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第25話 空気と白日
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日曜日、私は検査入院を終えて自宅に戻った。
今のところ特に身体的な影響はないらしく、しばらくは日常生活の中を送る。その中で保健室に通い様子観察をして行く事になった。
月曜日、久しぶりに制服に着替えて中学校へと通う。もはや男だった過去が夢のようであり、ただ記憶がないだけで最初から女の子だったんではないかと思うくらいに今の生活に慣れている自分がいた。
自宅を出て通学路をゆっくりと歩いている。
私の家から学校までは近い。だから多くの生徒が行き交う。
普段と変わらない光景のはずなのに、今日は少し雰囲気が違った。行く先々で私を見てくるのだ。
今までにも髪の色のせいで私を見てくる生徒は多かった。だが今日は私を見て噂をしあっている生徒が多かった。
おそらくはいじめの件の関係者が1週間ぶりに通学してきたのだから注目の的になってしまうのは当然だった。
学校に着いて廊下を歩いているとますますその様相が強くなる。そんな中、教室に入っていく。
騒つく教室内が私の存在を確認すると、途端に声が途切れる。
私の先週までなかった私の存在が異物であるかのようにあちこちから小さな声で話し声が聞こえる。
その声を無視し、私は自分の席へと向かう。
七尾さんと井口さんの姿は確認できた。2人は少し肩身を狭そうに席についているが、秋保さんの姿は確認できなかった。
「なっちゃん!!」
私の姿を確認した奈緒ちゃんが声をかけ抱きついてくる。
「奈緒ちゃん、おはよう。ごめんね、心配かけて」
「ううん、それより体調は大丈夫?」
「もう大丈夫だよ。それより…」
私は空いた風ちゃんと秋保さんの席を交互に見る。
その視線に気付いた奈緒ちゃんは
「風ちゃんは保健室だよ。あとで会いに行こう。
秋保さんは…、休んでいるの」
「そっか…」
このクラスに漂う空気と七尾さん、井口さんの様子を見ると、秋保さんが休んでいる理由も想像するにたやすい。
…村八分
今までは他のクラスメイトと共にいじめていた側に溝を作っていた3人が今では溝を作られてしまっている。
3人を排除をしてしまう事で自分の罪悪感を薄れさせ、責任を転嫁する。
それが弱く脆い中学生たちの己を守る手段となる。
だがいじめていた側にとってもいじめられた側にとっても結局は傷として残ってしまう。
担任が来ていつも通りに進んでいく授業に違和感を覚えながら、私は授業中も4人の事を考えてしまった。
私はいじめられた側でもいじめた側でもない。
ただその渦中に巻き込まれた第三者としてなんとかしたい。
そのためにはまず風ちゃんに会わないとどうしようもない。1番の被害者は風ちゃんだ。
「なっちゃん、行こ!!」
4時間目の授業が終わり、普段のように私と奈緒ちゃんはお弁当を持って保健室に向かう準備をする。
「あの…」
鞄からお弁当を取り出していると頭上から声がかかる。私が顔を上げるとそこには2人の女子の姿が見える。七尾さんと井口さんだった。
「…どうしたの?」
私は静かにお弁当を机の上に置きと2人を見る。
「何しにきたの?」
奈緒ちゃんは2人に対して睨みを効かせる。
「えっと…、香川さんに謝ろうと思って。あなたにもひどい事をしたし…」
「私は特に何もされていないよ?」
「えっ…足を引っ掛けたし、入院も私達が原因なんでしょう?」
「…あれは私がただ転けただけだし、入院もあなた達のせいじゃないわ」
「でも…」
「それより、久宮さんにはちゃんと謝れた?」
「…うん。けど学校には来れてない。私達のせいで…」
「…そうね。ここには来れてないね」
私は含みを持たせて告げた事で2人は困惑している。
