ココロノアリカ〜35歳男が中学生女子になったその日から〜

黒瀬カナン

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第26話 弱さと孤独

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「私は…あの火事で一回死んだの」

私の発言に嶺さんを除く全員が戸惑いの表情を浮かべる。それは当然のことだ。
一度死んだなんてあり得た話ではない。

「それってどういうこと…?」
当然、戸惑いつつも風ちゃんは尋ねる。

「去年の火事のあと、香川 夏姫は死んだの。そして私も死線を彷徨ったらしいの」

「夏樹が死んだって、生きてるじゃん?」
奈緒ちゃんが不思議そうな顔で私を見つめる。
他の子達は息を飲んで私の話を黙って聞く。

「ううん、本当の夏姫ちゃんは死んだの。私は…夏姫ちゃんの身体に入っている他人なの」

「「「「「えっ?」」」」」
一同が信じられないといった声を上げる。

「私は彼女を助けようとした。けど、それは叶わなかった…。そして助けようとした瀕死の私は彼女の体をもらった」

「…まさか」
察しの良さそうな奈緒ちゃんが呟く。

「脳移植手術を受けてこの身体になった。だから今の体も家族も全部私のものじゃないの。今までの過去も、これからの未来も私には自分のものには思えないの…」

私は話しながら空を見上げる。何を言っても虚無に聞こえてしまう。
ただ、年寄りが中学生に説教をしている感覚が拭えない。
誰の心にも届かないかもしれない。
だが、私は言葉を続ける。それを彼女たちは真剣に聞いている。みんな基本的には素直な子なのだろう。

「生きている価値も、なんのために生きるかも分からない私がどうしてこうまでして生きているかわかる?」
風ちゃんに尋ねると、彼女は無言で首を振る。

「…死んでいった夏姫ちゃんやその両親の為に辛くても、味方がいなくても、私は生きていかないとダメなの。けど、あなたは違う。いじめられても、味方がいなくなってもあなたは自分の為に生きていける。それだけで生きる意味になるの」

風ちゃんの目に涙がたまる。
小部屋の外でも涙を啜る声が聞こえる。
彼女達にも少しは届いているようだ。
…そう思いたい。

「気持ちが悪いでしょ?こんな生きているか死んでいるか分からない人間って…。私なら気持ちが悪いもの…」

「そんなことはないよ」
泣きながら風ちゃんが声を上げる。

「じゃあ…私の友達になってよ。ひとりは…やっぱり怖いの。この事を誰にも言えない私を一人にしないでよ…」

私は自然と涙を流す。
自分の誰にも話せない過去を知り、それでも私を受け入れてくれる友人が欲しい。これが本音だった。

私の言葉を聞いた風ちゃんは俯き考え込む。
その様子を私はただただ見守る。

拒絶されても、気持ち悪がられても構わない。
この身体になった時から独りなんだから、誰も責めたりしない。
ただ私の脆さを知り、弱みを握った彼女を私は信じてみる。
いじめられた痛みや孤独を知った彼女をただ信じる。

「…だちでしょ?」
聞こえないほどの声が聞こえてくる。

「私達は会った時から友達だよ…」
風ちゃんは泣きながら私に向かって抱きついてくる。

「…これからも、ずっと親友だよ…」
私は表情こそ驚きはしたが、すぐに彼女を抱き返し、頭を撫でる。

「…じゃあ、親友からのお願いがあるの」

「何?」
彼女は私の顔を見つめる。
その視線を小部屋の外にいる2人に移す。

「彼女達とも友達になってあげてほしいの…」
私が言うと風ちゃんは動揺する。
心に芽生えた恐怖や不信感はすぐには拭えないだろう。

「すぐには許せないかもしれないけど、あの子達はあなたに謝りにきたの。それだけは受け入れてあげて…」
私が言うと七尾さんと井口さんはハッと気がついたように話し出す。

「久宮さん、ごめんなさい!!あなたに対してひどい事をしてたのはわかってる。最初は髪の色が明るいから染めてるのになんで平然としてるんだろうって思って…」
七尾さんは頭を下げる。

