ココロノアリカ〜35歳男が中学生女子になったその日から〜

黒瀬カナン

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閑話 祖母と養子

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3日後、私が自宅の部屋で夏休みの宿題をしていた。

……えっ?なんで終わってないのかって?
はっはっは~、私は追い込まれないとできないタイプなのだよ!!

「おーい、夏樹!!ちょっとおいで~」
下からお父さんが私を呼ぶ声がする。
その声を聞いた私は下の階に降りて「な~に」と尋ねる。

お父さんとお母さんは満面の笑みで出かける準備をしている。

「夏樹、おばあちゃんのところに行くから準備しなさい!!」
お父さんは嬉しそうに支度をしながら言う。

「はいはい~。おばあちゃんとこね」
私もなんの気無しに返事をして二階に上がると外着に着替えていると、ふとした疑問が立ち込める。

「そういえば、おばあちゃんって誰だろ」
釈然としないまま私は車の後部座席に乗る。

「お父さん、おばあちゃんとこってどこにあるの?」
車が県道を走る中、私はお父さんに尋ねる。

「もうすぐ着くから、楽しみにしてなさい~」
お父さんはその問いにニヤニヤしながら車を走らせ、お母さんが私に告げる。

私に告げるお母さんの顔もどこかうれしそうだ。

……はて、お父さんもお母さんもご両親亡くなってたよな?

私は彼らの話を思い出しながら揺れる車の中、考えた。

しばらくすると見慣れた光景が目に広がる。
この辺りは実家の近くだ。

……この辺りにおばあちゃんって人がいるのか。実家の近くなんて偶然だな~。
なんて呑気に考えていると、車は実家の駐車場に車へと入っていく。

「ふぁっ!?」
その光景を目にした私は驚き戸惑っていると、両親はなんの戸惑いもなく、実家へと踏み入れる。

「こんにちは~、大樹です」
インターホンに向かい父が告げると、母は「はーい」と明るい声で言い、インターホンの受話器を置くと玄関へと足取り軽く出てくる。

「いらっしゃい。大樹さん、つゆさん」
母は嬉しそうに両親を順に目で追う。
私はその様子に目を丸くする。

「夏樹ちゃんも、いらっしゃい」
混乱する私を母が見つけて笑いながら私を招く。

「いや~、突然お邪魔してすいません、お義母さん」
私はお父さんの発言に驚きを隠せずに、声の主を見る。そこにはいかにも実家に帰ってきました!!と言う表情をする両親が母を見ていた。

「いいのよ~。1人で退屈してたのよ。さあ、はいって、入って!!」
母もお父さんの言葉を気にする事なく私達を招き入れる。

訳のわからないまま、私は見慣れた実家に足を踏み入れる。この身体での帰宅は初めてだ。

そして、仏間のある部屋に通された私達はまず、父の仏壇に手を合わせる。父の遺影の横には初めて見る自分、春樹の遺影も置いてある。

私はその遺影を見て、急に高鳴る胸のざわめきを覚えた。だが、いつもの自責の念に押し潰されそうになる脈動ではなく、気を失うこともなかった。

どこか暖かいような、息苦しいような戸惑いにも似た胸の高鳴りに私は驚いた。

「お義母さん、お元気そうで何よりです」
お母さんが母に対して安堵の表情を浮かべながら言う。私はお母さんの言葉に我に帰る。

「お陰様で、つゆさんや四季さんが心配してくれるおかげで、寂しくないわ」
母は苦笑いを浮かべながら、お茶とお菓子を持ってくる。

「……母さん、なんでそんなにお母さんと仲良くなってる訳?」
私は目の前にいる二人の母に対して問いかける。

「なんでって……ねぇ?」
母はお母さんと視線を合わせ、同じタイミングで首を傾げる。

「ねぇって、お通夜の時に仲良くなったのはわかるけど、会ったばっかりなのになじみすぎじゃない?まるで親子みたい!!」
私は目の前の事実に戸惑いながら尋ねる。

「ああ、その事ね。あなたに話していなかったことがあるのよ」

「何?」
私は母を訝しむように見つめる。

「あなたが生まれる前、あなたにはお兄ちゃんがいたの。大樹って言うね……」
母の言葉に私は衝撃を受ける。

……初耳、初耳ですけど!!母さん!!
私が戸惑っていると、母さんは笑いながら昔を思い出す。

「あの子は生まれつき体が弱くてね……。生まれて半年して死んだのよ……。だから、大樹さんを他人に見えなくてね~」

「私達も若いうちに両親を亡くしていましたので、お義母さんが他人には思えなくて……。ほら、あなたのお母さんですもの」
母の言葉にお母さんも昔を思い出しながら零す。

「夏樹ちゃんのご両親は私の子供みたいなものだから、あなたたちも気にしないでいつでも来てちょうだい。あの人も喜ぶわ」

「お義母さん!!」
お父さんが、瞳に涙を浮かべて叫ぶ。
その光景を私は呆れる。

……いや、仮にそうだとしても馴染すぎじゃない?

