ココロノアリカ〜35歳男が中学生女子になったその日から〜

黒瀬カナン

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第21話 変わらない過去と変わって行く未来

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ゴールデンウィークが終わり、再び学校が始まる。
20歳も違う子供たちに囲まれて生活するのも少しはなれてきた。

だが、また話題の合わない子達と一緒に過ごさないといけないのかと思うと憂鬱になる。

重い身体を起こして身支度をして、洗面所に行く。
鏡を見ると、寝癖でボサボサの頭をした少女が映る。ようやく見慣れてきた私の顔だった。

栄養状態が良くなってきたのか、色艶が良くなった白髪を寝癖直しでストレートヘアに整え、顔を洗う。そして、鏡を見る。
無表情な顔をした女の子がただ制服を身にまとい、身なりを整えただけだったけど、清潔感があって可愛かった。

「今日も私はかわいいな…」

まるで人ごとのように、私独り言をいう。
この独り言は今までも言っていた事だった。
だけど、今までと違う点があった。
それは「私」という部分だった。

今までは「夏樹ちゃんは…」と言っていた。
自分自身でいうのであればナルシストになるのだろうが、これは私が他者である夏樹を鏡で見るという第三者から見た視点だった。

だけど、今日は言い方を「私」に変えた。
この身体で生きて行く以上…四季に言った「春樹を殺す」の第一歩として、私を…夏樹である事を認める。それが変わらない過去を否定し、今の自分を肯定することになると思ったからだ。

にっこりと笑顔を作る私。その表情はどこか引きつっていて、目が笑っていない不自然な表情だった。

…これが私なんだ。
とも思うが、他の人はどう思っているんだろう。
とうの昔に消えてしまった他人の目が、この身体になって再び気になっている事に気づく。

…今更思春期なんて

顔を両手で叩き、気持ちを切り替えて私は洗面所を出る。

そしていつものようにお母さんにおはようと言い、一緒にお弁当を作り、起きてきたお父さんと新聞を取り合いながら朝食を食べる。そして時間が来れば家を出る。

それがここ数ヶ月の生活のリズムだった。
自分自身でも慣れてしまっている事に戸惑いを覚える。馴染まないとこの体で生きて行く事は出来ないだろう。

風になびく白髪を揺らしながら私は通学路を行く。
行く先々で行き交う人の好奇の目が向けられる。

それもそのはずだ。
今日はアキが人目を避けるためにくれたニット帽を被っていない。
白髪は私を夏樹だと認識する為のもので、それを隠す事は夏樹を隠し、私を私と認識させない行為だった。

だがアキたちと離れる以上はその帽子は必要なかった。
夏樹になると決めた以上はいかに好奇の目に晒されようとも「これが私だ!!」言わんばかりに晒す。

校門の前では見慣れなかったのか、教育指導の先生に止められたが、事情を知っている他の先生が話をつけてくれたので何事もなく校内に入る。

既に登校した生徒達で騒めく教室に入ると、奈緒ちゃんはすでに席についている。

「おはよう、奈緒ちゃん」
私は奈緒ちゃんの席まで行き微笑む。

「なっちゃん、おはよう!!」
奈緒ちゃんが私の頭に目をやる。

「なっちゃん、帽子は?忘れたの?」

「ううん?着けるのをやめたの」

「えっ?目立つのが嫌だって言ってたのに、どうして?」

「そろそろ私に…慣れないとね」
私は自分の席について鞄を掛けると、奈緒ちゃんが私の方に体を向ける。

「…何かあった?」

「これが、私だから」
その答えに怪訝そうな表情を浮かべる奈緒ちゃんに私は笑顔で答える。

「サッカーの試合を見に行った時からの表情と違うから心配だよ…」

「ありがとう、大丈夫だよ?」

私の発した言葉に対して違和感を感じる。顔顔が引きつり感情が凍っていく。それが自分でもわかる。
まるであの時みたいに感情が抜けてしまう。
心の中がポッカリと穴が開いてしまったようだった。

しばらくたわいもない話をしていると、隣の席に誰かが来たようだった。
だけど、風ちゃんは保健室に行っているはずだから私達は気に留めなかった。

「おはよう…」
消えそうな声が風ちゃんの席から聞こえる。
私達がその方向を向くと風ちゃんが立っていたのだ。茶髪で肩の下まで伸びた髪は首元まで切り揃えられていた。

急に教室に現れた風ちゃんに私達を含め、クラス全員が驚いている。

「…おはよう」
私は目を丸くしつつ挨拶をする。

「…どうしたの?急に…」
奈緒ちゃんもびっくりしてから語彙を失っている。

「…えっと、夏樹ちゃんがくれたユニフォームを見てると、私も…怖くても前に進まないとって思ったの。だって、私には2人がいるから」

「そっか…」
私がそう言うと、奈緒ちゃんが涙目になりながら
「風ちゃ~ん!!」
と、風ちゃん目掛けて飛びつく。
風ちゃんも苦笑いをしながら奈緒ちゃんを受け止める。

「風ちゃん、無理したらダメだよ?」
私も風ちゃんに伝えると、「うん」と、風ちゃんが頷く。

教室ではそんな様子を見ていた3人が風ちゃんを見ていた。

「久宮さん、何しに来たの?」
秋保さんが風ちゃんを見下す形で話しかける。
その威勢に風ちゃんは息を飲む。

「…秋保さんには関係ないじゃない」
奈緒ちゃんが風ちゃんの変わりに答える。

「梶山さんも言うようになったのね」

「…!?」
鼻で笑う秋保さんの言葉に奈緒ちゃんは声を失った。彼女の罪悪感を刺激したようだ。

「…彼女は自分の居場所に戻ったの。だから、あなたに言われる筋合いはないわ」

私が奈緒ちゃんに変わって反論をする。
秋月さんは不快に満ちた表情に変わる。

「白雪姫様の言うことは違うわね。いい人ぶって…」

「修学旅行のグループ分けの話、忘れたとは言わせない」
私が秋保さんを睨むと彼女は舌打ちをして取り巻きを連れて自分の席に戻っていく。教室に溢れた緊張感が徐々に解放されていった。

残された3人も顔を合わせて、ため息を吐く。
そして静かに笑いあう。

「けど、風ちゃん頑張ったね」

「うん…、本当は怖かったの…。また虐められるかもって思ったりもしたけど、あの人達に私の居場所は奪われたくないから…」

風ちゃんは私達の顔をしっかりと見る。
「虐められた過去は変わらない。けど、2人といる事ができる未来に私は変えたいの!!」

その言葉に私は衝撃を受ける。

…変わらない過去。田島 春樹として生きた時間。
変わって行く未来。香川 夏樹として生きる時間。
私が乗り越えないといけないものだ。

周囲との軋轢を乗り越えようとする未来ある彼女を、私は羨ましく思ってしまった。



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