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Track-1.part A 闇夜に音で遊ぶ

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私は重たいキーボードを担いで、とある場所に向かっていた。それは、親友の一言がきっかけになり、そのプロジェクトは進み出した。

……私一人で、だ。

「優華のやつ~!!」
私、水鏡音愛(みかみとあ)は、腹を立てていた。

その対象は親友であり、この壮大(?)なプロジェクトの発案者でもある細波優華(さざなゆうか)に……だ。

優華命名:水鏡音愛路上ライブプロジェクト!!
の始動当日、彼女はそれをすっぽかしたのだ。

「何が、ごっめーん。急に仕事が入っちゃった!!(てへぺろ❤️)だ!!もしもの事があったらどうしてくれるの!!」
私は決して軽くはないキーボードを抱えながら、親友に対して毒づいていると、ポツポツと雨が降ってきた。

「あー、もぅ。雨も降ってきたし。最悪……」
本降りではないが、電子機器であるキーボードを持つ身としては故障しないか気が気ではない。

……帰ろっかな。

一人で路上ライブなんて不安だ。
誰も聞いてくれないかも知れない。
それだけならまだいい。

小雨の降る空を見上げるとすでに日は傾き、夜の空が顔を覗かせている。気温も下がり、冷たい風も吹き荒ぶ。

その上、女の子が一人で夜に歌うなんて……。いくら安全な国、日本だとしてもが絡まれたら……なんて考えると不安でたまらない。

心の中ではそう思ってしまう。だけど足は変わらずに目的地に向かって歩いている。

『……私、将来歌を歌う人になる!!』

『そうかぁ!!音愛ならなれるぞ!!アイドル……いや、日本の歌姫に!!』
幼い頃、私が父に言った言葉が脳裏をよぎる。

あの頃は何も考えずに口にしていた夢を父は疑う事なく褒め、頭を撫でてくれた。その手のひらの暖かさが、私の足を動かしていた。

それと同時にもう一つ、私には野望があった。
別に歌手になれるなんて思ってなんかいない。

ただ、失意のどん底だった私に、歌という希望で励ましてくれた、誰も知らないあの曲を歌いたい。

心のままに歌って……一人でもその曲に興味を持って欲しい。作曲者が望んでいなくても、これが私の勝手な思いだとしても、だ。

たとえ歌手になれなくても、ただ一人が足を止め、私の歌を聞いてくれれば満足なのだ。

希望と妥協(現実)が入り混じる中、私は目的地に辿り着く。そこは繁華街の一角にある歩道橋の下だった。

ここなら雨が多少降っても問題はない。
人通りもそこそこあるから、暴漢がいても対処はできるであろう……。そう祈りつつ、私はキーボードの準備をする。

「はぁ、雨やんでくれないかな……」
準備をしながら、夜空を見上げてみる。

そう多くの人に見てほしい訳ではないけど、足は止めて欲しい。相反する願いを込めて口にしてみるが、現実は無常だった。
先程まで小雨だった雨は次第に強くなる。

その雨を見て、私は苦笑いをする。

「私らしい……か」
雨音を聴きながら、独り言を呟く。

楽しい事、新しい事をする時はいつもこうだった。遠足や修学旅行、卒業式や入学式はいつも雨が降る。

雨女の私の写真はいつも曇天だ。
だけど、晴れている時より気分がいい。

低気圧頭痛と言った言葉が世に出て久しい昨今では考えられないという人もいるだろう。

もちろん雨は濡れるし、髪はぐしゃぐしゃになるし、めんどくさい。

だけど、あの日を境に晴れた日より雨の日の方が落ち込まなくて済む。父の亡くなった日の、
あの晴れた日に干からびる事なく流れた涙を思い出すからだ。

だから雨音を聞くだけで、心が軽くなってくる。

「よし、やるか!!」
決して絶好の路上ライブ日和とはいい難い中、私はキーボードを前に手を叩いて、気合を入れる。

私がそんな動きをしても、誰も気に留めない。
そのくらい人通りはなく、誰も足を止めない。そんな中、私は発声をする。バックサウンドは雨音だ。

「あー、あー。あーあーあーあーあー」
声の音階をゆっくりと上げ、喉を鳴らす。
それと同時にキーボードに手を置く。

「あーあーあーあーあー」
次の発声で声と同時に鍵盤を鳴らす。

「あー、あーー」
次に単調を入り混じる音階と共に、声のトーンを上げる。

雨の中、行き交う人が私を見ては去っていく。足を止める人は誰一人としていない。

それでも、私は声を出す。
最初で最後だとしても、悔いのない様に。

……よし!!
自分の中にスイッチが入る音がなり、指は一曲目のメロディーを奏でる。

まずは道ゆく人の興味を引く様なポップな歌から始める。今は誰もいないけど関係ない。

アップテンポに鍵盤を叩く指が、リズミカルな音を奏で、イントロからAメロに変わる。それと同時に声を……歌を歌い始める。

だがノリに乗る指とは裏腹に、声が震えてうまく音を出せない。

それもそうだ。人前でカラオケ以外で歌うのは初めてなのだ。緊張しない訳がない。

とりあえずブレスを意識しながら、緊張する声をはっきりと出していく。このままでは終われない。

この決意を苦いものにはしたくない。
だから今出せる声を精一杯にだす。

しばらく歌っていると、次第にこの状況に慣れてきた。カラオケと言った閉塞した空間でもなければ、人の視線を一身に受ける舞台にいる訳でもない。

何もない、雨と車の排気ガスが風によってこちらに流れ来るだけの開放された空間で私は歌を歌っているのだ。

その感覚が楽しいから気持ちがいい……、そして徐々に恍惚(なんとも言えない感覚)へと変わっていく。だけど、頭は至って冷静だ。

この感覚を一定維持しながら歌を歌ってはいるけど、誰も足を止める人はいない。

2曲、3曲……歌を歌い続けたが、その状況は変わらず、徐々に疲労と諦めの気持ちが湧いてくる。

目標の5曲まであと2曲になり、音を奏で始めた刹那、視界に人の姿が映り込む。

その人はスーツ姿なのに傘もささず歩いていた。だけど、私の姿を見て不意に足を止める。

一見危ない人の様に見える。見えてしまうけど、こちらに近づいてくる訳ではなく、ただ雨に打たれながら私の姿を凝視するだけだった。

その視線に私は再び緊張してしまい、声が震え始める。

どうか、声よ途切れないで!!どうか、最後まで聞いて!!そう言う願いにも似た思いで歌を歌う。

だが、その男の人はふと動き出す。その姿を私は歌いながら視線だけで追う。

帰ってしまうのだろうか……。そんな思いとは裏腹に彼は歩道橋の反対側にある百貨店の壁にもたれ掛かる。

その姿を見た私は安堵する。

……一人は足を止めてくれた。
その事実が、私に勇気と今までにない緊張感を植え付ける。

足を止めてくれた人に下手な音は聞かせられない。そう思い、いかに不細工であろうより一層声を張り、歌い切る。

「聴いてくださり、ありがとうございます」

呼吸を整えながら、感謝の言葉を告げる私を彼は微動だにせず、ただ見ているだけだった。

1曲聴いてくれたとはいえ、さすがに不安を覚えた私は、今日の目的であった最後の歌を歌う告げる。

「次の曲で最後になります」
私は何も言わない彼に一言告げ、本懐だったあの曲の伴奏を始める。

カラオケにすらない曲……という事は、世界のごく一部。いや、楽譜に関しては作曲者と私しか知らないかも知れない歌の演奏は一ファンとして心が弾む。

だけど聴きなれた音色を奏でながら、私はどこか物足りなさを感じてしまう。その理由は明快だ。

作曲者であろう男性のベース音と彼の声がないのだ。そこは私にとって唯一の不満点だけど、心のままに私は前奏を弾き、歌い始める。

男性は相変わらず、百貨店の壁にもたれ掛かり、こちらを見ている。だが、さっきと違う点が一つだけあった。

暗がりのなか、彼の顔に表情が現れたのだ。
その顔は目を見開き、驚いているように見え、まるでこの曲を知っているかの様だった。

もちろん私の勘違いかも知れない。街灯の灯りはあるとはいえ、夜なのだ。その真意は分からない。

……あとで話してみようかな。
ふと頭の中で、彼に興味が湧く。

だけど、まずはこの曲を歌い切る事が先決だ。指を動かし、声を出して好きな歌を歌う……。

完璧でなくても、その至福の時間が過ごせる喜びを噛み締める様に……私は歌った。

私が歌に夢中になっている、彼の指がベースの弦を弾いていることに気づかないまま。
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