ココロノアリカ〜35歳男が中学生女子になったその日から〜

黒瀬カナン

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第28話 和解と再会

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5月の夕刻、菜々ナナの家に沈黙が流れ、私達はそれぞれの飲み物を飲みながら話をどう繰り出すか迷っている。

風ちゃんは、私と奈緒ちゃんの間で、秋保さんは菜々ナナと井口さんの間にいる。

「…久宮…さん。あの…」
秋保さんが口火をきる。
その声に風ちゃんはビクッと肩を揺らし私に少し近づいてくる。

「ほら、風ちゃん…」
私は風ちゃんを前へと促すと、風ちゃんは姿勢を正して「…はい」と小声で言う。

「あの、今までひどい事をしてごめんなさい。謝るのが遅くなってごめんなさい。ずっと謝りたかったの…」

「…」

「許してもらえるとは思っていない。けど、このまま謝れずに転校するのは嫌だったから」

「えっ?」

「本当に転校するんだ…」
菜々ナナと井口さんが秋保さんの言葉に反応する。

「うん…。まだ手続きの最中だって話だけど、私が嫌がるから止まってるの…。だけど、お母さんの事だから時期に…」
秋保さんの目から涙が流れる。

「私は菜々や香澄とはなれたくないよ。だけど、あなた達といると悪い影響が出る。実際に成績もいつも2位じゃない!!って怒られるの…」

「「美月…」」
3人はそれぞれに身を寄せ合う。
その様子を見た風ちゃんは唇を噛み締める。

「…らない。そんなの知らない!!」
風ちゃんの口から否定の言葉が出てくる。
その言葉に3人は体を離し風ちゃんを見る。

「私がどんな気持ちで勉強してきたか分かる??あなたは卑怯な手を使って私を蹴落とせば良かったかもしれないけど、私は必死に勉強した!!あなたに負けたくない。独りになっても、どんなにしんどくても絶対にあなたに負けたくないって思って勉強したの」
風ちゃんが菜々ナナと井口さんの時以上に怒気を増す。奈緒ちゃんはその様子を目を見開いて見つめている。
風ちゃんがここまで怒るのは珍しいのだろう。
付き合いが短い私でさえ驚いているのだから、尚更だろう。

「あなたに憎しみをぶつけるために勉強するなんてどんなに虚しい事が分かる?わからないくせに逃げるなんて許さない!!」
感情的になった風ちゃんの目から涙が流れる。
その様子に秋保さんも涙し、「ごめん…、ごめんなさい」と溢す。

「転校、なんとかならないの…?」
菜々ナナが口にすると秋保さんは首を振る。

「私のお母さんは昔から私の話は聞いてくれないの。テストで100点を取ったら、学年で1位になったら喜んでくれる。それ以外はちゃんと聞いてくれないの。私の意思も意見も全部…」

「秋保さん…」
奈緒ちゃんは同情の籠もった声を発する。

「だから、いじめのことも恥だって言って謝らせてくれなかったし、転校も私の事は無視して進めると思う…」

「…そっか。美月ちゃんは親に逆らった事がないんだね?」
ここで初めて私は話をする。
風ちゃんと奈緒ちゃんが私を見てくる。
その目は私の言っている言葉の意味をわかっている気がする。

「…うん。今日が初めて…。今までは怖くて出来なかったから…」

「美月ちゃんは転校はしたいの?」

「…したくない。どんな境遇に置かれても、クラスの人に何を言われても今の状況から逃げたくない。さっきも言ったけど、ちゃんと謝って許してもらえるようになりたいし、菜々と香澄と一緒に学校に行きたいの」

「そっか…」
そう言うと、私は風ちゃんを見る。
風ちゃんが私の目を見て頷いてくれた。
それを見た私は秋保さん…いや、美月ちゃんの前で髪を掻き上げる。
菜々ナナと井口さんにも話した話を再びする。

「美月ちゃん。これ、何が分かる?」

「えっ?手術の跡?」
2人に話した時と同じ反応が帰ってくる。

「違うよ。これは脳移植手術の跡なの。この身体の子はもう死んじゃって、私はこの身体に生かされているの…」

「嘘っ…」

「気持ち悪い話だけど事実なの。ただ躓いただけで体に影響が出るかもしれない。明日には死んでしまうかもしれないこの身体で私は生きているの…」
そう話すと美月ちゃんの顔が青ざめる。

「だから…「あなたにはなっちゃんの友達になって貰います!!それがあなたの私への償いと思って下さい!!許す許さないはそれからです!!」
私の話そうとした話を風ちゃんが遮って話す。
同じ事を1日に2回も言えば伝わるか…。

「私と奈緒ちゃんと菜々…ナナとかすみちゃんで友達の夏樹ちゃんを守るの!!何が起きても大丈夫なように…。できる?」

「…でも、お母さんが…」
美月はスマホを取り出して見るとそこには数十件の着信履歴があり、お母さんとだけ書いてあった。

私はそのスマホを徐に取り上げて電話をかける。
そして人差し指を口元にやり、スピーカーにしてスマホを置く。発信音は1コールもしないうちに通話中になる。


『美月、何してるの!!早く帰ってきなさい!!」

「あ、秋保さんのお母さんですか?私、香川 夏樹と言います。お宅の玄関で啖呵を切らせていただいた…。今日は美月ちゃんに家に泊まってもらいたいと思いますけど、よろしいでしょうか…」

