33 / 144
2章 桜色の春と菫色の空
12.友とその宝へ
しおりを挟む(さっと現れて、さっと去っていっちゃった……)
本当にやる事だけやって、ヘクターさんは穏やかに去っていってしまった。
初めて会ったはずなのに、不思議な安心感があったなと思う。
(お庭の空気に馴染んていたからかな……
今度はゆっくりお茶できたら嬉しいな)
できたらおばあちゃんの昔の事や、お庭の事をもっと聞いてみたい。
夢を膨らませながら、少しヘクターさんが魔法の調整をしていた事も考える。
防護魔法の強化ということは、庭を囲う壁や家の窓とかが衝撃に強くなったりとか、そんな感じなのかな。
ヘクターさんが何となくふわふわとした説明で終わらせてしまって、具体的な内容を聞きそびれてしまった。
(……ヒースクリフさんの名前を出していたけど)
彼がいるから大丈夫。そう言っていたけれども、それも具体的にどうなるのかわからない。
今とても忙しい彼に負担を強いるようなものでなければいいけれども……
(そのあたりはヒースクリフさんに会ったら聞いてみよう)
もしかしたらあっちもヘクターさんから話がいっているかもしれない。
あまり悩み過ぎても仕方がないと、少し炭酸が抜けてきたジュースを喉に流す。
ふぅと一息つくと、段々と一人だけの空気に戻っていく。
ゆっくりと、ぐだぐだと、また机に突っ伏して、日の光に身を任せる。
(結局今日は寝て終わっちゃうなぁ……)
眩み、ぼやけていく視界の中で、そう思った。
◇ ◇ ◇
「おやおや」
少しやりわすれた事を思い出して庭に戻って来れば、イオリさんが寝ていた。
庭の植物が成長しすぎないように、ある土の成分を調整する魔法をかけて、ガーデンテーブルの右側に腰掛ける。
見れば見るほど、この子は昔のコトネに似ている。
自分よりも他人を優先する事も、人の意向を精一杯汲もうとしてくれる事も、
(澄んだ川のような心の持ち主だというところも……)
時に濁流に呑まれる事こそあれど、徐々に浄化してまた綺麗な水流に戻っていく、穏やかで美しい心。
先天的に人の思う事や心の持ちようが見えてしまい、意図せず彼女の今直面している事や、そこから推測できる未来を割り出してしまったが、
(楽天的な部分に助けられてしまったな)
イオリさんは、そこまで気にせずにいてくれた。
それは短所でもあるかもしれないが、私としては好ましい。
冷えてきた庭の空気の中でふと、ずっと昔に、三人でお茶を飲んだ記憶も思い起こされて、
(あのバカはいつまで燻っているつもりだろうか……)
本格的に尻を叩きにいく用事ができた。
今はまだ、ただ少しだけ手を差し伸べるだけで。
「少し手が空いたら、お茶を頂きに来るよ」
私の外套を一枚、魔法で取り寄せて、イオリさんの肩にかけた。
……おじさん臭いと言われなければいいなと思いつつ、今度こそ庭を後にした。
0
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる