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1章 少女と黒騎士の邂逅
8.惑いと戦い
しおりを挟む「ど、どうした」
やってしまった。
ヒースクリフさんは心配そうにこちらへ身を乗り出して来た。
どうにも、暖かい気持ちになると、思い出と重なってしまう。
情けないほどに情緒が不安定だ。
「だ、大丈夫です」
「無理をするな。すぐに飲んでしまうから」
「いいえ、どうか、大丈夫ですから。ゆっくりとお召し上がりください」
あぁ、変な状況になってしまった。
ヒースクリフさんは複雑な顔をしながらも、それ以上私を止めることはなかった。
……話が、無い。沈黙が痛い。
「あ、の、今は、めそめそしている場合じゃなくてですね……
もうまた引っ込んだので」
話題に困った果てに、初対面の人に話すような事が口をついて出てしまった。
また、やってしまった。お茶会でする話題じゃない……
「何故だ」
それでも、ヒースクリフさんは聞く体制になってくれている。
真摯な目をこちらに向けて、次の言葉を待っている。
……本当にすみません。と、心の中で謝った。
「何と言ったらいいんでしょう……私の敵に漬け込まれそうだから、ですかね」
甘やかな紅茶の香りの裏で、叔母の顔がよぎってしまう。
紛れていた事が濁流のように思い出されて、眉間に皺が寄ってしまった。
(なんとか、絶対に渡しちゃだめだ……思い出を壊しちゃいけない)
(しっかりしなきゃ)
正直言って、今は強烈に惑っている。
悲しみに勝る怒りでクラクラしているから、今日初めて会ったはずのお客さんに、こんな事を零してしまうんだと思う。
「なるほど。戦っているのだな」
ヒースクリフさんは真面目に相槌を打ってくれた。
「剣を持って戦うとか、そんな感じではないんですけどね……」
「いやいや、日常でも戦いはつきものだ。
特に、信念や心情がかかるものは、時に剣を持つより傷つく事がある」
最初怖いと思った目は、確かに切長で釣り上がってはいるけれども、そこに宿る光は優しい。
低い声も、私を宥めてくれるように、柔らかくゆっくりと伝えてくれる。
「よければだが……」
もごもごと、次の言葉を少しずつ選んでくれていると思ったら、
「戦う事に疲れたら、私に話すといい」
思わぬ提案が飛び出して来た。
「え、でも……それは、ご迷惑になっちゃいます。
それに、ドアがいつもあるわけじゃ」
「ドアに関しては、私が開けようと思えばいつでも開く、と思う」
あ、そうなんだ。そういう仕組みなんだ……
さっきから頭が追いつかないけれども、ヒースクリフさんは言葉を続ける。
「私は、別世界の関係ない誰かだ。
ただお前の言葉を聞いて、この場限り、お前に寄り添う事ができる」
その気持ちが、今は素直に嬉しい。
本人は出過ぎた真似だったらすまないと、ごにょごにょ呟いているけれども、
「とても、嬉しいです。
ありがとうございます……」
私は、素直に感謝を伝えた。
それと、浮かび上がってきた懸念も伝えることにした。
「でも、ヒースクリフさん、大分疲れてそうなのに、大丈夫なんですか……?」
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