32 / 144
2章 桜色の春と菫色の空
11.魔法使いさん
しおりを挟む「あ、えっと、私は、加賀美イオリと申します……魔法使い様」
「様はいらんよ」
「えっと、じゃあヘクターさん……?」
「よろしい。あぁ、お茶は結構だよ。
そこでゆっくりしていなさい。私は庭の様子を見にきただけだから」
そう言って、ヘクターさんはガーデンテーブルを通り抜け、エルダーフラワーと最近咲いた菫の花壇の方へと向かっていった。
おばあちゃんの言いつけで、定期的に種を蒔いているそこは、旬関係なく月日が経てば自然と育ってしまう不思議な花壇だ。
「うむ。魔法はちゃんと働いているな」
いつかヒースクリフさんが言っていた事を思い出す。
この庭には何重にも複雑に魔法がかけられていて、言語が通じるのもその効果であると。
思い起こせば不思議なことだらけのお庭だ……
(この人が、もしかして……)
「ここの魔法はね、殆ど私がかけたものだよ」
心を読まれたのかなと思えるほど、すぐ答えが返ってきた。
魔法使いさんと言うくらいだから、ヒースクリフさんが唸るような複雑な魔法を使えても不思議ではない。
……どれくらい凄いのかは、本当に漠然としかわからないけれども。
「そうさな。空気清浄効果が少し薄れているから、そこの補強と……
あとはイオリさんの方で欲しい魔法とかはあるかい?」
「あ、えっと、では、防犯面を強化する事って可能ですか?」
本当に初対面で会って図々しいのは承知だけど、申し出てみた。
すると、ヘクターさんは私を見て、うーんと唸る。
「……ふむ。
そうだなぁ、イオリさんに不穏な影があるようだし」
「えっ」
「家の防壁を強化しておくのと……ヒース君にも伝えておこうか」
不穏な影がものすごく気になる。そして、葵太さんに相談する前に、防犯面がなんとかなってしまいそうな……
「こちらの世界での防犯も併せて活用するといい。
なぁに、ヒース君がいれば事足りる程度の不穏だよ」
「そ、そうですか……」
ヘクターさんがそう言うので、明日にはしっかりと葵太さんに相談しておこう。
あとはヒースクリフさんと会えた時に、ちょっと色々話さなきゃいけないかもしれない。
今後やる事を頭に焼きつけた後、少し所在なくなってしまったのもあって、
「あの……話は変わるんですけど、おばあちゃんの知り合いなんですか?」
疑問に思うことを尋ねてみると、
「もちろん。コトネは私の大事な友達だ。
一緒に過ごした思い出は、片時も忘れた事はないよ。
訃報を聞いた後は、こちらの世界で祈りを捧げさせて頂いた」
「ありがとうございます……」
何だかこの人は、私の欲しい言葉が見えているようだなとも思う。
本当に心が読めているみたいに……
「ヒース君とは仲良くやっているかい?」
「えっ、はい! とても良い友人で、いつも色んな事の相談に乗ってもらっています」
突然ヒースクリフさんの事を聞かれて、ちょっとビックリしてしまった。
本当に仲良くさせてもらっているし、今日もヒースクリフさんとのやりとりがあったから何とかなったところがある。
「それは良かった。彼もイオリさんとお話しする事で、しっかり息抜きができているようでな。
城の中でもヒース君ほど勤勉で働き者な騎士はおらん。
どうかこれからも、話してやってほしい」
「それは、もちろんです!」
何だかとても嬉しい言葉を頂いてしまった……
色んなことを煙にまかれているような気がするけれども、それでもまぁいいかと思えてしまう不思議な雰囲気がある。
ヘクターさんが指で絵を描くように動かすと、光がぱっと散って、庭の壁へ吸い込まれていく。
「これで大丈夫。あとはヒース君が何とかしてくれるだろう。
君は【助けて】と強く念じればいいだけだ」
具体的に何が起きるのかだとかを、ヘクターさんは勿体ぶって教えてくれなかった。
その時にしっかりと助けてくれるから大丈夫。家や庭がどうにかなるような事はない……そう、しっかり保証してくれたけど、
「ヒース君がいるから、イオリさんは大丈夫だよ」
ヘクターさんは重ねてそう言いながらウインクをして、足早に帰ってしまった。
0
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
護堂先生と神様のごはん 護堂教授の霊界食堂
栗槙ひので
キャラ文芸
考古学者の護堂友和は、気が付くと死んでいた。
彼には死んだ時の記憶がなく、死神のリストにも名前が無かった。予定外に早く死んでしまった友和は、未だ修行が足りていないと、閻魔大王から特命を授かる。
それは、霊界で働く者達の食堂メニューを考える事と、自身の死の真相を探る事。活動しやすいように若返らせて貰う筈が、どういう訳か中学生の姿にまで戻ってしまう。
自分は何故死んだのか、神々を満足させる料理とはどんなものなのか。
食いしん坊の神様、幽霊の料理人、幽体離脱癖のある警察官に、御使の天狐、迷子の妖怪少年や河童まで現れて……風変わりな神や妖怪達と織りなす、霊界ファンタジー。
「護堂先生と神様のごはん」もう一つの物語。
2019.12.2 現代ファンタジー日別ランキング一位獲得
イケメン歯科医の日常
moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。
親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。
イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。
しかし彼には裏の顔が…
歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。
※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
【完結】「図書館に居ましたので」で済む話でしょうに。婚約者様?
BBやっこ
恋愛
婚約者が煩いのはいつもの事ですが、場所と場合を選んでいただきたいものです。
婚約破棄の話が当事者同士で終わるわけがないし
こんな麗かなお茶会で、他の女を連れて言う事じゃないでしょうに。
この場所で貴方達の味方はいるのかしら?
【2023/7/31 24h. 9,201 pt (188位)】達成
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
貧乏神の嫁入り
石田空
キャラ文芸
先祖が貧乏神のせいで、どれだけ事業を起こしても失敗ばかりしている中村家。
この年もめでたく御店を売りに出すことになり、長屋生活が終わらないと嘆いているいろりの元に、一発逆転の縁談の話が舞い込んだ。
風水師として名を馳せる鎮目家に、ぜひともと呼ばれたのだ。
貧乏神の末裔だけど受け入れてもらえるかしらと思いながらウキウキで嫁入りしたら……鎮目家の虚弱体質な跡取りのもとに嫁入りしろという。
貧乏神なのに、虚弱体質な旦那様の元に嫁いで大丈夫?
いろりと桃矢のおかしなおかしな夫婦愛。
*カクヨム、エブリスタにも掲載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる