ココロノアリカ〜35歳男が中学生女子になったその日から〜

黒瀬カナン

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第55話 唇と夜の闇

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ひゅー……どーん!!

盛大な音とともに花火が始まり赤、黄、緑と色とりどりの花火が上がっていくのを私達は横に並んで見ていた。

天に舞っては消えゆく火の花を私は目に焼きつけるつもりでいたのだが……私の視界には打ち上がる火の粉すら見えなかった。

何故なら、私の目の前に180センチくらいあるであろう浴衣の男どもの壁がそびえ立っていた。

140センチくらいしかない私が花火を見るために背伸びをしても、見えるのは人の頭ばかりで横に動こうにも後ろに下がろうにも人で溢れていて身動きが取れない。

唯一動けるところといえば、修斗君の隣だけだったがどうにも気が進まない。

彼の手が触れるだけで高鳴る鼓動がどうも気になってしまい、せっかく距離を取ったはずなのに自分から体を寄せるなんて無理にも程がある。

元おっさん美少女が息子と同年代のガキンチョに胸をときめかせるなんて気持ち悪いし、そんな自分に嫌気が差す。

それどころか、早く終わって帰りたい気分になる。
私はどんよりとした気分でため息を吐いていると、修斗君とは反対の肩に衝撃が走る。

隣でいちゃついていた20代のカップルの女が私の肩に当たったのだ。
その弾みで私は修斗君のいる方へと態勢を崩す。

その様子を察知した修斗君が私の肩を両手で優しく支える。その瞬間に、彼と目があった。

「あっ……、ごめん」

「いや、大丈夫?」
お互いに言葉を交わしながらも私は下を向き、彼は頭をかきながら夜空を見上げる。

……なにやってるの、私!?初々しい空気を醸し出しちゃって!!とうの昔に青春なんて卒業したはずでしょ?むしろ、相手は男だよ?男!!ありえないって!!お前には四季という伴侶がいたはずなのに、何してるの!!

私は俯きながら、心と頭の乖離に動揺して目を回していると、彼は私の手を握ってきた。

その瞬間、女の子としての私が表面に出てきてしまったかのように激しい鼓動が私の胸を打つ。

「~~」

私は呼吸困難になりそうなくらいに息を弾ませる。
すると、彼は人混みをかき分けるように移動を始める。手を繋いだ私達は少し離れた人の少ないところに移り、そして私の手を離すと彼は私を見つめる。

再び目が合った瞬間、周囲は小休止と言わんばかりに先ほどまでの雑踏が消える。

じっと私の目を見つめる彼に私は胸の鼓動がこれでもかと言わんばかりうち続ける。
そしてゆっくりと彼の顔が近づいてくる。

……キスされる!?

彼の表情から私は身体を硬くする。
女としての本能が思考を支配してしまったかのように、拒絶することができない。

迫りくる彼の唇とこの場の空気に耐えられずに私は目をギュッと瞑る。

「……ここならゆっくりと見えるはずだから」
彼の唇は私の頬や唇に触れる事はなく、耳元に近づいてゆっくりと囁く。

「えっ!?」
拍子抜けした私が目をぱっちりと開けると、再びドン!!と大きな爆発音と共に花火が打ち上がる。

先程とは打って変わって、夜空に火の玉が私の視界に入ると色鮮やかな火の花を広げる。

「ねっ?」
彼は私の耳から顔を離すと笑顔で私に同意を求める。

その瞬間、私の顔は真っ赤に染まる。
恥ずかしさと乙女のように胸をときめかせた自分に腹が立ち、行き場のない怒りが込み上げてくる。

そして、元凶である修斗君を睨むと彼はまるで意味を理解していないかのように首を傾げる。
ますます腹が立った私は生前サッカーでならしたこの短い脚で彼の脚を数回軽く蹴る。

「な、なんだよ~」
彼は私の怒りの原因がわからず、戯ける。

「知らない!!」
私は拗ねた様に口を尖らせてそっぽを向く。

……正直、危なかった。

その顔はまだ幼いながらもニキビも少なく整っている。普通の女の子や男色でなくても誰もが羨む顔立ちをしている彼に今迫られると、断れる気がしなかったのだ。

私の態度にオロオロする彼を尻目にしばらく拗ねたフリをしていたが、私はホッと一息つく。

今日の私はどこか変だ。
いや、あの夢を見出してから自分の中に女を感じてしまう。

男だったと嘯いたところで、どうしようもない現在の性の壁が浮き彫りになる。

……ならばこのまま。

「香川……ありがとう」
私が考え込んでいると、修斗君は不意に感謝の言葉を口にする。

突然の事で「えっ?なに!?」と聞き返すと、彼は和かな笑顔で私を見ていた。

「いや、今日はありがとう。サッカーの事で落ち込んでたのが嘘みたいに楽しかった!!」
眩しいくらいの笑顔を見せる彼に心が弾む。

「うん、私も……楽しかったよ。修斗君……」
私は初めて、彼の下の名前を口にする。

すると、彼は驚いた表情を浮かべる。
「かっ……。な……な、夏樹……」と、私の目を見ながら慣れない様子で下の名前を声に出す。
私の名前を呼んですぐにまた、彼は視線を逸らす。
私もまた視線を外した。

『さぁ、本日最後のメインイベント!!空中から降り注ぐ色とりどり滝をご覧ください!!』

今日の最後を告げるアナウンスが会場にこだまする。

その声に私達は我に帰る。
そして彼は後ろを振り向き、私は彼の肩越しに天から降り注ぐ炎の滝を目にする。初めのうちはその光景を食い入る様に見ていた。

だが、終わりに近づいていくにつれその光景は私を地獄へと誘っていく

夜空に輝く色とりどりの火花が、赤く燃える大地に天井から降り注ぐ火の粉……、あの日の……火事の光景と重なったのだ。

その瞬間、私は息をつまらせる。
背中や額から冷や汗が噴き出る。
目を大きく見開き、茫然自失とした私の世界は音を無くす。何も、入ってこない。

「香川!!おい、香川!!夏樹!!」

「……修斗君?」
修斗君の声に私は我に帰る。

「夏樹、大丈夫か?」
彼が心配そうに私の顔を覗き込む。

「うん……、大丈夫」
私は額に流れる冷や汗をハンカチで拭う。

「急に顔色が悪くなったからおどろいたよ。本当、大丈夫か?」

「……ごめんね、心配かけて」
巾着にハンカチをしまう手にもじっとりと汗をかいていた事に気がつく。それをハンカチで拭い、巾着にハンカチをつっこむ。

『本日のプログラムは全て終了いたしました』
遠くの方で終了を告げるアナウンスが流れる。

「加藤君……、帰ろっか」
アナウンスを聞いた私は彼に告げるととぼとぼと力なく歩き始める。

修斗君の隣を言葉なく通り過ぎると、彼は私の右手を掴む。

「夏樹……」

「ごめん、今はそんな気分じゃないの……」
心配そうな声で私の名前を口にする彼を私は拒絶する。さっきの動揺が嘘の様に、心が閉じてしまった。

「……」
私の拒絶に言葉を失った彼を置いて私はふらふらと歩く。彼はその後ろをついて歩くだけだった。

人混みで溢れた夜は、私達を闇へと誘っている様に、光を失っていった。
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