「けど、あの子はちゃんと学校に来てるよ。保健室だけど、あの後も登校してるみたい」
えっ?という表情の2人に対して私は笑顔を見せる。
「一緒に行こっか…保健室に」
「で、でも…」
「あの子は強くなったと思うの。いじめられたうえに私の変わりようを見た。多分怖かったと思う。辛かったと思う。だけど、保健室には来てる。すごい事よ…」
私は入院してから会っていない風ちゃんを思い、目を細める。強くなってくれたらいいな。
「なら、あなた達も本当に強くならないとね…」
私は2人を見つめて笑顔を見せる。
「…うん」
2人はうなずいて私の後ろをついてきた。
その様子を黙って奈緒ちゃんは見つめていた。
※
「失礼します」
「夏樹ちゃん、奈緒ちゃん、いらっしゃい。夏樹ちゃん、どう?体調は…?」
「だいぶ良くなりました。嶺さん、ありがとうございました。それより、風ちゃんは…」
「奥にいるよ?」
嶺さんは私達がいつも過ごす奥の部屋を指差す。
そこに私と奈緒ちゃんが先んじて入っていき、嶺さんは小部屋の手前で様子を見ている。
七尾さんと井口さんはおずおずと保健室には入るが、小部屋の前で待ってもらう。
「風ちゃん…」
私が部屋に入ると、風ちゃんは顔を上げて私を見る。
「夏樹ちゃん…」
目があった瞬間に大粒の涙をこぼしながら風ちゃんは私に抱きついてきた。
私もその体を抱きしめて、背中をゆっくりと叩く。
「ごめんね、風ちゃん。怖い思いをさせて…」
「ううん。私のせいで夏樹ちゃんのトラウマを思い出させちゃったの。謝るのは私だよ。ごめんね…」
風ちゃんは泣きながらもしっかりと謝ってくる。
「大丈夫だよ。私は大丈夫だから泣かないで」
「うん…」
「それより、風ちゃん。七尾さんと井口さんが来てるよ。あなたに、もう一度謝りたいって…」
そう言うと風ちゃんは表情を曇らす。
「会いたくなかったら会わなくていい。だけど、私は会った方がいいと思ったから連れてきたの…」
「…なんで。会いたくないよ…」
風ちゃんは声を震わす。それはそうだ。今までされてきたことを考えると私でも怯えてしまうだろう。
「そうだよ!!黙って見てたけど、会わせる必要ないじゃん!!」
奈緒ちゃんも語気を強めて言う。
「…そうだね。風ちゃんが、今のままでいいなら会わないほうがいいよ。けど、私は…風ちゃんに強くなって欲しいの」
「強く…?」
小さい声で風ちゃんが聞き返す。
「風ちゃん、死ぬって生きる事より簡単なんだよ?
私は…生きる苦しみをこの身で分かっているから…」
私はそう言うと、ゆっくりと髪を掻き上げる。
それを見た嶺さんは「ダメよ!!夏樹ちゃん!!」と私を止めてくる。
「嶺さんは黙って!!」
私は目を閉じて叫ぶ。
その声に七尾さんと井口さんが慌てて小部屋の近くまで来る。
髪を掻き上げると、一つの線状の傷口が見えてくる。それは私と俺を隔ててしまった手術の後だった。その傷痕に視線がきている事がわかる。
「これ…何かわかる?」
私が尋ねると、風ちゃんは首を振る。
それを見た私は後ろを振り返り奈緒ちゃんを見る。
奈緒ちゃんの後ろには嶺さんがおり、小部屋の入り口では七尾さんと井口さんがいる。
「じゃあ、奈緒ちゃんはわかる?」
「…怪我?」
「ううん、違う。これは手術の跡なの」
「「「「えっ?」」」」
4人は揃えて声を上げ、嶺さんは大きなため息をつく。
「それってどういう…」
私の顔を見ながら風ちゃんが恐る恐る尋ねる。
その様子を後ろの3人もその様子を固唾を飲んで見守る。
「七尾さん、私の身の上に何があったか知ってる?」
「えっ?えっ!?火事に遭って記憶を失っている」
急に声をかけられた七尾さんは戸惑いながら答える。
「正解。だけど、違うよ…」
私は髪を下ろすと乱れた髪を手櫛で直す。
「記憶なんて失ってないの…。だけど、本当のことは誰にも言えないの。けど…」
