マリーゴールドガーデンで待ち合わせ 〜穏やか少女と黒騎士の不思議なお茶会

1章 少女と黒騎士の邂逅

4.一人の庭と二つ目のドア

　── イオリちゃん。


　ふと、庭の方から優しい声で呼ばれたような気がして、目が覚めた。

　気が付けば、そのまま一時間程寝てしまったらしかった。
　寝る前まだ青空だと思っていたのに、窓から西日が覗いている。

　喪服にシワが……とゲンナリしていれば、腹の虫が鳴いた。

（……ごはんでも食べようかな）

　朝ご飯は食べたものの、慌ただしくしていたせいでお昼を抜いてしまった事を思い出す。

（葵太さんには悪い事をしちゃったな……）

　少しだけ反省しながら、部屋着のワンピースに着替えてキッチンへ向かった。

　料理を作る気力はない。
　確か冷凍したシチューがあったと思ったから、それを食べよう。

　おばあちゃんがお昼に食べれるようにと、何個かケースに小分けで……


「はぁ……」

　不可抗力で、心に隙間風が吹いた。
　レンジで温めている間に、紅茶も用意してしまおう。何とか手を動かそう。
　そうして、安い紅茶バッグと、電気ケトルと、冷蔵庫から自家製の……


「……あぁ、もう」

　エルダーフラワーコーディアルを取り出して、お盆に載せた。
　シチューも温まり、その後すぐに湯も沸いた。

　気持ちを切り替えようとしたところで、すぐにおばあちゃんを思い出してしまう。


　── イオリちゃん。


　あぁまた、優しい声が聞こえたような気がした。
　そのままふらりと庭へのドアを開いてみれば、眩しい夕日が目に入り込む。

　茜色に染まった草木は美しく輝きながら、暖かく出迎えてくれているように思えて、よろよろとサンダルを履いて歩き出す。

　敷石を踏んで、まっすぐ行って……


　一番明るくて暖かいところに目が行くけれども、右側に座る人はもういない。


「う……ふぅぅ……」

　結局、涙がこぼれてしまった。
　庭には私以外誰もいない。分厚い硝子の壁が、嗚咽をここだけに封じ込めてくれる。

　膝をついても、芝生に手をついても、何をしてもおばあちゃんの声が聞こえてくるようだ。

　── 汚れてしまうでしょう？ どうしたの？

　頑なに強張っていた思考がどろどろに溶かされて、涙になって流れていくようだった。
　
　いよいよ止まらない。
　訳がわからないまま泣き続けてしまう。

　心のどこかで冷静さが戻ってきても、涙は止まらない。
　このまま日が暮れ切っても止まらなかったらどうしよう。

　そんな事を思いながら、ずっと下を向いていると、


　キィ……

　庭の奥の方から、ドアが開いたような音が聞こえた。


　キッチンに繋がるドアは、閉まっている。
　それが鳴るなら、すぐ後ろから聞こえるはずだ。


　恐る恐る前を向けば、霞む視界に一枚のドアが見えた。

　シンプルだけれども美しい彫刻が施された深緑の木のドア。
　ドアノブはバラの花の形をして、夕日を浴びて金色に輝いている。


「二つ目の、ドア……？」