「地毛だって知らなかったから…」
井口さんも頭を下げながら言葉を続ける。
その様子を冷めた目線で風ちゃんは見つめる。

「「本当にごめんなさい!!」」
2人が口を揃えて謝罪すると、風ちゃんは大きくため息をつく。

「…許せるわけないです」
トゲのある言葉が2人を襲う。
その言葉を2人は居心地悪そうに聞く。
私と奈緒ちゃんはただ見守るだけだ。
許そうが、許せまいが風ちゃんの気持ち次第だ。

「だけど、夏樹ちゃんの秘密を知ったあなた達には私と一緒に夏樹ちゃんの友達になってもらいます。許すのはそれからです!!」
強い口調で私を思う彼女の発言を聞いて私は驚いた。

「「もちろん!!」」
2人は涙ながらに叫ぶ。

「香川さん、辛い話をさせてごめん」

「私達と友達になってください…」
2人は私に視線を向けると私に赦しを乞う。

「いいよ…。あなた達は人の弱さも、自分の弱さも知ったの。これからは強くなって心が折れそうな人を守ってあげて…」
私は風ちゃんから離れて自分より背の高い2人の方に手を置く。

「「はい…」」
2人は泣きながら私に抱きつく。
それを見た奈緒ちゃんが笑い始める。

「ふふふ、あははは」
その声に私達は驚いて奈緒ちゃんに視線を向ける。

「ごめんごめん。なっちゃんが肩に手を置く姿がなんかおかしくて…」
と言うと、笑うのをやめた奈緒ちゃんは真顔になる。

「この場で重い話を聞かされた私達にはある問題があります!!」.

「な、何?」
私は今まで空気を演じていた奈緒ちゃんのことを忘れていた。もしかしたら彼女は私の過去を認められないかもしれない。

「それは…」

「そ、それは?」
私達に再び緊張が走り、私は生唾を飲み込む。

「私と親友のなっちゃんと友達になった菜々となのつく人が多いことです!!ややこしい!!」

「へっ??」

「「「確かに!!」」」
拍子抜けしてマヌケな声を上げる私を尻目に、風ちゃんと七尾さんと井口さんは声を揃えて頷く。

「という事で。ななちゃんの呼び方をみんなで考えよう!!」

「いやいやいや、今それ必要なくない?」

「いるの!!なっちゃん、菜々ちゃん、奈緒じゃあ誰が呼ばれたか分からないじゃない!!」

「いや、分かるから!!」

「「「「ややこしい!!」」
再び私を除いた4人が声を揃える。

「あぁ、もう!!なんでもいいよ!!七尾菜々ちゃんだからななななでいいんじゃない!?」
私は呆れながら適当に呼び名を提案すると、4人は「「「「それだ!!」」」」と叫ぶ。

…て言うか風ちゃん、2人と息合いすぎじゃない?

「じゃあ、菜々ちゃんのはこれからはななななね!!」

「わかった!!」

…いいんかい!!
「…いいんかい!!」
私は思ったことを同時に口に出してしまった。
4人は少し打ち解けたのかニコニコしている。

「はぁ…、もういいわ。それよりも大事なことがある」
私はため息をつきながらも、もう一つ解決する必要があることを口にする。秋保さんのことだ。

いじめ発覚以降彼女は学校に来ていない。
学校に来るまで放っておいてもいいのかもしれないが、傷が傷のまま転校という可能性がある。
このまま逃げてしまうのは許し難かった。

「ななナナ。秋保さんの家、教えてもらえない?」

「うん…分かった」
私達はこの件にケリをつける決心をした。

すでに5時間目の授業は始まっていたが、それよりも大事なことと判断した嶺さんが、担任に話をつけてくれていたので授業をさぼったことを咎める先生はいなかった。

この身体になって、いろんな人に助けてもらってきたがやはり嶺さんには助けてもらってばかりで感謝しかなかった。

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