再度私は風ちゃんの顔を見る。
「死ぬ事より、生きることの方が辛い事を風ちゃんに教えてあげる…」
と言って私は静かに語り始める。
本当の自分を白日の下に晒すのだ。
今のところ特に身体的な影響はないらしく、しばらくは日常生活の中を送る。その中で保健室に通い様子観察をして行く事になった。
月曜日、久しぶりに制服に着替えて中学校へと通う。もはや男だった過去が夢のようであり、ただ記憶がないだけで最初から女の子だったんではないかと思うくらいに今の生活に慣れている自分がいた。
自宅を出て通学路をゆっくりと歩いている。
私の家から学校までは近い。だから多くの生徒が行き交う。
普段と変わらない光景のはずなのに、今日は少し雰囲気が違った。行く先々で私を見てくるのだ。
今までにも髪の色のせいで私を見てくる生徒は多かった。だが今日は私を見て噂をしあっている生徒が多かった。
おそらくはいじめの件の関係者が1週間ぶりに通学してきたのだから注目の的になってしまうのは当然だった。
学校に着いて廊下を歩いているとますますその様相が強くなる。そんな中、教室に入っていく。
騒つく教室内が私の存在を確認すると、途端に声が途切れる。
私の先週までなかった私の存在が異物であるかのようにあちこちから小さな声で話し声が聞こえる。
その声を無視し、私は自分の席へと向かう。
七尾さんと井口さんの姿は確認できた。2人は少し肩身を狭そうに席についているが、秋保さんの姿は確認できなかった。
「なっちゃん!!」
私の姿を確認した奈緒ちゃんが声をかけ抱きついてくる。
「奈緒ちゃん、おはよう。ごめんね、心配かけて」
「ううん、それより体調は大丈夫?」
「もう大丈夫だよ。それより…」
私は空いた風ちゃんと秋保さんの席を交互に見る。
その視線に気付いた奈緒ちゃんは
「風ちゃんは保健室だよ。あとで会いに行こう。
秋保さんは…、休んでいるの」
「そっか…」
このクラスに漂う空気と七尾さん、井口さんの様子を見ると、秋保さんが休んでいる理由も想像するにたやすい。
…村八分
今までは他のクラスメイトと共にいじめていた側に溝を作っていた3人が今では溝を作られてしまっている。
3人を排除をしてしまう事で自分の罪悪感を薄れさせ、責任を転嫁する。
それが弱く脆い中学生たちの己を守る手段となる。
だがいじめていた側にとってもいじめられた側にとっても結局は傷として残ってしまう。
担任が来ていつも通りに進んでいく授業に違和感を覚えながら、私は授業中も4人の事を考えてしまった。
私はいじめられた側でもいじめた側でもない。
ただその渦中に巻き込まれた第三者としてなんとかしたい。
そのためにはまず風ちゃんに会わないとどうしようもない。1番の被害者は風ちゃんだ。
「なっちゃん、行こ!!」
4時間目の授業が終わり、普段のように私と奈緒ちゃんはお弁当を持って保健室に向かう準備をする。
「あの…」
鞄からお弁当を取り出していると頭上から声がかかる。私が顔を上げるとそこには2人の女子の姿が見える。七尾さんと井口さんだった。
「…どうしたの?」
私は静かにお弁当を机の上に置きと2人を見る。
「何しにきたの?」
奈緒ちゃんは2人に対して睨みを効かせる。
「えっと…、香川さんに謝ろうと思って。あなたにもひどい事をしたし…」
「私は特に何もされていないよ?」
「えっ…足を引っ掛けたし、入院も私達が原因なんでしょう?」
「…あれは私がただ転けただけだし、入院もあなた達のせいじゃないわ」
「でも…」
「それより、久宮さんにはちゃんと謝れた?」
「…うん。けど学校には来れてない。私達のせいで…」
「…そうね。ここには来れてないね」
私は含みを持たせて告げた事で2人は困惑している。
「けど、あの子はちゃんと学校に来てるよ。保健室だけど、あの後も登校してるみたい」
えっ?という表情の2人に対して私は笑顔を見せる。
