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1章 少女と黒騎士の邂逅

1.庭の御伽噺

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 私の家には、御伽噺の世界のような庭がある。
 おばあちゃんと過ごした家の、思い出の庭。

 父と母が早くに亡くなった悲しみを、ずっと和らげてくれた特別な居場所だ。

 外から見ると、何の変哲もないガラスの温室で覆われた狭いお庭。
 だけど、家の扉から入ると、外からの印象を打ち破るような美しい庭が広がっている。

 ちょっとした家庭菜園と、右側半分を埋め尽くすエルダーフラワーの花壇。
 ふわふわとした碧の芝生の道には、花の模様が描かれた敷石。
 その上をトントンと渡っていくと、この庭で一番日当たりのよい場所に置かれたガーデンテーブルへ辿り着く。

 使われていない藤棚の下、眩しさを大きな日傘で受け流して、柔らく暖かい光がふりそそぐこの場所が特に大好きだった。
 私は向かって左に、おばあちゃんは右へ座る。
 ティーバッグから煮出した紅茶に、角砂糖一つと、自家製のエルダーフラワーコーディアルをひと垂らし。

「このお庭にはね、二つのドアがあるのよ」

 そうして、お花と紅茶の香りを楽しみながら、おばあちゃんの話を聞く。

「一つ目のドアは、家と庭を繋ぐ出入り口。
 二つ目のドアは、別の世界からのお客さんがやってくるのよ」

 普段は目に見えないけれども、この庭のどこかにあって、お客さんが来る時だけ見えるようになるドア。

「どんなお客さん?」

「色んな人がくるわ。魔法を使える人や、お姫様も来たことあるかしら」

「お姫様!」

 私はいつも心を躍らせた。
 とっても綺麗なお姫様が、ママとおばあちゃんに恋の相談をする話。
 魔法使いがお庭の花を一束貰ったお礼に、満月のような美味しいケーキをくれた話。
 そして、

「王子様と、大事な約束をしたわ」

 おばあちゃんの大好きな、王子様の話。
 おじいちゃんの事なのかなと思うけれども、おばあちゃんは何も言わない。
 けれども、王子様の話をするおばあちゃんは、とても優しい声をして、

「いつか、迎えにきてくれるんですって」

 可愛らしく笑っていた。

 年齢よりもずっと若くて綺麗なおばあちゃんだったけれども、それ
 遠く離れていても、いつも一緒にいられなくても、あなたの事を忘れない。
 ずっと想い続けます。
 
 実は、その王子様の事を、私は知っていた。
 夜遅く、私が眠ってしまう頃にやってきては、おばあちゃんと話している声。
 おばあちゃんの名前を愛おしそうに呼ぶ声。
 
 どんな絵本のお姫様よりもロマンチックで、幸せそうな、本当にある話だった。
 だから、二つ目のドアの事も信じていたし、憧れながら聞いていた。

「イオリちゃんがお客さんに会えたなら、特に丁寧におもてなしするといいわよ。
 きっと、いい事があるから」

 話の最後に、おばあちゃんは決まってそう口にする。

「いい事?」

「ランプの灯火のような、ささやかなものだけどもね。
 長く、明るく続く幸せよ」

 いつか、二つ目のドアが見えたのならどうしよう。どうやっておもてなしをしよう。
 子供ながらにずっと考えて、楽しくなってしまい眠れなかった夜もある。

 お姫様でも、魔法使いさんでも、王子様でも。
 もっともっと別の、おばあちゃんが会った事ない人たちでも。
 おばあちゃんのような素敵なロマンスがあっても、なくても。
 穏やかで素敵なひと時を夢見ていた。

 そして、夢が叶ったら、おばあちゃんにまっさきに伝えようと思っていた。
 素敵な時間が過ごせた。私にも見えた。ただ嬉しい事を伝えたいと思っていた。

 けれども、



「本日は祖母、加賀美琴音の葬儀にご会葬くださり、誠にありがとうございます。」


 夢を見ている間に、おばあちゃんは死んでしまった。
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