カフェキュエンティンの不思議な暇つぶし

3章:私だけのガラスの靴

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「今理ちゃん、先日はご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんでしたぁ……」

「いえいえ。もう水に流してますよー」

「ありがとぉ、これお土産」

「やったー！ ありがとうございます！」


　手に持っていた可愛い紙袋は、今理へのお詫びの菓子折りだった。
　職業柄お菓子を作る彼女の参考になるようにと、都心部で買える流行りものの焼き菓子を買ってきたようだ。今里も花が咲くような笑顔で喜んでいる。

（ベリルさんテレビのイメージと全然違うんだなぁ……）

　憑依型の役者というものなのだろうかと、参考までに見たドラマでのベリルを思い出していた。
　ダウナーな悪人からハキハキと喋る熱血教師まで、役柄は幅広い。どれもが自然で、説得力のある演技。ギャップが凄まじいと改めて幸人は思う。


「まぁ、終わった事だから聞いておくれよ。
　コイツ、アタシに黙ってドラマの主演オーディション受けてたのさ」

「……え？ もしかして喧嘩の原因ソレ？」

「そうさ……信楽は宛書なんだよ。ハナからベリルが演じる以外考えてない。
　出演依頼も行ってたはずだろ？
　なのにコイツわざわざ蹴ってもう一度オーディション受けに来たのさ」


　信楽警部のお取り寄せ事件簿は、連載が始まって一年程のまだまだ若い作品だ。
　中々新作のアイデアがまとまらずスランプに陥りかけていた時に、丁度その辺にいたベリルを元にキャラを作ってみたところ、あれよあれよと話が広がっていき出来上がったという。
　確かに主人公の信楽警部はのんびり屋で、好きなものに一直線。たまに大人げない行動に出る等、素のベリルに近い要素がいくつも見受けらる。


「ははは……あの役は実力で勝ち取りたかったんですよぉ」


　しかし、ベリルとしては役者のプライドが許さなかった。
　好きな人が書いていて、一番魅力的だと思えるキャラだからこそ実力で勝ち取りたい。宛書されているとわかっていてもオーディションで勝ち取ることに拘ったのだ。
　並々ならぬ熱意があったと、本人の緩やかな口調の中でも伝わって来る。


「しょうがない子だよ全く。こっちの気も知らないで」


　結果的にちゃんと信楽刑事役を射止めたから許してやったと、猿投山は呆れながらも嬉しそうに笑った。それに対してベリルは困ったような、幸せそうな笑顔を浮かべた。

（いいな……）

　今理は静かにそう思った。空気にあてられて顔が緩んでしまう程、二人は仲睦まじく幸せそうだった。
　しかし、


（……ん？）


　もっとこの空気感に浸っていたかったが、突如今理の背筋に悪寒が走った。
　これは、きっとよくない事の気配だ。

　
「御三方、ちょっと小会議席へ移動できますか？」


　眉間に皺を寄せ、緊急事態だと伝わるよう真剣な声色で、三人に提案した。