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1章:万華鏡秘密箱

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「……わかりました。
 でもこれで気が晴れなさそうでしたら、病院に行ってくださいね」

「勿論さ」


 この子とは長く付き合っていたいから、そりゃあね。
 猿投山はわざとらしくウィンクした。
 基本的に人嫌いの彼がここまで世話を焼くのは珍しい。
 よっぽど善良かつ面白い子で、仕事ができる子なのか。

(いたたまれなさが増しちゃうなぁ……)

 洞察眼もさる事ながら、猿投山の人を見る目は確かだ。
 彼が好きになった人物は、今理も大体好感が持てる。
 仕方ないなぁ。仕方ないなぁ。今理は深いため息をつきたくなった。


「……さて、アタシは原稿がんばってくるよ」

「えっ」

「元気になった幸人にどやされたくないからねぇ」


 アンタを信じているからねと、またウインクして、猿投山はそそくさ去っていった。

(投げっぱなしにしやがってあのじじい……)

 呆然としながら心の中で暴言を吐いてしまったが、今理は気を取り直して考える。

(いや、そんな大それた事できないんだけど……) 

 この店で、今理が幸人にやれる事というのは三つ。


「……えぇっと、幸人さん!
 今、珈琲を淹れたてなんです。
 一杯いかがですか?」


 早速。その一つ目をやってみる事にした。
 幸人をカウンター席に案内し、温め済の小さなカップに出来立ての珈琲を注ぎ入れ、ミルクと砂糖のセットを用意する。
 おまけに今日焼いたゴマクッキーを三枚。すみれの花の形をした小皿に乗せて、


「はい、まずはこちらをどうぞ。
 お代は猿投山さんにつけておくので」

「はぁ……」


 カフェ・キュエンティン定番のサービスだ。
 それなりにこだわって作ったブレンド珈琲と、お菓子のセット。
 銀の小さなトレーに載せて、幸人の前へそっと配膳した。

 もう少し腹が膨れるケーキやサンドイッチは既に売り切れたため、多めに焼いておいたゴマクッキーだけになるが、珈琲との相性は抜群だ。

 幸人は勧められるまま一口飲み、クッキーをかじる。
 気が付けばそれを繰り返し、あっという間に平らげてしまった。
 珈琲の熱を纏ったため息と共に、幸人の目に少しだけ光が戻ったように見えて、今理は胸をなでおろした。
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