マリーゴールドガーデンで待ち合わせ 〜穏やか少女と黒騎士の不思議なお茶会

3章 長い雨の紫陽花と晴れ間の朝顔

閑話10.黒騎士の一喜一憂

　お茶会を終え、自室に戻って、ふらふらとベッドに突っ伏して、

（あああ……二人で、散歩……‼︎）

　夢のような事実から、ゴロゴロと悶えて転がってしまった。

　彼女へ抱く感情を理解して、早く数ヶ月。
　その場でパニックになるような事こそ減ったが、日に日に想いは募るばかり。
　嬉しさと湧き上がる愛おしさから、いつ咄嗟に抱き締めてしまうかもわからない。

（それをやったら、本当に嫌われてしまう……）

　友人から、一気に危険な不審者に落ちぶれる。
　それは絶対に避けたい。
　イオリの様子を見るに、自分の想いを告げるにはまだ早い。
　
（いや、むしろ、イオリは今後、俺に好意を向けてくれるのか……？）

　……よくない疑心暗鬼に陥ってきた。
　気持ちを落ち着けるためにベッドから立ち上がり、机への方へ向かう。
　引き出しから、長らく使っていなかった黒い石のついたリングを二つ取り出した。

（……特徴消しを使うのは、いつぶりだろうか）

　このリングには幻影を見せる魔法が込められていて、装着した箇所を消したり、人間らしいパーツに見えるようにする効果がある。

　ツノは竜の亜人にとって種族の誇りではあるが、それはそっと来訪するだけの世界で主張するようなものではない。
　特に、イオリの世界に亜人はいない。
　人間と亜人が長らく共存してきたこちらの世界とは、まったく違う。

　だから、こちらの世界で培った価値観ではなく、その世界の文化に最大限の敬意を払って、不要な波風を立てないように対応する必要がある。


（……こちらでは、問題なく発動するな）

　ツノにリングを嵌めると、一瞬陽炎なものが揺らめいて、ツノのない人間らしい頭になった。
　鏡で確認しつつ、リングを外す。
　あとは、出かける前のどこかで、イオリの家のキッチンとかで試させて貰えれば大丈夫だろう。


（はぁ、楽しみだな……屋台や外でしか食べれない美味しいもの……）

　文化を教えてもらう上で、むこうの世界の美味しいものの話を沢山聞いた。
　甘いものに限らず、肉や野菜、酒なども教えてもらったが、


「あいす……」


　それが楽しみでたまらない。
　何でも、暑い夏に食べると最高に美味しいお菓子らしい。
　具体的にどんなものかははぐらかされてしまったが、フルーツから爽やかなソーダ味まで様々な味があって、ひんやりと体を冷やしてくれるらしい。


「クレープ、たいやき、おだんご……」


　日頃紅茶との組み合わせを考えて、お茶会で出てこないようなお菓子も沢山。
　お茶にももっと種類があるし、お茶以外にも美味しくて甘いものに合う飲み物がいくつもあるという。

　名前だけでは想像がつかない。
　もしかしたらこちらの世界でも別の名前で存在するものなのかもしれないが、そうだとしても楽しみだ。

（それを……イオリと……）

　……楽しみな事を考えて、結局向かい合って一緒に食べているイオリの姿を想像してしまう。

　こちらを見て、きっと嬉しそうに微笑んでいる。
　楽しそうに俺の手を引いて歩いてくれて、彼女の世界を教えてくれる光景が……
　…… ……

（冷静でいられるのか、俺は大丈夫なのか……）


　思考が、完全に堂々巡りして止まらなくなってしまったため、結局知恵熱を出して早寝する羽目になった。