その一瞬で、ヒースクリフさんが弾かれたように私の方へ駆け出して、
「伏せろ‼︎」
抱き抱えられて視界が真っ暗になって、ズギャン! というようなものすごい轟音が響き渡った。
余韻で地面が少しだけ揺れて、恐る恐る腕が緩んだヒースクリフさんの肩口から音のした方を覗けば、叔父さんがぷすぷすと煙を立てて倒れ込んでいた。
「か、雷……?」
「違う、これは……」
狙いすましたかのように雨が止み、雲の切れ間から光がキラキラと差し込み始める。
「……え、人?」
その光が、叔父さんの近くに突然現れた銀髪の男性を美しく照らした。
長い銀髪を乾いた風に揺らして、薄手のジャケットを正す姿は、花形の役者さんのよう。
甘い雰囲気の整った顔に柔らかな笑みを浮かべつつ、叔父さんの服をくまなく弄って、何か黒い機械を見つけ出した。
そしてそれを、容赦なく踏み潰す。
「……これね、今のやり取り録音されてたよ?
いいように使われちゃうとこだった」
ベルディグリ語の声と、同じ声だ。
今度は流暢な日本語で話しながら、やれやれと首を振る。
(うぅ……叔父さんをちょっと、甘く見すぎてた……)
手段を選ばないとは言っていたけど、まさか録音機まで用意していたなんて……
刃物を没収してそれで終了だと思った自分が恐ろしい。
これで見逃してたら、きっと色々と酷い目にあっていた……
「……何故、エドワール様がここに? 」
「えっ、お知り合いなんですか?」
「俺の上司にあたる方だ」
上司……騎士としての上司、つまりかなり偉い人……?
本当に助かったけれども、何故そんな人が日本に……?
頭が追いつかないまま、紳士的にこちらへ一礼するエドワール様をぼんやり見つめてしまった。
(……あれ?
でも何だか、どこかで、会ったことあるような……?)
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