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2章 桜色の春と菫色の空
12.友とその宝へ
しおりを挟む(さっと現れて、さっと去っていっちゃった……)
本当にやる事だけやって、ヘクターさんは穏やかに去っていってしまった。
初めて会ったはずなのに、不思議な安心感があったなと思う。
(お庭の空気に馴染んていたからかな……
今度はゆっくりお茶できたら嬉しいな)
できたらおばあちゃんの昔の事や、お庭の事をもっと聞いてみたい。
夢を膨らませながら、少しヘクターさんが魔法の調整をしていた事も考える。
防護魔法の強化ということは、庭を囲う壁や家の窓とかが衝撃に強くなったりとか、そんな感じなのかな。
ヘクターさんが何となくふわふわとした説明で終わらせてしまって、具体的な内容を聞きそびれてしまった。
(……ヒースクリフさんの名前を出していたけど)
彼がいるから大丈夫。そう言っていたけれども、それも具体的にどうなるのかわからない。
今とても忙しい彼に負担を強いるようなものでなければいいけれども……
(そのあたりはヒースクリフさんに会ったら聞いてみよう)
もしかしたらあっちもヘクターさんから話がいっているかもしれない。
あまり悩み過ぎても仕方がないと、少し炭酸が抜けてきたジュースを喉に流す。
ふぅと一息つくと、段々と一人だけの空気に戻っていく。
ゆっくりと、ぐだぐだと、また机に突っ伏して、日の光に身を任せる。
(結局今日は寝て終わっちゃうなぁ……)
眩み、ぼやけていく視界の中で、そう思った。
◇ ◇ ◇
「おやおや」
少しやりわすれた事を思い出して庭に戻って来れば、イオリさんが寝ていた。
庭の植物が成長しすぎないように、ある土の成分を調整する魔法をかけて、ガーデンテーブルの右側に腰掛ける。
見れば見るほど、この子は昔のコトネに似ている。
自分よりも他人を優先する事も、人の意向を精一杯汲もうとしてくれる事も、
(澄んだ川のような心の持ち主だというところも……)
時に濁流に呑まれる事こそあれど、徐々に浄化してまた綺麗な水流に戻っていく、穏やかで美しい心。
先天的に人の思う事や心の持ちようが見えてしまい、意図せず彼女の今直面している事や、そこから推測できる未来を割り出してしまったが、
(楽天的な部分に助けられてしまったな)
イオリさんは、そこまで気にせずにいてくれた。
それは短所でもあるかもしれないが、私としては好ましい。
冷えてきた庭の空気の中でふと、ずっと昔に、三人でお茶を飲んだ記憶も思い起こされて、
(あのバカはいつまで燻っているつもりだろうか……)
本格的に尻を叩きにいく用事ができた。
今はまだ、ただ少しだけ手を差し伸べるだけで。
「少し手が空いたら、お茶を頂きに来るよ」
私の外套を一枚、魔法で取り寄せて、イオリさんの肩にかけた。
……おじさん臭いと言われなければいいなと思いつつ、今度こそ庭を後にした。
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