「一緒に行こっか…保健室に」
「で、でも…」
「あの子は強くなったと思うの。いじめられたうえに私の変わりようを見た。多分怖かったと思う。辛かったと思う。だけど、保健室には来てる。すごい事よ…」
私は入院してから会っていない風ちゃんを思い、目を細める。強くなってくれたらいいな。
「なら、あなた達も本当に強くならないとね…」
私は2人を見つめて笑顔を見せる。
「…うん」
2人はうなずいて私の後ろをついてきた。
その様子を黙って奈緒ちゃんは見つめていた。
※
「失礼します」
「夏樹ちゃん、奈緒ちゃん、いらっしゃい。夏樹ちゃん、どう?体調は…?」
「だいぶ良くなりました。嶺さん、ありがとうございました。それより、風ちゃんは…」
「奥にいるよ?」
嶺さんは私達がいつも過ごす奥の部屋を指差す。
そこに私と奈緒ちゃんが先んじて入っていき、嶺さんは小部屋の手前で様子を見ている。
七尾さんと井口さんはおずおずと保健室には入るが、小部屋の前で待ってもらう。
「風ちゃん…」
私が部屋に入ると、風ちゃんは顔を上げて私を見る。
「夏樹ちゃん…」
目があった瞬間に大粒の涙をこぼしながら風ちゃんは私に抱きついてきた。
私もその体を抱きしめて、背中をゆっくりと叩く。
「ごめんね、風ちゃん。怖い思いをさせて…」
「ううん。私のせいで夏樹ちゃんのトラウマを思い出させちゃったの。謝るのは私だよ。ごめんね…」
風ちゃんは泣きながらもしっかりと謝ってくる。
「大丈夫だよ。私は大丈夫だから泣かないで」
「うん…」
「それより、風ちゃん。七尾さんと井口さんが来てるよ。あなたに、もう一度謝りたいって…」
そう言うと風ちゃんは表情を曇らす。
「会いたくなかったら会わなくていい。だけど、私は会った方がいいと思ったから連れてきたの…」
「…なんで。会いたくないよ…」
風ちゃんは声を震わす。それはそうだ。今までされてきたことを考えると私でも怯えてしまうだろう。
「そうだよ!!黙って見てたけど、会わせる必要ないじゃん!!」
奈緒ちゃんも語気を強めて言う。
「…そうだね。風ちゃんが、今のままでいいなら会わないほうがいいよ。けど、私は…風ちゃんに強くなって欲しいの」
「強く…?」
小さい声で風ちゃんが聞き返す。
「風ちゃん、死ぬって生きる事より簡単なんだよ?
私は…生きる苦しみをこの身で分かっているから…」
私はそう言うと、ゆっくりと髪を掻き上げる。
それを見た嶺さんは「ダメよ!!夏樹ちゃん!!」と私を止めてくる。
「嶺さんは黙って!!」
私は目を閉じて叫ぶ。
その声に七尾さんと井口さんが慌てて小部屋の近くまで来る。
髪を掻き上げると、一つの線状の傷口が見えてくる。それは私と俺を隔ててしまった手術の後だった。その傷痕に視線がきている事がわかる。
「これ…何かわかる?」
私が尋ねると、風ちゃんは首を振る。
それを見た私は後ろを振り返り奈緒ちゃんを見る。
奈緒ちゃんの後ろには嶺さんがおり、小部屋の入り口では七尾さんと井口さんがいる。
「じゃあ、奈緒ちゃんはわかる?」
「…怪我?」
「ううん、違う。これは手術の跡なの」
「「「「えっ?」」」」
4人は揃えて声を上げ、嶺さんは大きなため息をつく。
「それってどういう…」
私の顔を見ながら風ちゃんが恐る恐る尋ねる。
その様子を後ろの3人もその様子を固唾を飲んで見守る。
「七尾さん、私の身の上に何があったか知ってる?」
「えっ?えっ!?火事に遭って記憶を失っている」
急に声をかけられた七尾さんは戸惑いながら答える。
「正解。だけど、違うよ…」
私は髪を下ろすと乱れた髪を手櫛で直す。
「記憶なんて失ってないの…。だけど、本当のことは誰にも言えないの。けど…」
再度私は風ちゃんの顔を見る。
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