『えっ?あ、あなたなにいってるの!!美月に代わって!!あなたみたいな人のところに泊めるなんて許せるわけないじゃない!!』

「いやだ!!今日は帰らない!!」

『ちょっと美月、何言ってるの!!早く帰ってきなさい!!』

「こちらとしてもお話ししたい事がありますので、明日学校まで来てもらえますか?場所と時間は追ってお伝えしますので…」
というと、私は通話を切る。
トゥルリラという音と共に沈黙が訪れる。
そして、誰からともなく笑い声がする。
緊張の糸が解けたのだろう。

「くくくっ、なっちゃん!!何その話し方!!学校の先生みたい!!」

「ほんと、夏樹ちゃんは本当は何歳なのよ!!」
奈緒ちゃんと菜々ナナが大笑いする。

「ふっふっふー、14歳~!!」
私は頭と腰に手を当て身体をくねらせる。
自分でやっていながらいろんな意味で吐き気がする。それに昭和臭しかしないポーズに再び場は笑いに包まれる。

「それにずるい!!親友の私を差し置いて美月ちゃんを先に泊めるとか嫉妬しちゃう!!」
そんな空気に風ちゃんも笑いながら、私にいう。
受け入れようとしているのか美月ちゃんを名前呼びをしてくれている。それが私は嬉しかった。

「なら…風ちゃんも泊まる?」

「えっ、いいの?後でママに聞いてみる!!」

「私も急な事だからラインしておくね。このまま打ち解けようじゃないか~」
と、私はお母さんにラインを入れる。
ぴろん、という音はすぐに返って来てOKというスタンプが返ってくる。

結局、強制的に泊まることになった美月は別として、母親がまだ帰って来ていない菜々ナナ以外も泊まる事になった。

女の子になって初めてのパジャマパーティーというものが思いがけない形で開催される。
キャッキャしている3人を除いて、美月は俯いている。

「美月ちゃん…大丈夫?」

「…うん。ちょっと怖いかな。初めてお母さんに逆らったから…」

「そっか…。けど、大丈夫だよ。私に任せて!!」

「うん…」

「それより、服とかどうする?私のじゃ、ちっちゃいでしょ?」

「みんなでユニクロで買って行こう!!」

「なっちゃん、ちっちゃすぎるからみんな着れないよ!!」

「「「ねー」」」
この連中、私をdisる時だけ妙に息があってない?
おいちゃん悲しくなってきた…。
いや、いかんいかん。今はぴちぴちのJCだった。

それより嶺さんに連絡しなきゃ!!
明日は嶺さんに力を借りないといけないから。

私が嶺さんにラインをしていると玄関がガチャガチャと音がする。

「ただいま~、奈々。あれ?お友達??」

「おかえり、お母さん」
菜々ナナのお母さんが帰ってきたようだ。
菜々ナナが迎え入れる為に玄関へと向かうと、井口さんが私の側に近づいてきた。

「ねぇねぇ、夏樹ちゃん」

「何?井口さん」
というと、井口さんはぷくっと口を膨らませる。

「もぅ、なんで私だけ名前で呼んでくれないの?」

「あっ、ああ。たしかにそだね。今度から気をつけるよ、香澄ちゃん」

「よろしい!!」
香澄ちゃんは満足げにふんすと鼻を鳴らす。

「それより、なんで菜々の事、菜々ナナなの?」

「なんでって、そのままの意味だけど?」

「ふぅん、そっか。可愛いよね、菜々ナナって!!」
その時、ふと脳裏にある人物の姿が浮かんだ。

(ナナマナって、可愛いよね!!)
とうの昔に忘れてしまっていた初めての彼女の声が聞こえてきた気がした。

「菜々ナナ!!どうだった?お泊まりの件!!」
菜々ナナが母親と一緒に部屋に入ってくるのを香澄ちゃんが見て尋ねると、菜々ナナは指で丸を作る。

「やった!!」
香澄ちゃんが喜びを口にするが、それよりも気になった事があった。

菜々ナナの後ろから入ってきた女性から「えっ?」と戸惑いの声が漏れる。

「お母さん、どうしたの?」

「ううん、なんでもない。それより、気をつけて…いってらっしゃい。香川さんのご両親にご迷惑をかけちゃダメよ?」

「はぁい!!」
といって、菜々ナナはパタパタと自室に荷物を取りに行く。

「香川さんってどなたかしら」
と、菜々ママが尋ねてくると4人は一斉に私を指差す。
だから、なんでこういう時だけ息ぴったりなの?アナタガ~タァ~!!

菜々ママが私の前に来て顔を伺ってくると、
「今日は菜々の事お願いね、香川さん。ご両親にも、よろしく伝えてね!!」
物腰柔らかそうな声で私に言ってくる。

「…ナナマナ」
母親の顔を見た瞬間に私はポツリと呟く。

「えっ?」

「いや、わかりました。菜々ママ!!一晩、菜々ナナをお借りします!!」
私は慌てて取り繕う。

…七尾 真菜、ナナマナ。俺が高校の頃に初めてできた彼女の名前だ。多少老けたとはいえ、その子が今私の目の前に大人になって現れたのだ。

「…ナナマナか。懐かしい呼び方ね…」
彼女は目を細めて空を見る。
その様子を見て、私はまだあるはずのない心の傷が痛んだ気がした。
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