私を除く家族が皆、本物の親子のように馴染んでいる。この環境に馴染んでいないのは私だけと言わんがばかりに、この人達は現実に見事なまでに適応している。

「だから、夏樹ちゃんも私のことはこれからおばあちゃんって呼ぶように!!母さんが二人いたらへんでしょう?」
母は私を見ながら得意げに胸を張る。

「ふぁっ!?」
母の言葉に私は変な声を上げてしまった。
去年まで他人だった人が母になり、母だった人がおばあちゃんになる。

……そんな現実があってたまるかぁ!?
むしろオカン、冬樹には私のことは美樹ちゃんって呼んでってずっと言ってたじゃない!!

「お義母さんも、いつでもいらして下さいね!!夏樹も喜びますし、私も大歓迎なので!!」
私が言葉を失っていると、お母さんは母の手を握り、涙ながらに見つめ合う。

……何、この現実?
私が理解できずに立ち上がり、トイレに行こうとすると、母は「どこに行くの?」と聞いてくる。

「……トイレ」

「場所はわかるかい?ついて行こうか?」
母は心配そうに私に問いかけてくる。

「……いや、母さん、ボケるにはまだ早いよ。実家のトイレくらい行けるから」
私は深いため息をつき言い返すと、母さんは笑顔で「おばあちゃん!!」と言ってくる。

……おばあちゃん扱いを強要する人がこの世にいるなんて初めて見ましたよ!!

戸惑いながらも私は慣れた実家のトイレを済ませる。違和感があるのは実家のトイレに座り用を足す事だ。行動一つ一つがかつての自分とは違うのだ。

用を済ませ、ため息をつきながらトイレを出た私が見たものは二階への階段だった。

妹と駆け回った廊下、父と喧嘩をしたリビング、母を無視して飛び出した玄関……。幼い頃から過ごしてきた実家での思い出全てが昨日のように思える。だが、鼻腔をくすぐる匂いや肌にまとわりつく感覚が実家を他人の家の様に感じさせる。

実家に来たことで地続きだと思っていた思い出が、体の感覚を通じて他者だと思わせる。
どこか寂しさを感じさせたが、今の私は田島 春樹ではなく、香川 夏樹なのだ。

今まで過ごして来た日々はこれから過ごしていく未来とは隔絶されるだろう。

だが、私は過去を拒絶しない。
春樹として生きた日々は今の私を作っている。
辛い過去も、見えない未来も全て受け入れて、私は私として生きて行こう。

私を助けてくれた、2人の少女の為にも……。


私が両親と母の元に戻って来た時は、3人は酒も飲んでいないのに、なぜか盛り上がっていた。

よくよく話を聞いてみると、母を家に招くと言う話から、同居に至る話まで飛躍していた。

……いやいや、3人ともこの環境に馴染みすぎだろう?他人と一緒に暮らすなんて受け入れる事がよくできるな!!
私が呆れていると、父がとんでもないことを言いだす。

「よし、私がお義母さんの養子に入ろう!!」
その言葉に私は驚愕した。

……過去にお父さんに何があったか知らないけど、ぶっ飛びすぎだろ!!

私は開いた口が塞がらず、助けを求めるようにお母さんの顔を見る。すると、お母さんの顔が険しくなる。

「お父さん、それはダメよ!!」
お母さんが、お父さんを止めてくれた事に私はほっとした。お母さんが常識人でよかった。

「私がお義母さんの養子になります!!あなたは田島の家の人でしょう?なら私が養子に入るのが一番です!!ねぇ、お義母さん?」

……前言撤回。この人も常識から外れていた。
ツッコミ不在の環境に馴染めない私が呆れていると、お父さんがふて腐れている。母はその様子を見て嬉しいそうに笑っている。

「二人ともありがとうね。気を使ってくれて……。気持ちだけで十分だよ。さっきも言ったけど、あなた達はもう私の子供みたいなたものだよ。夏樹ちゃんをよろしくお願いしますね」

「「お義母さん……」」
母の言葉に両親は感動して声を合わせ、私も母の言葉に胸を打たれる。

ここにいる全員がちゃんとした家族ではない。どこか歪んだ形の家族だが、それでも家族たろうとする人達に私は改めてこの境遇の奇跡を垣間見たように思い、そして感謝した。

「お義母さん!!やっぱり、私はお義母さんの養子に入りますわ!!」
感極まったお母さんが、再度養子になりたいと口走り、私は転けそうになる。

「お母さんだけずるい!!それなら私も一緒に」
お父さんも負けじと母に対抗する。

「じゃあ、二人とも私の養子になればいいのよ!!」

「「「!!?」」」
今まで常識人だと思っていた母の口からとんでもない解決の手立てが飛び出す。その言葉に、お母さんは感動し、お父さんは「名案だ!!いますぐ役所に……」と言い出した。

「なんでやねん!!」
私は居てもたってもいられなくなり、大声でこの流れを食い止める。

両親と母が仲良くしてくれるのは嬉しいが、私しか彼らの暴走を食い止める人がいない事に私は恐怖を覚えた。

この環境にいるとただでさえ白髪なのに、ますます白髪が増えそうだった。
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