マリーゴールドガーデンで待ち合わせ 〜穏やか少女と黒騎士の不思議なお茶会

3章 長い雨の紫陽花と晴れ間の朝顔

18.悲しみと怒り

「イオリちゃん……！ 助けてくれ、君に話があるんだ。
　いたたたまずコイツを止めてくれないかい……？」

「信用ならない。刃物持ってる」


　ヒースクリフさんの言葉に、叔父さんは何故わかったというようなギョッとした顔を見せた。
　それでも一応拘束は解かないまま、一応話だけは聞くことにする。
　……内容は、予想がつくけれども。
　

「……えっと、話って？」

「エリザをおかしくしたのは君だろ……？ なんとか治してくれないか？」


　やっぱり。
　風の噂は大体本当みたいだった。

　エリザちゃんは、春のあの日の後、原因不明の痛みに苦しみ続けているという。
　あらゆる医者に見せて、精密検査を受けさせても何もわからず治らず終い。
　挙句にその時の応対をネットに晒され炎上して……西澤家は大変な窮地に陥ったと。


「エリザは休学せざるを得なくなってこのままでは進級できない。
　美月はヒステリーが悪化して家事を放棄するようになった……
　私だって職を追われる寸前でもう……！」


　世間の目が痛いと嘆いているけれども……
　それは元から、あなた方が見えていなかっただけで、確実にあったものだと思う。
　今まで積み重ねてきた分だけ、あなた方がわかる形で降りかかっただけ。

（叔父さんが何をしたって……何もしてないんだけど、本当に何もしてくれなかったんだよね……）

　叔母さんが図々しく迫ってきた時、エリザちゃんが私に対して嫌味や暴力を振るった時、ただ苦々しい顔をして止めてくれなかった。何もしなかった。
　あの叔母さんと、あの娘だから、押されてしまうのもわかるけど……同情はできない。


「あの子も反省してるから……許してやってくれ」


　……いや、多分、反省していないと思います。
　ヒースクリフさんがかけた竜呪が、しっかりと働いてくれている。
　今も私を憎んで、やり返して酷い目にあわせてやろうと思っているから、痛みが起こるんだと思います。
　
　だから、安易に謝罪の言葉を受け取ってはいけない。

　自衛のために、守ろうとしてくれる気持ちに応えるためにも。


「……許すことはできません」


　私は、そう言い切った。


「ど、どうして……」

「叔父さんが謝ってくれても、意味がないです。
　エリザちゃんが本当に反省して、謝ってくれない限りは許せません」

「で、でもエリザは君のせいでおかしくなって、出てこれないんだよ？」

「本気で反省してくれているのなら、喫茶店なりに呼び出してでも謝れるはずです。
　……そうしてくれるなら、ちゃんと許します」


　あえて、おかしくしたのは否定しない。
　それと私は、和解の条件をちゃんと示す。
　

「私はエリザちゃんからずっと、暴力の被害を受けています。
　自衛のためでもあります」

「ただの子供の悪ふざけだろ……？
　なぁ、君は年上なのに、そんな事も許容できないのか？」


　悪ふざけ……？ 
　その言葉に、思わず固まってしまった。

　あの日のことが逆流してきて、嫌な汗が噴き出て流れていく。
　お腹の痛み、頬の痛み……
　底意地の悪い笑みを見上げた時の恐怖、お前なら蔑ろにして良いと決めつけられる傲慢への怒り。

　きっとこの人は、エリザちゃんからの一方的な情報しか知らない。
　けれども、こちらの事情は知ろうともしない。

（今、言ったけれども……）

　悪ふざけだから許せと、断じてくる。

　それが、とても悲しくて、腹立たしくて……


「そんな事を言われてしまったら、余計に許せません……！」


　雨に濡れる寒さで声は震えてしまったけど、湧き上がる怒りのまま、強く言葉を吐き出した。