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第54話

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「ファズマ……」
「授業開始前に突入してな」

 ファズマはやはり、振り返らないまましゃべった。
 一瞬たりとも、魔王から視線を外そうとしない。

「最初から転移場所がずれていた。おかしいとは思ったが……ザコばかりで、まるで手応えがなくてな。つい調子づいて進撃してしまって……気づいたら、いっしょにいた連中が1人2人といなくなり、ここまで誘いこまれていた」
「誘い? ここはあの魔王のテリトリーか」
「そうとしか思えん。転移からして、敵側の小細工なんだろう。あのウネウネ野郎、おれ様の質問にウンともスンとも返事をしなくてな! 何が目的かさっぱりわからんが……」
「話はわかった。ここは危険だ」
「その通り。さあ、早く下のノロマを連れて逃げろ。学園にこのことを報告するんだ!」
「わかっている。ファズマ、おまえも」
「おいおい! 貴様らしくないな、足止め役まで逃げてどうする?」
「なに……?」

 おまえ、とパルルの声に驚きが混じった。

「まさか……今まで、シーキーちゃんを守って……!?」
「その声は狂犬エルフか? いいぞ、2人いるなら、気絶したマヌケを連れても安全に逃げられるだろう!」
「そ、それは、まあ……で、でも……」
「あのバカが転がってると戦いづらくてな! ここのここまでおっかなびっくり、何を持ってきたと思う? 弁当だぞ!! どうせまたコゲちらかした肉だろうに、まったくあきれ果てる!」
「……!」
「あいつにはまだまだ修行が必要だ! このズルムケ魔王に言ってもわからんだろうがな――」

 パキイイイイイン

 ファズマのスキルが砕け散った。
 魔王が巨体を震わせて、のそりと動き出している。
 ……Aクラスのスキルが、力で押し負けたのか?
 なるほど、確かに異様な強さだ。

 ぐりんっ

 と、人型の部分が首をめぐらせた。
 まるで骨など入っていないかのような、不気味な動きだ。
 そのまま……、なんだ?
 俺を、見ている?

『……レジード……』
「――!?」

 くうを切り裂いて、触手が俺に向かって飛んできた。
 速い。しかしかわせる。
 引きつけて・・・・・反撃だ――
 そう考えたのが、よくなかったのかもしれない。

「危ないッ!!」
「っ……!?」

 俺の前に割って入ったファズマの槍が、なかばからへし折れ、弾き飛ばされた。
 ファズマの体が石床に叩きつけられる。
 一瞬のできごとだった。

「ファズマッ!!」

 駆け寄るが、彼は反応しない。
 鎧の胸当てが、べっこりとへこんでいた。
 良い品なのだろう、砕けてはいないが、衝撃は素通しだ。気を失ったのか。
 俺のことを守って……いや。
 俺が、守らせてしまったのか。

「すまない……!」
「……お師匠さま」

 パルルが杖を構え、油断なくとなりに立った。

「アイツ、お師匠さまの名前を……」
「ああ」
「お知り合いですか?」
「そう思うか?」
「お師匠さま、顔が広いですから」

 80年山にこもったまま1回死んだ人間に、それはもはや嫌みではないか?
 だが。
 確かに。
 なんだ……? 魔族にもカエルにも知り合いなどいないが、目の前のアイツは、確かに。

 見覚えがある……?

『レジード。待っていたぞ』
「……貴様のようなウジュウジュと待ち合わせた覚えはない」
『笑わせるな。ワタシとて本当にお前を待っていたわけではない』
「なに……?」
『血を。待っていたのだ。お前の血を』

 にたあ、と魔王の人型の顔がわらった。

『イルケシスの血を』

 風が吹き抜けてゆく。
 縁魔界とはふしぎなところだ。
 ここも、外のように見えて実際はダンジョンの中なのだろうに。風のにおいも、土くさくてかなわん。

 魔王の力を感じる。
 俺を逃がすまいという。
 本当に、俺を待っていた……? 
 誘いこまれたのは、ファズマではなく、俺か?

「転移のときの声は、貴様か」
『……ほう? 聞かれていたか……少しは成長したようだな? できそこないめ』
「成長? ……なんだ? 誰だ貴様は? 何を知っている?」
『わからんか。確かに、顔を合わせたのは2度か3度。言葉などかわしたこともない。だが、お前にはよく笑わせてもらっていたのだよ。ワタシがいとも簡単にこなせることを、何10日と修行しても一向にできないお前にはなア』
「……貴様……まさか」

 俺ができなかったこと。
 顔を合わせたことが、2度も3度もある?
 ……にわかには信じがたい。
 だが、可能性はそれしかない。

「イルケシスの者、なのか……!?」
『セグオン・ラルド・イルケシス。人間だったころの名だ』
「セグオン。……ラルド家のセグオン」

 記憶にある。
 イルケシス家の分家、序列第3位。
 セグオンといえば、その長男で……武勇に秀でる、優れた男だったはず。
 こいつが、そうなのか。

「セグオン。なぜそこまでに成り下がった」
『成り下がる? 何のことだ?』
「魔族に身を落とした勇者など、聞いた試しもない。なぜそんな生き物になってしまったんだ?」
『聞きしに勝るアホウだなア、お前は。ワタシが下がった・・・・だと? ちゃんと目は開いているか?』
「開いていたらなんだ。どうするつもりだ」
『その目玉ごと、ワタシが喰うというわけさ』

 前に出ようとしたパルルを、俺は片手で制した。

「パルル。2人だが、担いで退けるか?」
「お師匠さま……!」
「わかっている……ちゃんと授業はこなす」
「いえそうじゃなく」
「ファズマの言っていたことと同じだ。俺が足止めをする。まかせるぞ?」
「……はいぃ」

 いろいろと不服げながらも、パルルはファズマをよいしょと担ぎ上げた。
 足取りの乱れもなく、てけてけと階段を降りていく。
 まかせておいてなんだが、あいつポテンシャルおかしくないか。

 弟子がああなら。
 師匠がおくれをとるわけにはいかんな。

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